(2)ギルドマスターへの依頼

 試練の塔の攻略を果たした灯たちは、数日の休みを挟んでカシマ町の冒険者ギルドを訪ねていた。

 目的はただ単に依頼を受けるためではなく、以前話した通りに伸広やアリシアと共に冒険をするための準備をするためだ。

 その準備のために、今回はいつもの三人組だけではなく伸広とアリシアも一緒についてきている。

 余談だが、灯たちに加えてアリシアが一緒に町中を歩いていると、いつも以上に(特に男の)視線を集めていた。

 伸広はそれ以上のとげとげしい視線を感じていたのだが。

 

 周囲からの視線はともかくとして、冒険者ギルドについた灯たちはさっそくギルドマスターとの面会を希望した。

 Aランクになれば、ある程度自由にギルドマスターとの面会も希望できるのだ。

 常にギルドマスターがそれぞれの支部に詰めているというわけではないのだが、幸いにして今回は不在ということはなくすぐに面会することができた。

 さらにいえば、カシマ町の冒険者ギルトマスターであるオーラフは、冒険者ギルドにとっては期待の新人である灯たちのことをきちんと知っていた。

 受付嬢に案内されて部屋に入ってきた灯たちを見て、歓迎するようにその鍛え上げられた両腕を広げながら歓迎の意を示していた。

 

「よう、期待の新人。歓迎するぜ! ……んで、そっちの美人と男は初顔のようだが、どういう要件だ?」

 体つきはマッチョというよりは細身だが、その実鍛え上げられた筋肉はしっかりとついていて泣く子も黙るような強面をしたオーラフは、ちらりと伸広とアリシアに視線を向けながらそう聞いてきた。

 ギルドマスターの部屋に来たのは始めてだったが、初対面ではなかったため既にその風貌にも慣れている忍がその問いに答えた。

「要件は大きく二つある……のだが、実は一つともいえるかな?」

「……どういうことだい?」

 回りくどい言い方をしてきた忍に、オーラフは首を傾げた。

 

「私たちはしばらくカシマ町を離れる。その理由が、これから話す指名依頼に関わってくる、というところかな?」

「ああ、なるほど。それで二つでありながら一つということか」

 指名依頼によって町を離れることになるので内容としては一つになるのだが、ギルドに指名依頼を出すことを別に考えれば二つになるということだ。

「それで? その指名依頼をそっちのお嬢さんが出すということか?」

「そうなりますね」

 オーラフから視線を向けられたアリシアが、そう答えながらコクリと頷いた。

 

 そして視線をオーラフから伸広へと移したアリシアは、その伸広からとあるものを受け取った。

「こちらが依頼票になるわ。――依頼元は王家からになりますね」

「……オイオイ」

 さらりと爆弾を落としてきたアリシアに、オーラフは一瞬驚いたように目を見開いた。

「――一応言っておくが、王家を勝手に名乗ったら相当な重罪になることはわかっているな……?」

「勿論よ。というか、私は王家の一人なのだから知っているのは当然でしょう?」

「…………は? 嬢ちゃんがか?」

 普通こんなところに王家の人間が護衛もつけずふらふらしているわけがない。

 付け加えれば、勝手に王家の人間であることを名乗れば、僭称罪といってかなり重い罪に課せられることになる。

 そういう意味を込めて呆れたような声をあげるオーラフに、アリシアは特に怒るわけでもなくごく普通に頷いた。

 

 そのあまりにもごく普通の態度であるアリシアを見て何かを感じたのか、オーラフはそれ以上は何も言わずに書面を確認した。

「………………オイオイ」

 先ほどと同じ言葉を返しつつ今度こそ本気で呆れかえるオーラフに、アリシアはニコリと笑みを浮かべた。

 アリシアが出してきた依頼票には、確かに王家の人間しか使えない王印がしっかりと押されていたのだ。

 ちなみに王印と呼ばれるものには二種類があり、一つは国王だけしか使えないものでもう一つが王家の人間も押すことができるものになる。

 アリシアが出した書面に押されていた印は、当たり前だが後者のものである。

 

「確認できましたか。当然ですが、きちんと確認していただいて構いませんよ?」

「……ああ、そうさせてもらおう」

 王印を偽造して使用すればこれまた重罪になるのだが、その価値の高さから偽造されることがままある。

 そうしたことを防ぐために本物には偽造防止処理がされているのだが、冒険者ギルドのように直接王家からの依頼を受ける可能性があるような場所には、その対処方法もしっかりと用意されているのだ。

 

 王印が押された書面を持ったまま立ち上がったオーラフは、そのまま自分が執務を行う机に向かって歩いて行った。

 そこで何やらごそごそとやっていたかと思うと、若干引きつったような表情になったまま戻ってきた。

 押されている王印が本物だと確認できたのだろう。

「――一応の確認ですが、どちらの姫になるのか確認しても?」

「勿論。私の名はアリシア。第三王女になりますね」

 アリシアがそう名乗りを上げると、オーラフは一度だけごくりとのどを鳴らした。

 ギルドマスターとして手に入れた情報の中に、第三王女がいずれかの神の転生体であるという情報を思い出したのだ。

 

「……確かに本物だと確認できました。先ほどまでの御無礼をお許しください」

「いいのですよ。というよりも、むしろ先ほどのような態度になってくれないと困ります。依頼内容を見れば、お忍びだということはお判りでしょう?」

「……わかった。そうさせてもらおう」

 アリシアの言葉に、オーラフはどこか安堵したような表情になった。

 今のアリシアの言葉は、自分を王族とは扱わずにそこそこの身分の者として扱うという要請だ。

 もっとも、そこそこといっても灯たちに護衛を依頼できるような身であるということはわかってしまうのだが。

 

「しかし依頼の意図はわかるが、こちらとしてはいささか不十分であるように感じるのだが……?」

 それは、身分を隠して旅することになるとはいえ、Aランクになりたての三人だけでは足りないのではないかという確認だ。

 Aランク冒険者が冒険者全体で見れば一握りしかいないことは確かだが、それでも百では足りないくらいの数はいる。

 かくゆう、こうして話をしているオーラフもAランクの冒険者なのだ。

 

 オーラフは灯たちの実力を正確には知らないが、それでも対面すればある程度の力は図ることができる。

 その見立てによれば、単純にAランク冒険者かそれに近い実力の者たちを多く集めれば押し切ることができるということはわかる。

 実際その見立ては間違っておらず、灯たちもそのことはよくわかっている。

 いずれかの国の王女にちょっかいを出してくるとなれば、それくらいの戦力を用意できる相手も数多く出てくるだろう。

 

 それらの懸念がありありとわかる表情をしたオーラフに、アリシアは当然だとばかりに頷いた。

「そうでしょうね。実際、父に話をしたときにもそう言われましたから。ですので、そちらの依頼はあくまでも表向きは、という意味です」

「と、いうことは、きちんと裏も用意していると?」

 それはそうだろうなという顔になるオーラフに、アリシアはコクリと頷いた。

「勿論です。というよりも、わざわざこの場を用意してもらったのはそちらを知らせるためです」

「というと……?」

 いくらオーラフがギルドマスターといえども、王家の守護の肝の一つといえる陰の存在を明かすとは思えない。

 それを除いたうえでわざわざ自分に知らせるようなことがあるのかと、オーラフは首を傾げるのであった。

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