(3)ブラック(SSS)ランク
一国の王女であり神の転生体でもあるアリシアの自由な移動を守るための護衛。
それも、話を聞いている限りでは、アリシアは少人数での移動を希望している。
そんな都合のいい存在など、少なくともオーラフの思い出せる範囲内にはいなかった。
だからこそ首を傾げたのであり、表情も隠すことなく戸惑ったものを浮かべていた。
そんなオーラフに、アリシアはニコリと笑いかける。
「当たり前ですが、多人数の護衛はお断りしています。その上で父も納得して……って、回りくどい説明は止めましょうか」
オーラフの顔を見てついつい持って回った言い方になりそうになってしまったアリシアは、一瞬反省したような表情になってから伸広を見た。
ほんのわずかな時間だけ素の表情を見せたアリシアに少しだけ苦笑した伸広は、打ち合わせ通りに異次元空間からとある物を取り出した。
ちなみにこの異次元空間は伸広が開発した独自のマジックバッグのようなもので、伸広本人以外には自由にできない代物である。
伸広の意思に反してこの空間をこじ開けたりはできない上に、この世から去ってしまうようなことになったとしてもこの空間に入っているものは
それだけ貴重なものが入っていることの証明でもあるが、逆にそれらの品物が欲しい者たちにとっては厄介この上ない魔法といえる。
逆にいえば、この異次元空間に入っているものはアルスリアが直接対応しなければならない物があるともいえる。
そんな裏事情を知る由もなく、伸広から差し出されたとある物――黒いカード上のもの――を受け取ったオーラフは、最初はいぶかし気な表情になっていたがそのカードをひっくり返して見た瞬間にあり得ないものを見たという表情になった。
「――こ…………これは……!!」
思わず部屋の外にまで漏れそうなほどの大きさで叫びかけたオーラフは、話の内容を思い出してぐっとこらえて何とか誤魔化せる範囲に押しとどめた。
伸広が差し出したそのカードは、オーラフにとってそれほどの価値があるものだったのだ。
一見するとただの黒いカードでしかないそれは、表側に角度を変えると見ることができる冒険者ギルドのマークが描かれている。
まさにこのカードこそ、歴史上でただの一枚しか発行されていないブラックカードである。
曲がりなりにも一つの支部のギルドマスターを任されているオーラフは、世界で唯一のブラックカードを持っているという意味を理解したからこそ先ほどのような反応をしたのだ。
冒険者ギルドにとってブラックカードを持っている者は、時に冒険者ギルドの総長さえも超える発言権を持つことがあるのだ。
もっともオーラフは知らないことだが、このカードを持つ伸広がこれまでの歴史でそのような発言を行ったことは一度もないのだが。
このブラックカードは冒険者ギルドのランクでいえば
この事実は冒険者ギルドのほんの一握りの存在しか知らず、ギルドマスターであるオーラフも知らないことだったりする。
代々の総長は申し送りの際にそのことを知るのだが、神々が直接関わることになるという情報を気軽に知らせるわけもなく、冒険者ギルド内ではトップシークレット扱いになっている。
それため一般の冒険者の間ではブラックカードの存在は既に伝説のような存在だったりする。
いずれにしてもそんなブラックカードを軽い調子で出してきた伸広は、オーラフにとっては雲の上――とまではいかないまでも、かなり上位の存在だといえる。
「流石にそれを見てもなお護衛が必要だとは言えないでしょう?」
少しだけ楽しそうな表情になって言ってきたアリシアに、恐る恐るカードを伸広へと返したオーラフは引き締めた表情のまま頷いた。
「……確かに。それから、わざわざこの場で出してきた意図も理解しているつもりです」
ギルドマスター一人しかいないこの場で伸広がその冒険者ランクを明かしたことと、アリシアが旅に出ようとしているという意味を考えれば、彼らがオーラフに何を求めているかははっきりしている。
だがそれを分かった上で、オーラフにもどうしても譲れない
流石にその事実を黙ったまま後々話を拗らせることになるわけにはいかないと、オーラフは確認をとる意味を込めて伸広とアリシアを交互に見ながら言った。
「あなたのような方が動いているということを隠したいという意味は分かりますが、さすがに総長にだけは話を通すことになるかと思いますが……」
「ああ、それはそうでしょうね。私たちもそこまでの情報制限をしようとは思っていませんよ」
軽い調子でそう返してきたアリシアに、オーラフははっきりとわかる安堵の表情を浮かべた。
「どこまで情報開示をするかはそちらにお任せしますが、できる限り片手で収めるくらいにしてほしいですね」
続けてそう言ってきたアリシアに、オーラフは一瞬脳内で何人かの顔を思い浮かべたがすぐにそれを振り払った。
既にオーラフの中では、自分ではなくトップである総長が扱うべき情報だと認識しているのだ。
思いがけず手に入った情報が自分では扱いきれないものだと知って戸惑うオーラフに、アリシアが思い出したような表情になって言った。
「そうそう。一つ言っておきますが、彼に対して立場を利用して余計なちょっかいを出してくるのは厳禁だと総長に伝えておいてくださいね」
ニコリと笑って告げられたその言葉に、オーラフはすぐに難しい顔になった。
冒険者ギルドの現総長は、現役で活動している冒険者たちの中では唯一のSSランクであり、数々の混乱を治めてきたとして人気がある。
ただ一つの悪癖があるとすれば、強いものがいると聞けば立場を忘れて猪突猛進に手合わせを願いに行くということだ。
魔物を相手に戦うことを目的の一つとしている冒険者を統括する者としては必要な確認である場合も多いため、ほとんどの場合は周囲から呆れられつつも認められていたりする。
アリシアの今の言葉は、その悪癖を伸広に対して発揮するなと釘を刺したのだ。
その言葉の意味を十分に理解したオーラフだったが、それでも難しい顔を崩すことはなかった。
「いや、しかし、それは……」
「あなたの立場で止めるのが難しいというのは理解できます。ですので、もし今の言葉を伝えても止まらなそうであれば、こう伝えればいいのですよ。
『仲間の活躍でたまたま
アリシアは敢えて煽るような言い方をしているが、仲間の手助けがあったとしてもドラゴンにとどめを刺しただけという事実でもこの世界においては最高の栄誉の一つだ。
そんなドラゴンスレイヤーに対してアリシアが言った言葉を言い放てる者など、この世界では数えるほどしかいないはずだ。
総長に対してそんなことを言わなければならないのかと内心で青ざめるオーラフに、アリシアはさらに続けて言った。
「もしそれでも止まらないようであれば、こうも付け加えればいいと思いますよ? 『もし本気で彼と手合わせしたいと願うのであれば、せめて三体以上の神龍をソロで討伐できるくらいになってからにしなさい』と」
この世界ではドラゴンよりもさらに上位の存在として神龍がいるとされている。
その神龍を複数体、しかもソロで倒すようになれというのは、ほとんど不可能な所業といっても過言ではない。
ドラゴンについて付け加えると神龍のさらに上には古代龍がいるとされているが、ほとんど伝説の存在でその姿を見た者は現代の人類には存在しないと言われている。
アリシアの言葉から目の前に何気なく座っている伸広が編隊になっている神龍を倒せる存在だと察したオーラフは、無意識のうちにごくりとのどを鳴らした。
ただ黙ってアリシアに話を任せている伸広は、オーラフであってもとても手の届くような存在ではないと改めて認識したのだ。
そしてこの話をどのように総長に伝えればいいのかと、伸広たちとの話し合いを終えたオーラフは部屋の中で一人、頭を抱えることになるのであった。
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