アナナスのせい
~ 一月十日(金) 180センチ ~
アナナスの花言葉 大切な気持ち
昨日は二件の面接に落ち。
帰りしなにも、ふらっと入った來々軒からはつまみ出され。
ショッピングセンターからは塩を投げつけられて追い出された
軽い色に染めたゆるふわロング髪をリクルート風にひっつめにして。
面接に臨む心構えもばっちりなのかと思いきや。
頭のてっぺんに、アナナスをにょきっと生やしているでは。
バカにしているようにしか見えません。
就職できる望みも。
大家族のようかん並みにぺらっぺら。
向こうが透けて見えるほど。
薄い薄いものだというのに。
「きゃはははは!」
「おねーちゃん、へたくそー!」
学校帰りにふらふらと。
ご近所ののっぱらへ向かったかと思えば。
そこで遊んでいた姉弟と一緒に。
凧あげなど始めたのです。
「むう。そもそも、竹ひごは空気よか重いの。こんなの空に浮かぶわけ無いの」
「浮かぶよー!」
「もっと一生懸命走んなきゃ!」
今時珍しい。
手作りの凧。
竹ひごに和紙張りという力作を。
ガリゴリズズズと引っ張って。
「…………壊さないで下さいよ?」
「そんなこと言うなら道久君がやるの」
「俺は無理ですって」
無理どころか。
やりたくもない。
そう。
いまいち、子供の相手は苦手ですので。
こうして見ているくらいがちょうどいいのです。
……昔から。
近所の子供の、いい遊び相手。
それは穂咲で。
俺と言えば。
子供たちと一緒にはしゃぐ君を見て。
幸せを感じているのが定番でしたけど。
それも、もうしばらくの間だけ。
社会に出たら。
そんなことをしていられなくなる。
どうしてかと言えば。
子供たちは。
知らない大人について行っちゃダメと言われているからです。
君が、大人とみなされていないポイントは。
恐らく、その制服だけな訳で。
もしも私服の君を子供が見れば。
大人と見なされる可能性が高いのです。
一年生の頃は。
まだ童顔で。
とても、大人と判断する気にはなれない穂咲でしたけど。
いまや、それも昔の話。
君はなんだかんだ。
大人の女性という見た目になりつつありますから。
……主に。
おなか周りが。
とは口が裂けても言いますまい。
「ふう、全然ダメなの! 道久君も飽きたっぽいし、もう帰る?」
「いえ、構わないのでもっと頑張りなさいな。子供たちと遊ぶ機会も減ることでしょうし」
「……なんで?」
白い息を弾ませて。
平和を絵に描いたようなへらへら顔のまま。
小首を傾げる穂咲なのですが。
「子供は、お姉ちゃんだから一緒に遊んでくれるのです。これが社会人だとそうはいきません」
「そんなことないの」
「そんなことあります」
「だってあたし、子供のことが好きだし」
そう言いながら。
両手にぶら下がる姉弟を見下ろす穂咲の言葉は。
「そんでもって、子供のことが好きってのは、人にとって大切な気持ちなの」
どうしてこうも。
胸に刺さるのでしょうか。
……万人が君と同じ気持ちでいれば。
ニュースで耳にする。
親御さんを心配にさせるような事件も無くなることでしょうね。
でも、俺はきっぱりと否定します。
だって、万人が君と同じになると。
世界で俺一人だけが親切にされないという特権を獲得してしまいますから。
即刻、闇に落ちますよ。
……そして始まる影踏み遊び。
穂咲は姉弟を追いかけながら。
「大人になったら、知らない子供と遊べないの?」
俺が口にした言葉に。
素朴な疑問を返してくるのですが。
「むう。……難しいこと、だとは思うのですが」
親御さんに心配をかけないためには。
声をかけない方がいいような気もしますし。
「じゃあ、いい手があるの」
「どうするのです?」
「あたしがスモック着てればいいの」
「はいアウト」
余計ダメ。
交番で、事情を説明することになるであろう俺の身にもなって下さい。
――冷たい空気が空からゆっくり下りてきて。
立っているのが辛くなり始めた頃合いだというのに。
三人の子供は。
頬を真っ赤にさせて走り回って。
そして、いつまでたっても影を踏めない鬼の両手を引いて。
再び俺の元へ帰ってきます。
息も絶え絶えな穂咲さん。
でも、笑顔は誰より幸せそうで。
そんなこいつが。
荒げた呼吸の合間に。
「道久君は、子供嫌い?」
ちょっと。
びくっとすることを聞いてきたのです。
「……嫌いじゃないです。でも、君といると、子供はみんな君の方に寄って行くでしょうに」
「えへへ。独り占めなの」
そしてお姉ちゃんと。
手遊びなど始めた穂咲を見つめながら。
俺は。
正直な気持ちを伝えました。
「嫌いでは無いのですが。苦手なのかもしれませんね」
だって、どう接したらいいのか。
よく分からない。
すると穂咲は。
楽しそうな顔を俺に向けながら。
意外なことを言い出したのでした。
「じゃあ、パパと同じなの」
……は?
「何を言っているのです? おじさん、俺たちどころか、子供達に大人気だったじゃないですか」
大きいから。
百八十センチもあったから。
「トーテムポール扱いされて、よく、よじ登られていましたよね?」
「人気はあったかもしんないけど、苦手だったの。そう聞いたこともあるし、なんなら、ママもそう言ってるの」
いやいや。
そんなバカな。
いつも俺たちに、楽しい遊びをいくつも教えてくれて。
お休みの日にはいろんなところへ連れて行ってくれたおじさんが。
子供が。
苦手だった?
……鈍色に塗られた空を見上げて。
遥か彼方を思い出す。
苦笑いばかりで。
いつも見守っていてくれたおじさん。
その苦笑いは。
どう俺たちと接したらいいか。
分からなかったせい?
俺は、この歳になって初めて。
苦手だけど好きという気持ちを。
知ることになりました。
「……俺も、子供は苦手ですけど。でも、必ずいろんなところに連れて行こうと思うのです」
「それ。大切な気持ちなの」
そんな心境の変化が。
もたらした奇跡なのでしょうか。
俺の元へは。
いつも、誰も近付いてくれないのに。
弟くんが近付いてきて。
お尻の側から、俺の足につかまるのです。
……嬉しい。
でも、どうしたらいいのか分からない。
そうだ、おじさんも。
今の俺と、同じ目をしていたような気がします。
……いや?
何かおかしい。
俺の足に隠れた弟くんの視線。
こちらではなく。
穂咲の方を向いていて。
いや、穂咲というより。
穂咲の足?
そして急に走り出したかと思うと。
「ふんにゃあああああ!」
昭和の終わりとともに。
消え失せた文化だと思っていたのですが。
「……スカート捲りですか」
お姉ちゃんに叱られつつ。
走って逃げて行ったのでした。
……涙目でしゃがみ込む穂咲。
そんなこいつに。
俺は、弟くんの気持ちを教えてあげました。
「子供が、好きなお姉ちゃんに構ってもらいたいという気持ち。それは大切な気持ちなのです」
「そういうのはいらないの」
西の空がほんのりと赤く色づく冬の一日。
俺は、もうすぐ大人になる穂咲の。
子供のような泣き声を耳にしながら。
ほんとにいい加減。
クマはやめろと心の中でつぶやいたのでした。
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