(2)東堂の夢
「――そんでミヤコに行くってことだが、行く日は決めてあるのか?」
「さすがにさっきの今では、まだ決めてませんよ。何かありましたか?」
「いや、折角だったら同行させてもらおうかと思ってな。そろそろ仕入れとかしておきたい」
「なるほど……あら? まだここに落ち着くと決めたわけじゃないのですか?」
「どうだろうな? このままここの固定客を狙って落ち着くのもいいが……それ以前の問題として、中々信用のできる仕入れ先が見つからん」
「商売は商売で難しそうですね」
若干諦めたような表情になっている東堂を見て、詩織はどの道に進んでも苦労はあるかと内心で納得していた。
商売において信用は非常に大事なものだが、できることなら探り合いをし続けるのではなく、気の置けない付き合いができる商売仲間が欲しいと東堂は考えているのだ。
「それに、最初はずっと屋台で続けていくのではなく店を構えたいと考えていたんだが、最近はこれはこれでいいかと思い始めていてな」
「おや? その理由は?」
「一番の利点は色んな町に売りに行けることだな。折角だったらホウライ各地に広めてしまおうかと」
「それぞれの町で定着しなくては、ただの珍しい食べ物で終わるのでは?」
「だな。そこが一番の問題点なんだが……いずれは弟子なんかとってもいいんじゃないかと考えている」
「そういうことか。だったら弟子たちを町に定着させれば広めることも可能……か?」
「だといいがな。ま、あくまでも現時点での夢物語ってところか。
予想以上の規模の話になってきたが、あくまでも現時点では東堂の夢の一つでしかない。
女性陣としては、その夢の通りホウライにラーメンが広まってくれればうれしいが、まだまだ不確定要素が多すぎてどうなるかはわからない。
一つ重要な点があるとすれば、それはホウライ国に既に味噌や醤油が一般的に定着しているということだろう。
なじみ深い調味料であるだけに、最初から拒否反応を示されることは少ないはずだ。
――ということまで見込んだうえで、東堂は全国行脚の道を考え始めたということだった。
「――まあ、一番の理由はこの屋台が優れもの過ぎて、店舗で作っているのと変わらないような性能があることなんだがな」
「確かに色々と手が込んでいるみたいですね」
「ミーゼ渾身の作だからな。それに、今でも色々と使いやすいように手を加えてもらっている」
「え? この屋台、ミーゼさんが作ったのですか?」
「あれ? 言ってなかったか?」
「協力してもらっているとは聞きましたが、本人が作っているとまでは聞いていません」
「あら、そうだったか? ミーゼは戦闘もするがどちらかといえば本職は鍛冶だからな。ほとんどの部品はミーゼが作った物だ」
東堂が自慢げに言うと、定位置でちょこんと座っていたミーゼは無言のまま鼻をピクピクさせていた。
始めの頃だと分からなかっただろうが、既にそれなりの付き合いになっている灯たちにもその表情の変化に気付くことができた。
その顔は、鍛冶の腕を認められたということも当然あるが、東堂に褒められて嬉しいということが多分に含まれているものだ。
もっともそのことに気付いていた灯たちは、顔を見合わせただけでそのことについて触れることはなかった。
ミーゼもあれから頑張っていて、きちんと(?)先のことを見据えて付き合えるくらいにはなっている。
二人の色恋事情は助けを求められたときにだけ手助けする、というのが現在の灯たちの中での共通の認識なのである。
「ミーゼさんが作ったって簡単にいったが、鍛冶場はどうしたんだ?」
「ああ、そうか。この世界だと流れの鍛冶師ってのも結構いて、借りられるようになっているところも多いんだ。主にギルドでやっているんだがな」
「流れの鍛冶師……」
鍛冶師は自分の工房にこもって鍛冶をしているというイメージがある忍は、どうにも想像ができなくて首を左右に振った。
「ハハハ。まあ、向こうのイメージがあればそうなるかもな。でもこっちだと、自分の武器は自分で治すという冒険者も結構いるぞ? あくまでも手直し程度だが」
「手直し……できるのか?」
「勿論。といっても、それなりの修行は必要だがな。さすがに独学と片手間でできるようなものじゃない」
「こっちは魔力が絡んでいる分、必要な工程も多そうだからな」
「そういうことだ。もっとも、そんな複雑な武器は専門家に任せる方がいいとは思うが」
下手な知識で手を出すと使えないものが出来上がるなんてことは、どこの世界でも共通なのだ。
魔力が絡む武器――いわゆる魔道具に関しては、鍛冶だけを専門にやっている鍛冶師でさえ手を出すことをためらう者もそれなりにいる。
それを考えれば、下手にかじるよりは最初から専門家に任せてしまった方がいいと考えるのも当然だろう。
こちらの世界で流れの鍛冶師が存在するのは、鍛冶師が材料を求めて冒険者を兼任したりすることもあるからという事情もある。
どんな理由があるにせよ、鍛冶にまで手を出すなんてことは考えていない灯たちにとってはあまり関係のない話ではある。
「――すまないな。話がそれてしまったな。そういうわけだから、ミヤコに向かう際には頼んだ」
「それは構わないですが、私たちは護衛の仕事はあまりしたことはないですよ?」
気楽な調子で頼んできた東堂に、灯が確認のつもりでそう聞いた。
「そうなのか? 意外……でもないか。お前たちなら、下手に他のパーティやら商隊に混ざると余計な騒ぎが起きそうか」
「そんなことはない……と言いたいところですが、言い切れないところもありますね」
「美人は得することも多いだろうが、こういった場面ではそんなところもあるからな。……いや、どう考えても得する場面のほうが多いと思うぞ?」
「それに関しては何とも……」
なぜかジト目で見てくる東堂に、灯は言えない表情になっていた。
普通顔だと自認している伸広はともかく、女性陣に関しては間違いなくそれぞれが美形に分類される。
灯自身も美人顔だという自覚はあるが、それを自分自身で言うつもりはない。
そんな灯の性格を東堂も分かっているので、敢えてそれ以上突っ込むことはしなかった。
「お前だったらこれ以上は言いづらいか。まあ、それはそれとして護衛に関しては問題ないぞ。こっちでも雇うべきものは雇うからな。いっそのこと俺が出した依頼に混ざって経験でも積むか?」
「それができるならそれに越したことはないでしょうが……いいのですか?」
「構わないだろうさ。むしろお前たちだったら、下手なところに頼むよりも安心できるだろうからな。まあ、どっちにしても詳しいことが決まったら教えてくれ」
「分かりました。――――ところで……」
「うん?」
「チャーハンはまだですか?」
「あ。すまん。完全に忘れていた。今から作る」
本来の屋台のメニューにはチャーハンはないが、裏メニュー的なものとして灯たちはよく頼んでいる。
以前ラーメンを食べに来た灯たちが、ミーゼが賄いとして食べていたのものを注文したことが始まりだ。
東堂としてはチャーハンをメインにするつもりはないので、あくまでも灯たち専用の裏メニューとなっているというわけだ。
そんなこんなでしっかりとチャーハンを食べ終えた灯たちは、宿に戻って今後の予定を話し合った。
結果として一週間後にミヤコに向かうということで、東堂にも話をして了承をもらうのであった。
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