(19)共同作業
『豊穣の縁』と共同でダンジョン探索を行うことは決めたが、Sランクへのランクアップは行わないこともはっきりと決めた。
これから一緒にダンジョンに潜ることになれば、間違いなく正式に打診してくることを見越してのことだ。
今のところ正式な打診は行われていないので、ダンジョン探索中かあるいは普段何気ない時に誘われても断ることになる。
それが『豊穣の縁』の面々の誰かからであっても、ギルドからであっても対応が変わることはない。
個人でもランクアップの打診が来そうな灯が一番目指す気がないので、パーティ全体としても猶更そういう対応になる。
冒険者ギルドがどういう流れで『隠者の弟子』をSランクにさせようとしているのかは分からないが、よほどのことがない限りは誰もSランクになることは了承しないことになっている。
というわけで全員集まっての話し合いが行われてから再びいつ通りの日常に戻ったわけだが、ここで学院が全体的に長期休暇に入った。
日本の大学などで考えれば中途半端すぎて考えられないことだが、こちらの世界の学校では割とよくあることだ。
そもそも詩織のクラスは始まりから中途半端だったうえに、色々と起こったので講義途中で長期休暇に入ることは最初から分かっていたことだ。
それは学生たちも分かっていたことなので、特に大きな混乱もなく全員がしっかりとそれぞれの休暇に入っていた。
生徒の中にはこちらの世界でも未成年の者もいるので、そうした生徒は実家に帰ったりなどもしているが、成人していたり既に実家と縁がないような者はそれぞれ好きなように過ごしている。
このように生徒それぞれで長期休暇の過ごし方は違うのだが、長期休暇に入る前の講義での詩織の最後の言葉はいつものように「普段からの訓練を忘れないように」というものだった。
ミラージュ学院の長期休暇は約二か月なのだが、その間はいつもと違ってダンジョンに籠る……わけではない。
学生たちは休みになったとしても、というよりも学生が少なくなっているこの時期こそ論文を書いている灯にとってはありがたい時期になる。
その理由は簡単で、普段学生たちが利用している図書館の書物をほぼ自由に借りられるようになるからだ。
同じことを狙っている学院の講師たちもいるが、普段よりもはるかにましなのだ。
というわけで長期休暇に入ったからといってダンジョン攻略がはかどるというわけではないが、確実にダンジョンに潜る頻度は増えていた。
そうした流れで、ようやく『豊穣の縁』との共同攻略が始まっていた。
『豊穣の縁』はフルメンバーの六人で、『隠者の弟子』は五人なのでダンジョンアタックとしてはそこそこの人数になる。
もっとも『隠者の弟子』の伸広は、戦闘に関しては完全に空気と化していたりするので戦力として数えられているわけではないのだが。
『豊穣の縁』には伸広がアリシアの護衛の依頼中(建前)であることは既に伝ているので、戦闘に参加していないことに対する不満は起きていない。
Sランクになれば似たような状況は何度も発生しているようなので、わざわざ厭味ったらしく突くようなポイントでもないのだ。
そんなこんなで混成チームは、交互に戦闘をしつつダンジョンの攻略を進めていた。
『豊穣の縁』が『蛮力のダンジョン』に挑んでいることは既に冒険者たちの間で広まっているのか、何度かすれ違ったチームからちらちらと見られていた。
そんな視線をものともせずに攻略を進めていたが、その途中の休憩中にヘルギが満足そうな顔をしながら話しかけてきた。
「――Aランクは当然として、Sランクとしても全くそん色ないじゃないか。やっぱりランクアップしたらどうだ?」
悪びれなくそんなことを言いながら忍に話しかけてきたヘルギだが、この話をするのはダンジョンアタック中では初めてのことだった。
「正直なところをいえば、Sランクには全く魅力を感じないんだ」
「そうか? 色々と便利になるだろう?」
「その分、面倒事も増えるだろう?」
「うわ。そう言われるとなにも癒えないな」
さっくりと忍に返されると、ヘルギも大げさに両手を広げながら首を左右に振った。
Sランクになればわずらわしさが増えるというのは、まさしくその通りなのだ。
もっともランクが上がっている分わがままが通しやすくなるともいえるので、『豊穣の縁』の面々はあまり面倒だとは感じていない。
そのわがままを『隠者の弟子』が通せるかといえば何とも微妙なところで、だかからこそ話し合いの段階で断ることにしているのだ。
ちなみに『隠者の弟子』がわがままを通しにくいというのは、アリシアの立場的なものもある。
勿論アリシアの存在があるからだけではないが、大きな要因の一つになっていることは間違いない。
ヘルギは、ダンジョン攻略中だというのに伸広という存在が着いてきていることでそのことを察している。
「王女様ってのも、難儀な立場だよな。いっそのこと放棄してしまったらどうだ? それだけの腕があれば食いっぱぐれることはないだろうに」
「ヘルギ!」
普通に考えればあり得ないような提案をしたヘルギに、ミサが思わずといった様子で静止の声を上げた。
だがそんなミサには構わずに、アリシアは小さく微笑を浮かべながら首を左右に振った。
「私もそうしたいのですが、父王がそれを許してくれないのです」
「……なんだ。既に内々で話にはなっているのか」
「私が一方的に言っているだけでがね。身内としても国としても、どちらにも利がある以上は要望が通ることはないでしょう」
「なるほど。確かに姫様の立場で考えれば、国は手放したくはないだろうからなあ……」
「王だけではなく、国内のあらゆる方面から止められているわけですか」
アリシアの現状を認識したからか、ヘルギに続いてミサもため息交じりに複雑な表情になっていた。
アリシアの王女という立場が、この時ばかりは(ギルドにとって)マイナスの方面に向いていると感じているのだろう。
「そういうわけですから、私がいる限りは『隠者の弟子』がSランクになることは、特別な条件が起きない限りは恐らくないでしょう」
「あー。今までの戦闘の連携を見ていれば、気軽に王女が抜ければとも言えんしな……」
「そもそもそんなことを言ったらダメでしょう! 本気でなくても目の前にして言うことですか」
ヘルギに対して起こりながらもフォローを入れるミサに、『隠者の弟子』の面々は苦笑交じりの表情になっていた。
敢えて二人がそういったやり取りをしていることはわかっているが、別にこんなことで喧嘩別れするようなことでもないと考えているのだ。
そんな空気を感じ取ったのか、ミサが話題を変えるように言ってきた。
「それにしても灯は、対人戦と違ってそこまで例の魔法は使わないのね」
「例の魔法……? ああ。基礎魔法の多重起動ですか。それは簡単なことですよ。対人戦の場合は威力を増やすよりも、手数を増やした方が対処しやすい場合の方が多いのです。別に魔法戦でなくとも同じではありませんか?」
「そういうことなら確かに俺にも分かるな。――なるほど。それでか」
灯たちは闘技会で魔法の多重起動を多用していたが、それにはきちんとした理由があったのだ。
勿論相手に見せつけるという意味もあったのだが、それ以上に今灯が語った理由が大きい。
とにもかくにも共同のダンジョン探索は始まったばかりなので、これから本格的な戦闘も始まるはずなのでいくらでも戦いの場面は見ることができる。
そんなことを考えつつヘルギとミサは、『隠者の弟子』の面々と休憩中の会話を続けるのであった。
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