(14)分析

『隠者の弟子』の初戦は、数多くの視線に見守られながら行われていた。

 勿論その視線というのは、闘技場にいる観客たちのことではない。

 観客の中にも様々な理由で『隠者の弟子』に注目している者たちはいたのだが、この場合は今回の闘技会に参加している者たちのことだ。

 団体戦の参加者はそれぞれ特別な個室が与えられていて、そこから各試合を見られるようになっている。

 この辺りは運営側の配慮になるのだろうが、集団で動けばトラブルになる確率も高くなるのでそれを避ける意味も多分に含まれている。

 個人戦とは違って、各々が一斉に集まる場所も団体戦時には作られていない。

 それを考えれば、まさしくトラブル防止のために個別の部屋を用意されていることがわかる。

 実際にトラブルを起こすかどうかはともかくとして、各出場選手はそれをありがたく利用しつつそれぞれの試合を見ていた。

 

 参加者用の特別室の一つで、灯たちの試合を真剣な表情で見ていた参加者の一人が少し残念そうに呟いた。

「――今回は例の防御魔法は無しか」

「なにか理由でもあったのでしょうか?」

「さてな。使えない理由でもあったのか、あるいは使う必要がなかったのか……どちらともとれる試合運びだったな」

「確かに。使わなくても勝てる相手ではありましたか」

「こちらとしては団体戦では使えないというのがありがたいのだが……そうはいかないのだろうな」

「対個人戦用の防御魔法ですか。随分と限られた魔法ですね」

「彼女たちは冒険者として活動しているらしいからな。基本的に魔物は対集団戦となることが多いから、そのような限定された場面でしか使えないような魔法は覚えないと考えたほうが良いだろう」

 考えてみれば当たり前すぎる結論だったが、それでもメインで話をしている騎士の言葉に魔法使いのローブを着た女は頷いていた。

 

 会話をしている騎士の男は帝国に所属する騎士の一人で、もう一人の女性は同じく帝国所属の魔法使いである。

 二人は『ジョウセイ組』で帝国に残った者たちのうちの三人と一緒に団体戦に参加するメンバーである。

 団体戦は六人一組なのでさらにもう一人いるのだが、その一人は黙り込んだままで会話には参加していない。

 ちなみに帝国に残ったのは『ジョウセイ組』のメンバーは五人で、残りの二人は別の者たちと組んで団体戦に参加している。

 

 今この部屋には『ジョウセイ組』の三人もいるのだが、会話は完全に騎士の男と魔法使いの女の二人が中心になっている。

「――勝てますか?」

「さて。陛下の前だと勝てると言うのだが、ここではな。そもそも彼女たちのすべての実力を見ていないから何とも言えないだろう?」

「そこは陛下の前じゃなくとも勝てるというべきでは?」

「相手の底が見えていればそれもできるのだがな。残念ながらまだまだ底が知れないから何とも言いようがない」

「そうですか」

「他人事のように言っているが、お前も同じだろう? あの魔法使いの娘は、まだまだ実力を見せていないぞ?」

「主にやったことといえば、隠蔽の魔法を使って移動しただけですからねえ。あれは相手の方を責めるべきでしょう」

「確かにな」


 対人戦であれば隠ぺいの術を使ってくることなど想定の範囲内といっても過言ではない。

 その対策を怠った対戦相手を責めるべきだという言葉は、確かに間違いではない。

 だがあの場ですぐに隠蔽の魔法を使うことを選択したのは、紛れもなく魔法使いの女――灯の実力の一端でもある。

 この場にいる魔法使いの女は、その事実を軽々しく考えるほど愚かではない。

 

「『隠者の弟子』……か。上は隠者の方を気にしているようだが、弟子たちも一筋縄では行かないようだな。Aランクになっている以上は当然なんだが」

「あら。最近は隠者だけではなく、弟子も注目されているようですが? Aランクになったとたんにですから現金とも言えますが」

「それが政治なのだろう。どちらにしても俺たちは言われた仕事をこなすだけだ」

「そうですね」


 国に使えるべく騎士が、このような大会に出場しているだけでもなかなかないことである。

 それだけ国の重鎮たちそして他の国の者たちが、『ジョウセイ組』の動向に注目しているという証拠になるだろう。

 この大会で一番に注目されている『隠者の弟子』に勝てれば、それだけその国なり組織が注目されるということにも繋がるのだが、果たしてその思惑は上手く行くのか――。

 決して言葉には出さずに、無表情のままそんなことを考える男なのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

『隠者の弟子』に注目しているのは、帝国のチームだけではない。

 リンドワーグ王国の二つのチームも、その動向を気にかけていた。

 そのうちの一つのチームにいる騎士の一人も、帝国組とは違った方向で彼女たちの戦いの分析をしていた。

 

「やれやれ。随分と手の込んだ勝ち方をしてくれたね」

「手の込んだ……? そうは見えなかったが。不意打ちをしてついた隙を狙って崩しただけだろう?」

「アツシ、だから君は観察力が足りないと言われるのだよ。そもそもあの前衛の少女……シノブと言ったか。彼女が個人戦と同じように動けるとしたら私と君、二人がかりで抑え込めるかどうか……」

「あら。随分と弱気ね」

 騎士団の中から魔法使いとして参加している女性のその言葉に、騎士の男は肩をすくめながら答えた。

「こんなところで強気の分析をしても仕方ないだろう? むしろ最悪の想定をしておくべきだ」

「強気なのか弱気なのか分からない言い方ね」


 最悪の想定というのが言葉通りだと、騎士の男はどんなに悪く見積もっても二人がかりで忍を抑え込めると宣言しているのに等しい。

 一人では駄目だが二人だと大丈夫だという分析に、魔法使いの女は面白そうな表情になっていた。

 

「前はそんな感じだとして、後ろはどうなんだい?」

「そうね。正直なところ分からないわね。意図してなのかどうなのか分からないけれど、個人戦にも出ていなかったからね」

「それに、噂の防御魔法も使っていなかった」

「それだけじゃなく、ほとんど初歩の魔法しか使っていなかったもの。実力を見るには色々と足りなすぎるわ」

「戦いの組み立て方が慣れているというべきか……対人戦用には見えなかったのが隙のつきどころかな?」

「敢えてそう見せたとも考えられるけれどね」

「できればそれは考えたくないな」


 騎士の男は、少し前に最悪の想定をしておくと言っておきながら、今度は冗談めかした言い方で返してきた。

 人にとっては軽薄だととられかねない言動だが、その騎士の男からはそんな感じは受けなかった。

 それだけ言い慣れているのか、あるいは本当のことだからそう感じないのか。

 それがいつものことなのか、同じ部屋にいる別のメンバーもそのことに突っ込みを入れることは無かった。

 

「いずれにせよ、これから先の戦いで色々とわかってくることもあるだろうさ」

「そうね。出来れば私たちが戦う前には丸裸にしておいてほしいわ」

 

 彼らが『隠者の弟子』と戦うのは最終日前日となっている。

 それまでにまだ二回ほど彼らの戦いがあるので、今回以上に色々なものが見れるはずだ。

 それを期待してリンドワーグチームの分析は終えるのであった。

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