アブチロンのせい
~ 一月九日(木) 三十一人 ~
アブチロンの花言葉 良い便り
さて、この学校へ通うのも。
最後の一ヶ月という期間。
就職組、専門学校進学組はなんとなく通学してきたり来なかったり。
受験組に至っては、塾や予備校、図書館で勉強して学校に来ないのが普通なのでしょうけれど。
「まあ、揃いも揃ったり」
このクラスの連中は。
本日、全員出席。
……たった一人を除いて。
どうやら、その一人が教室にいないせいで。
みんな心配になってここにいるようなのです。
そんな、全クラスメイトにとっての出来の悪い娘。
「お、連絡が来ました」
授業中だというのに。
机の上に出したままにしていた携帯を操作すると。
みんながわらわらと押し寄せてきました。
「どうだった!?」
「あそこの店長さん、優しい人だから大丈夫よね?」
「店長じゃなくてオーナーが採用決めるんじゃねえの?」
「どっちだっていい! 採用されたんだよな!?」
本日、穂咲は。
地元のレストランへ就職するための。
面接に行っているのですが。
総勢、三十一人。
穂咲のお父さんとお母さんがおろおろはらはらとしています。
でもね。
年齢的に、ギリ、親として相応しいのは。
目の前にいる先生一人だと思うのです。
……いや。
ちょっと待て。
「なぜあなたまでこの騒ぎに混ざっていますか」
「バカもん。教師が生徒の進路を心配するのは当然だろう」
そうは言いますけど。
さっきから、出席簿をひん曲がるほど握りしめて。
どれだけ穂咲の事を心配してますか。
あと。
どれだけ怪力なのさ。
「無論、採用されたのだろうな? そうでなければ貴様を立たせるぞ?」
「それは大変困りました。どうやら不採用みたいですし」
「「「「ええええええ!?」」」」
一斉に膝を屈したお父さんお母さん。
そして一人が文句を言い始めると。
堰を切ったように非難の嵐。
「なんで採用してあげないんだ!」
「料理の腕前、プロ級だろう!?」
「近所の洋食屋より、藍川が作ったオムライスの方が断然うめえのに!」
「絶対損はさせないから雇うように言いなさいよ秋山!」
「そうだぞ道久!」
「そうだそうだ! 雇え! 秋山が!」
「そうよ秋山! 雇いなさいよ!」
途中から。
おかしなことになりましたけど。
変に反論すると。
俺のところへ就職させればいいという結論に達しそうなので。
ここは無視の方向で。
「一件目がダメだったので、二件目に突撃すると言っています」
「そうか! まだ希望を捨てちゃいけないな!」
「グッドグッド! そっちで雇ってもらえるわよ!」
「でも……、なんで一件目はダメだったんだ?」
そして再び。
集まる視線。
確かに皆さんには。
理由がピンとこないのでしょうけど。
「そのわけは、渡さんにでも聞いてみると良いのです」
「え? どうしてよ香澄」
「何か知ってるのか?」
「親友だから?」
「えっとね、そうじゃなくて……」
なんで私に鉢を回すのよと。
俺をにらむ渡さん。
そうですか。
あなたも言いにくいのでしたら。
やはり俺から説明しましょうか。
「渡さんはですね、俺や穂咲と同じ小学校だったのですよ」
「知ってるわよ。それで?」
「何の意味があるんだよ」
「ですから、地元民だという事なのです」
「ですからって、お前……」
「相変わらず説明が下手だな道久は」
いえ、今文句を言った皆さん。
周りを良くご覧ください。
察しのいい方々は。
もう、真っ青な顔をなさっていますよ?
「渡。教えろよ」
「そうよ香澄。こいつの説明じゃ、さっぱり分からないから」
「えっと……、穂咲、有名人なのよ。地元で。知らない人がいないくらい」
渡さんも遠回りな説明をしているのに。
さもありなんと頷く皆さん。
いつもいつも思うのですが。
この扱いの差は一体何?
「そりゃあ有名だろうな、あの優しさじゃ」
「そうだな。きっと、地元でも誰彼構わず親切にして……」
「ううん? そっちじゃなく」
そして、察しの悪い皆さんが。
首をひねる中。
察しのいい皆さんは。
一斉に、頭の上にシャーペンやら定規やらを立てたのです。
「…………あ」
「ああああああっ!?」
「そ、そうか! あの頭っ!!!」
あわれ。
いつも頭に花を咲かせているということで。
地元には、知らぬ人もいない有名人。
普通に考えれば。
不衛生だとか。
大丈夫なのかこの子? だとか。
誰しも思うに決まっています。
しかし、君たち。
見慣れ過ぎて気付かないとか。
ちょっとどうかと思いますよ?
「だから俺は、少し離れたお店にしなさいと言ったのですけど」
「まさか今日も……」
「挿していようがいまいが、知れ渡っているので手遅れではありますが。さすがに今日は、これこの通り」
俺が、穂咲の本体。
アブチロンのお花を取り出すと。
みんなはピンクの花びらを。
愛おしそうに撫でて。
「なんてついてないんだ藍川!」
「外見なんかで、みんなが勘違いするなんて……」
そしてアブチロンを抱いて。
よよよと泣き出す始末。
気持ちは嬉しいのですけど。
その外見が飲食店に向いていないんですってば。
「まあ、最悪社員ではなくとも、フリーターでもいいわけなのですが」
免許の試験を受けるためには。
調理を担当すれば済むわけで。
アルバイトでも週四日以上。
二年の調理担当経験があれば。
事は足りるのです。
でも。
「藍川の家、そんなに余裕ないだろ?」
「そうだ! バイトでいいなんてお前……!」
「この薄情もん!」
ああもう。
またもや俺にとばっちり。
面倒極まりない状況を。
何とか打開できないでしょうか。
そう思っていたところへ。
穂咲からのメッセージ。
俺より先に読みたいとばかりに三十一個の顔が寄る携帯画面に書かれた。
その内容は……。
< うかったの
「「「「おおおおおお!!!」」」」
「あの子は、やればできる子だって信じてたのよ!」
「俺だって信じてたさ!」
「ようし! すぐに学校に来るよう言ってくれ!」
「このままパーティーだ!」
お互いにハイタッチからの大騒ぎ。
そして始まる万歳三唱。
泣き崩れる先生。
その肩を抱いて叱られる柿崎君。
俺ばかりが冷めた目で見つめる中。
もうひとこま。
メッセージが届きました。
< ホールスタッフで
…………意味無いじゃん >
< うん。即、お断り。
そんなやり取りをしているとも知らずに。
三十一人のお父さんお母さんは。
教室の飾りつけと横断幕の作成と。
お料理にお菓子に式次第作成に。
校歌を合唱しながら作業を始めたので。
「おい、秋山。どうして廊下へ立とうとしているのだ?」
「…………なんとなく。前払い的な」
俺は、一時間後にとばっちりを受ける分を。
今から払っておくことにしました。
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