第7章
(1)前段階
賢者の石をダシにして教会と交渉することになったが、すぐに行動開始とはならなかった。
それも当たり前のことで、そもそもの賢者の石ができていないのだから動きようがない。
伸広曰く「短くても一週間、長ければひと月はかかる」ということだったので、ひとまずは賢者の石ができることを前提に各自動くことになった。
当然だが一番忙しかったのは賢者の石を作る伸広で、その次はアリシアだった。
伸広が忙しくなったのはともかくとして、アリシアがその次になったのは事前に各所との繋ぎを作っておくためだ。
いきなり賢者の石の名を出すわけではなく、何かがあるかもしれないという含みを持たせながら今後もしかしたら面会することになるかもしれないというような話を匂わせておくのだ。
別にそのこと自体は失礼には当たらず、むしろ貴族や高い身分の者たちにとっては当たり前のように行われている行為である。
きっちりとした予定を作るのは正式な書面や手続きに基づいて行われるのだが、その前段階として「これこれこうしたことがあるかもしれないよ」と関係者に通告を行うのである。
アリシアの場合は「神の転生体」という事実があるので無茶を通すことは可能だろうが、別に今回はそんなことをする必要もない。
教会に喧嘩を売りに行くわけでもなく、賢者の石ができるまでの時間があったのでごく普通の手続きを使えばよかっただけのことである。
もっともアリシアの立場があるからこそ「普通の手続き」が通ったのであって、一般人が手続きを行ったところで会うことができない相手に面会を申し込んでいるのだが。
いずれにしても、アリシアが行った「普通の手続き」はきちんと身を結び、賢者の石の完成と共に予定通りに教会の者たちとの面会が行われることになる。
そして伸広とアリシアが忙しく動き回っている間、灯たちが何をしているのかというと……いつも通りダンジョンの探索に励んでいた。
そのお陰かどうかは不明だが、既に詩織と忍の龍の精霊はそれぞれの体への取り込みが終わっている。
灯の時と同じように、最初は二人とも魔力の加減が分からず戸惑っていたがそれもすぐに慣れた。
龍の精霊の効果は抜群で、三人だけで夢幻ダンジョンの第十五層にまで届いていた。
ちなみにグロスターダンジョンではあっさりと第二十層にまで攻略できていたが、夢幻ダンジョンはまだまだ到達できそうになかった。
これは単に両者のダンジョンに出てくる魔物のレベルが違っていて、攻略難易度が違っているからである。
その灯たちが現在何をしているかといえば、東堂の作ったラーメンを啜っていた。
「――というわけで、私たちは明日から教会の総本山に行ってきますので、しばらく顔を見せられないかもしれません」
「それはいいんだが、そんな重要な話を俺にしてしまってもよかったのか?」
残念そうな顔になって言った灯に、東堂は戸惑った表情をしていた。
灯たちは東堂に、自分たちが教会の総本山があるサボーニの町に行く理由をしっかりと話していたからだ。
その目的が賢者の石のお披露目であることを含めてだ。
東堂だけではなくミーゼが同じような顔になっているのも、ある意味で当然のことだ。
「構いませんよ。私たちが教会と話をするのは明日ですから、どうせ一気に話は広まるはずです。それに矛盾するようですが、そもそもこんな話をして普通の人たちが信じると思いますか?」
「…………信じる信じないはともかくとして、普通に流されて終わるだろうな。以前からの関係性があるならともかく」
「そういうことです。それに、明日を過ぎれば話も広まるはずなので好きに話してしまって構いませんよ」
「いや。変なトラブルのもとになりかねないから遠慮しておく。……元生徒たちから聞かれた場合は話すかもしれないが」
「別に構いませんが……そもそも来るのですか?」
「来る……というか、俺がここで屋台をやっていることを知っている奴らはいるからなあ。そのうち顔を見せに来るんじゃないか? 来ないかもしれないが」
「そういうことですか」
東堂の説明に、灯は納得の表情で頷いた。
ここでふと疑問に思ったのか、忍が口を挟んできた。
「そういえば、この国に滞在している人たちはいるのかな?」
「いるぞ。というか、今更聞くのか。それを」
少し呆れたような表情になった東堂にそう言われて、忍はついと視線を外した。
これは忍だけではなく灯や詩織もそうなのだが、そこまで他の元クラスメイトの動向を気にしていないのだ。
「まあ……俺もこんな商売していなければ似たようなものだっただろうからそこまで強くは言えないか」
三人の様子を見て、東堂は苦笑を交えながらそうフォロー(?)をしてきた。
「ところで、俺の記憶が正しければサボーニは大陸の中央あたりだったと思うんだが、こんなところにいていいのか?」
「構わないですよ~。転移魔法が使えますから」
「転移魔法……ああ、あれか」
東堂は、この世界に召喚されたばかりの頃に伸広が突然目の前に現れた時のことを思い出して頷いた。
とはいえ、今の東堂には当時にはなかったこの世界の常識的な知識が備わりつつある。
「俺が知っている限りでは、転移魔法はそんな簡単にポンポンと使えないはずなんだがな……?」
「大丈夫だ。その認識は間違っていない」
東堂の疑問に、忍がそう言いながらしっかりと頷き返した。
「……そうかい」
「そもそも賢者の石なんてものを作り出せる相手に、常識を求めるのが間違っていると思うよな?」
ニヤリと笑みを浮かべながらそんなことを言ってきた忍に、東堂は無言のまま肩をすくめるのであった。
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「――ヒック、ション!!」
「あら。風邪?」
拠点のリビングで盛大にクシャミをした伸広に、アリシアが少し気遣うような表情になって聞いてきた。
「いや。そんな感じじゃないなあ」
「それじゃあ、どこかで誰かが噂でもしていたのかしら?」
「だとしたらそんなにいい噂じゃなさそうだなぁ」
何とも言えない微妙な表情になって言う伸広に、アリシアはクスリと笑みを返した。
「それはそれとして……これが賢者の石なのね?」
アリシアは、そう言いながらテーブルの上に置かれた綺麗にカットされた宝石のような形で見る場所によって七色に輝く結晶に視線を向けた。
この結晶――まさしく賢者の石――は、つい先ほど伸広ができたと言って持ってきた物だった。
「ああ。間違いなくね」
「まさかこの目で直接お目にかかることがあるなんて、思わなかったわ」
「そう? アルスリアの転生体だと自覚した時点で、あり得ることだとは思わなかった?」
伸広はアリシアが転生体であることを自覚したのかいつなのか知らないが、少なくとも自分と出会うことになるあの時よりもかなり前だということはわかっている。
それに伸広の情報はある程度
だが、そんな伸広にアリシアは首を左右に振って返した。
「もし伸広が作れるのであれば、とっくに作っていると思っていたのよ」
「ああ。そういうこと」
「そういうこと。まさか、伸広にも作れないものがあるなんて思わなかったから」
「いや。作れないものなんて、いっぱいあるから」
「そうね。こっちで一緒に生活するようになって、嫌というほど理解できたわ」
「そう」
そんな会話をしながら視線は賢者の石から離さないアリシアと同じように、伸広もまた賢者の石へと視線を向けるのであった。
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