(16)結果と反省にならない反省

「なんなんだよ、畜生!」

 そう悪態をついてみたものの状況が変わるわけもなく、相手からの矢は絶え間なく向かってきている。

 とある国家所属の魔法使いは、既に倒されてしまって闘技場のシステムによって消えた仮の仲間たちのことを使えない奴らだと考えていた。

 そもそもの始まりは自分の悪態だったことはわかっているのだが、そのせいで今まさに自分が追い込まれているということを認めたくないのである。

 ほぼ間違いなく勝てる要素はなくなっているのだが、それでも負けることになったのは自分のせいではないと。

 魔法使いは守られてなんぼだという意識があるからこそ、既に自分を守ることができなかった仲間が悪いという意識になっている。

 そんなものは純粋な魔法使いである灯から言わせれば、ただの甘えでしかない。

 灯の知る最高の魔法使いノブヒロは、一人であっても強者と渡り合えるからこそミカドの名前で呼ばれているのだ。

 

 そんなことを詩織が考えているともつゆ知らず、魔法使いは一人になってしまった今の状況をどうにか打開しようと動いていた。

 未だに諦めずにどうにかしようとする根性は、さすがにこの大会のメンバーに選ばれるだけある――と言いたいところだが、いかんせん根性だけではどうしようもない。

 一人になってからずっと行われている矢による攻撃を躱すだけで精いっぱいのようだった。

 残りの五人をその矢で倒してしまった事実を考えれば、そもそも一人でこと自体不自然なのだが、当人はそのことには気付いていない。

 

 それでも懸命に打開策を見つけて、ようやく矢による攻撃がいったん収まったところで魔法を――と思ったところで、ふと詩織が声を発した。

「なんだ。随分な大口を叩くからもう少し出来るのかと思ったのだけれど、そこまでではなかったのか」

「な、なんだと!?」

「これなら……うん。そうしましょうか」

 そんなことを呟いた詩織は、持っていた弓を何故か後ろに向かってポイと投げた。

 投げられた弓は、カメが守っている二人のうちの灯の方に放物線を描いて飛んでいき見事にキャッチされていた。

 

 弓使いが戦いの途中でその弓を放り投げるというあり得ない事態に、魔法使いの男は戦いの最中であるにんも関わらず思わず惚けたような顔になっていた。

「一体、何を!?」

「いえ。わざわざ弓を使うまでもなく、魔法だけで勝てそうなのでそちらで戦ってみようかと」

 さらりと告げられたその言葉に、魔法使いの男はカッとした様子で怒りの表情を浮かべた。

「お、お前!」

「あらあら、駄目ですよ。魔法使いは常に魔法を使わなければいけないのですから、戦いの最中は冷静でないと」

 そんなことを言いながら詩織は、さっと右腕を振った。

 

 詩織が右腕を振った瞬間、彼女の前にキラキラしたものが現れた。

 よく見れば、それが以前個人戦で忍が使った防御の盾(のようなもの)だということがわかる。

「必要ないと思いますが、一応……それでは、行きますよ?」

 戦っている最中にわざわざ声をかける必要などないのに、詩織は敢えてそう声をかけた。

 

 そこからは弓を使って戦っているときよりもさらに一方的になった。

 使っている攻撃方法は魔法なのに、本職であるはずの男よりも早く強い魔法が次々と打たれていく。

 一つ一つの魔法は無詠唱ではなく、短縮詠唱らしきものを使っていた。

 短縮詠唱の言葉一つに対して一つの魔法が行使されているので、普通ではありえないほどの速度で魔法が行使されている。

 

 その魔法一つ一つに対して対処しなければならなくなった魔法使いの男は、弓で攻撃されていた時以上に防御に追われることになる。

 結果的にいえば、男の防御が間に合わなくなってついには詩織の魔法があたり初めるようになる。

 最初のうちは魔法使いとして鍛えられた精神力その攻撃もどうにか防いでいたが、やがてまともに魔法が当たるようになっていった。

 そして最終的には、弓使いであるはずの詩織に本職の魔法使いが敗れるという結果で試合は終わりになるのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

「くそがっ!!」

 戦いを終えて控室へと戻るなり魔法使いの男はそう悪態をついた。

 ……周囲からの視線に全く気付かずに。

 

「何がくそだ。偉そうな言葉を吐いておきながら、全く逆のことになっていたじゃないか」

「なんだとっ!?」

「まさか気付いていないのか? お前に向けて弓を討っていた時は、俺たちの時と違って明らかに手を抜いていたぞ? 遊ばれていたんだよ、お前は」


 この闘技場の魔道具は、団体戦の時に『死亡』判定されると効果範囲外から戦闘を見られるようになる。

 その時に確認していたのだが、明らかに魔法使いの男に向けての攻撃は手が抜かれていた。

 そのことに気付かない様子で自分がどうにかできていると勘違いしているのではないかと全身鎧はそう考えていたのだが、まさにその通りだった。

 ここまで来るとただの滑稽な道化師にしか見えない。

 

 全身鎧の男に反発しようとした魔法使いの男だったが、この時初めて周囲からの視線に気付いた。

 その視線は明らかに自分に同意するようなものではなく、嘲りだったり呆れだったり、とにかく負の感情によるものだった。

「な、なんだよ……?」

「お前のその無駄に高いプライドもこれまで役に立っていると思っていたから目をつぶっていたが……今後は考えるべきだろうな」

「お、お前……!?」

 呆れたようにため息をつきながら言ってきたのは、急増パーティの中での唯一の普段からパーティを組んでいる剣士で、魔法使いの男は信じられないという様子で目を見開いた。

「何故、驚く? 自分が格下扱いされたことにすら気付かずに、ただただ自分のプライドを守るためだけに未だに反省する様子すら見せていないんだぞ? そう考えるのは当然だろうが」

「か、格下、だと……!? この俺が!」

 反射的にそう答えた魔法使いの男は、だが周囲からの視線でそれが事実だと思い知らされることになった。

 

 それでもなお反論しようと口を開きかけた男だったが、別の存在によってそれは止められた。

「もういいです。一応上から言われて組みましたが、これ以上あなたとは一緒にやっていけません」

 そう言ってきたのは今回の大会のメインである『ジョウセイ組』のメンバーの一人だった。

 もう一人いるメンバーも言葉にはしていないが、同意するように深く頷いていた。

 

 その言葉を聞いた剣士は、深々とため息を吐いた。

「そうか。手間を掛けさせる。済まないな」

「……いいえ。あなたには迷惑をかけることになりますが……」

「それは仕方ない。むしろバッサリとやってくれ。そのほうが皆も諦めがつくだろうさ」

「そうですか。わかりました」

 きっぱりと魔法使いの男を切るような発言をする剣士に、ジョウセイ組メンバーは素直に頷いた。

 このやり取りでその視線が魔法使いの男に向けられることは、この後も一切なかった。

 

 そして今後の出場をどうするのかというお偉いさんを交えての話になり、最終的にはこれ以降の試合は辞退しようということになるのであった。

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