(8)ギルド内の話し合い
灯たち『隠者の弟子』と別れた『豊穣の縁』の面々は、ギルドにあてがわれた一室に入って軽い雑談をしていた。
話題は先ほど『隠者の弟子』から聞いた彼女たちの師匠であるあのギルド総長と戦った伸広のことについてだ。
「――それにしても総長に対してあれだけ圧倒したあいつが、まさかの才能なしだったとはな。……いや。才能がないのとは違うか」
「そうね。少なくとも百年以上同じことを続けることができるだけの才能はあるわ」
「AランクやSランクに上がれるまでの努力を続けることを才能というかどうかは……あの彼女が言ったとおりに確かに意見が分かれるか」
「でもあなたも同じ意見なのでしょう?」
「まあな。普通に考えて、ただただ剣を振り続けられるってのは一種の才能だろうよ。魔法も同じだろう?」
「そうね。人よりも早く高みに登れるというのは間違いなく才能だろうけれど、ずっと研鑽を続けられるというのも才能だと思うわ」
ヘルギの問いに、ミサは深々と頷いた。
才能があると言われ続けて実際にSランクパーティのメンバーとして上り詰めたミサにとっては、自分にはできなかったことをしてあの位置まで上り詰めた伸広は、敬意の対象になりえる。
そしてその彼の教えを守っているらしき三人の少女たちもまた、今の自分よりは実力はしたかもしれないが、あるいは同じような対象になるかもしれないとさえ考えていた。
それくらいにミサは、彼女たちのことを買っている。
長い付き合いでそのことを見抜いたヘルギは、少しだけ笑いながらミサを見ていた。
「ハハ。お前は三人とも評価しているんだな。てっきりあっちの……灯とかいったか? あいつだけだと思ったんだが?」
「あら? お言葉だけれど、そっくりそのまま同じ言葉を返すわ」
「それを言われると何も言えなくなるな。実際、あいつら何やら隠し事もしていただろう?」
「そうね。私も感じたわ。それが自分たちで判断しているのか、あの師匠に言われてなのかはわからないけれど」
「フン。Aランクにもなって師匠の言いなりか…………と言いたいところだが、俺たちも人のことは言えないか」
「そういうことよ」
半ば自虐的に言ったヘルギに、ミサは何かを思い出すような表情になっていた。
同じ故郷出身の二人は、少年少女時代に恩師と呼べるような存在と出会っていて、その師の教えを忘れずに今までここまで登り詰めることができたと考えている。
人によってはそれを師に縛られ続けているともいう者もいるが、二人にとってはどうでもいい意見としてしか耳を通らない。
そんな二人に対して、この場にいる最後の一人であるエーリクが不意に閉じていた目を開きながら言った。
「私も同じ意見だが、そろそろその話は終えたほうがいい。――待ち人が来たようだ」
「おっと。思ったよりも早かったな」
「聞かれて悪い話はしていないけれど」
「だな。だが……まあ、それはいいか」
途中まで言いかけたヘルギだったが、その耳にギルド職員たちの足音を捉えたために誤魔化すように肩をすくめながら部屋のドアの方に注目した。
そんなエーリクとヘルギの感覚に違わず、間もなくドアがガチャリと開いて複数のギルド職員が部屋に入ってきたのである。
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試験官を終えて『豊穣の縁』の面々がギルドに残って職員たちと話をすることになっていたのは、結果を報告することになっていたからだ。
上位ランクの者がギルド試験の担当になってその結果を報告するということは、試験官の役目を引き受けた時点での約束事――というよりも依頼内容に含まれていることである。
そのこと自体は『豊穣の縁』のメンバーも事前に把握していたので、特に問題視するようなことはなかった。
問題が起こったのは、試験官としてのミサが結果の報告を始めたときだ。
「――まず結果から言うと、私はアカリについては問題ないと判断するわ」
「異議あり!」
いきなりそう言ってかみついてきたのは、灯(というか三人)の試験の時に審判をやっていたあの職員だった。
「そもそもあの受験者は、戦闘能力を全く示していません。これでは他の受験者の示しにならないかと存じます」
「あら。あの時にも言ったけれど、では何故あなたは『戦闘能力』ではなくただの『能力』を示すように言ったのかしら? あの子はあなたの言葉通りに実行しただけよ?」
「冒険者ギルドの試験で戦闘能力を示すことなど常識です! それを覆すなど……」
「それもおかしいわね。ギルドの規定に試験では戦闘能力を見るなんてことは示されていないわ」
「規定ではありません! それが常識だと言っているのです!」
ミサの言葉に、職員は真っ向から反対しそう続けていた。
確かに職員の言うとおりに、常識と言われてもおかしくはないほどに冒険者ギルドの昇級試験は戦闘能力だけを重視して見られてきた。
そもそも魔物を戦うことを基本としている冒険者なのだからそうなるのも当然だろう。
だがミサの言うとおりに、ギルドの規定や試験の規則に戦闘能力だけを図るなんてことが書かれていないのも事実だ。
これは単に戦闘能力だけではなくその他の能力を見るために、ギルドの結成当初から敢えて曖昧な書かれ方がしてある。
どちらの意見もギルドという立場から見れば間違っているものではなく、だからこそ議論は平行線のまま続けられることになっていた。
そんな両者の議論に割って入ったのが、ここまで黙って見ていたギルド側の席の中央に座っている冒険者ギルド蓬莱支部長であるコジロウだった。
「――ふむ。二人の言っていることはどちらも間違っていないと思うが……そもそも彼女たちの普段の成績はどうなんだ? 試験を受ける資格がある以上は、失敗続きなんてことはないはずだが」
「確かに仰る通りですな。むしろ成績優秀といってもいいでしょう。ただし、得意分野に限ってはとなりますが」
「得意分野とは?」
「ダンジョン攻略ですな。彼女たちはそちらが専門のようでして、ほぼすべてが素材収集の依頼達成で占められております」
「ふむ。確か夢幻もその一つだったか」
「その通りですな」
コジロウの確認に、もう一人の職員が書類をめくりながら答える。
その回答を聞いたコジロウは、先ほどから異議を申し立てていた職員に向きながら特に表情を変えることなく言った。
「話を聞く限りでは、少なくともダンジョンで渡り合っていけるくらいには戦闘能力はあるようだが。それ以外に問題はないのか?」
「し、しかし……支部長! 試験では!」
「試験で戦闘能力を見ているのは確かだが、それ以上に普段の結果を重視していることはわかっているであろう。それに、彼女たちの試験はこれで終わりではないのだぞ? むしろこれからが本番であろう」
コジロウがごく当たり前のようにそう述べると、その職員はそのまま黙り込んでしまった。
反論はしたいが相手が支部長である上に、言っていることは間違っていないので黙らざるを得なかったといったところだ。
結果として灯の試験結果に関しては、保留ということになった。
似たような感じで詩織についても次の試験次第という条件が付けられた。
ただし詩織については一応弓を使って的に向かって攻撃をするという試験だったので、灯よりも条件は緩くなっている。
もっともそれらの条件はあくまでも内部の問題であり、当事者である灯たちに知らされることはない。
勿論、この話し合いに参加していた『豊穣の縁』の面々も、灯たちにこのことを伝えることはできないと釘を刺されている。
そんなことは重々承知しているミサはといえば、何とも言えない表情でその釘刺しに頷いていた。
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