(4)不老

 灯たちが初戦闘(模擬)をしてから約半年後のこと。

 アリシアの隣に立っていた伸広がガクリと膝から崩れ落ちて、さらに両手を地面についた。

「――――僕がここまで来るのに十年くらいかかったのに……」

「まあまあ。十年は言い過ぎよ。それに、師匠が良いのよ」

 伸広の様子に、アリシアが苦笑しながらそうフォローをしていた。

 とある戦闘(模擬)を終えて息を整えていた三人組は、伸広の様子にそれぞれ違った反応を見せている。

 忍はやれやれという感じで、詩織は少し驚いた様子、そして灯はどう慰めようかとオロオロ気味だった。

 もっとも、三人の様子は伸広の視界には入っていなかったので、それはどちらにとっても不幸中の幸いだったのだが。

 

 何故ここまで打ちひしがれているかというと、その言葉通りに伸広が十年をかけて倒せるようになった魔物を三人組が弟子になってから半年ほどで倒してしまったからである。

 灯たちは三人で倒したからというのもあるが、成長速度という点においてもどうあがいても伸広は勝てないという事実に愕然としてしまったというわけだ。

 もっともアリシアの慰めの通り十年というのは言い過ぎともいえるのだが、そこから一年ほど短くなっても大した違いはない(少なくとも伸広の中では)。

 それだけの差を見せつけられれば、伸広に限らず誰でも落ち込んでしまうだろう。

 

 困った様子で自分を見てくる灯を見て、アリシアは苦笑してから伸広に言った。

「ほら。いつまでも落ち込んでいないで。弟子たちが困っているわよ。そもそも、彼女たちの成長が早いということは最初からわかっていたことでしょう」

「まあ、そうなんだけれどねー……だからってさあ……」

「はいはい。愚痴はあとでいくらでも聞くから、今はちゃんと立ち直りましょう」

「へーい」

 改めてアリシアに促された伸広が、ノソノソと立ち上がった。

 

 その様子を何とはなしに見ていた詩織だったが、ふと何かを思い出したような表情になってアリシアを見た。

「あの……私たちの成長が早いというのは?」

「ああ、それね。そもそも異世界召喚される理由にもなっているのだけれどね、あの召喚陣を使って異世界から召喚された者は基礎体力と成長力が高くなるようになっているのよ」

「そうなんですか……?」

 改めて言われた事実に灯がそう聞くと、アリシアは頷き返しながら続けた。

「そうなのよ。でも、だからといって別にあなたたちがこちらの世界の人たちに引け目を感じる必要はないわよ。そういうものと割り切って第二の人生を楽しむべきね」

 きっぱりとそう言い切ったアリシアに、灯、詩織、忍の三人はそれもそうかと頷いていた。

 

 三人がそろって頷いたところで、ふと灯が何かを思いついたような表情になった。

「異世界人が召喚陣を通って強くなるのだとすれば、師匠は?」

 伸広がこの世界に来た敬意は、既に当人の口から全員に語られている。

「伸広の場合は、魂だけをあちらから移動させて肉体を神様が作っているから召喚陣を通ってきていないのよ。だから、異世界召喚チートみたいなものはないわね。代わりに神様が直接能力を与えているけれど」

「師匠は、その能力を魔法を覚えることに全振りした、と」

「そういうことね」

 忍の確認するような問いかけに、アリシアはコクリと頷いた。

 

 ここでアリシアの答えを聞いた詩織が、これまで聞こうとして聞けなかったことを聞くことにした。

「その魔法を覚える能力に不老不死も含まれていたの?」

「あら。それは二つほど間違っているわね」

 不老不死でなければ五百年もの間生きられるはずがないという思い込みの問いかけだったが、アリシアはあっさりとそれを否定した。

「一つは不老不死ではなく、不老ね。いくら伸広だからって、頭と体を切り離されたり心臓に杭を打ち込まれれば死んでしまうわよ」

「いや、その例えは……」

 アリシアの良いように、そろそろ復活しかけてきていた伸広が抗議の視線を向けた。

 

 伸広からの視線に軽く笑い返したアリシアは、さらに続けて言った。

「もう一つの間違いは、最初から不老だったってところね。伸広の不老は、魔法の修行をしている間に身に着いたものよ。いわば、努力の結果かしらね」

 アリシアのその言葉に、三人組は二重の意味で驚いた。

 一つはこの世界で五百年も生きている伸広が最初から不老不死ではなかったということ、もう一つは生きている者であれば誰もが一度は夢見る不老が努力によって身に着けることができるということだ。

 この世界で長く生きている伸広の話を聞いている三人は絶対に不老になりたいという願望は今のところ持っていないが、それでもずっと若々しい姿でいられるという話は魅力的に感じる。

 

 そんな三人に、アリシアは「ただし」と付け加える。

「皆は――というよりも伸広以外の誰も、もう同じような方法で不老になることはできないわね」

「それは、何故?」

「簡単よ。伸広が不老になれたのは、この拠点が転移してきた当初は人が老化しないように作られていたから。でも今はその機能は外されているから他の人たちは別の方法を見つけないといけないのよ」

「それはまた、ずいぶんと大盤振る舞いのような気がするのですが、師匠のために付けていた機能なのでしょうか?」

 

 灯のその問いかけに、アリシアは首を左右に振った。

「違うわよ。以前も言ったとおりに、この拠点は神々が選んだ異世界からの転移者たちのチュートリアルをするための場所よ。訓練中に不慮の事故で亡くなったりしないようにするためと、旅立つまでのおまけみたいなもので付けていたのよ。それがまさか、ずっと居座る人が出てくるなんて思わなかったのよ。神々も意外と抜けているところがあるのかしらね」

 自信が女神の転生体でありながら微妙にその神々の評価を下げるようなことを言ったアリシアに、三人は何とも言えない表情になった。

 確かにこの拠点を作った神々も抜けているところがあるのはわかるが、百年単位で居座る伸広も通常の感覚からすれば普通ではないからだ。

 魔法に関わる師匠と女神の生まれ変わりに色々とお世話になっている三人組としては、変にいじるようなことは言えない。

 

 その代わりに、詩織が確認するようにアリシアへと問いかける。

「つまり師匠が不老になったのは、努力と必然の産物?」

「努力と必然ね。確かに、その言い回しは正しいかもしれないわね」

 身体能力が変わらない拠点にいれば確かに不老ではいれるが、一歩外に出てしまえばその恩恵はなくなる。

 伸広自身に不老の能力が身に着いたのは、間違いなく彼の魔法への情熱があったからこそである。

 

「伸広の場合は時間をかけて努力を続けるという方法がとれたけれど、他の人たちはそうはいかない。そう簡単に手に入れられるとは思わないことね」

 そう釘を刺してきたアリシアに、灯は頷き返しつつもう一つの疑問を口にした。

「それはそうなのでしょうが、女神の生まれ変わりという貴方はどうなのでしょう?」

「私? 私の場合は特殊過ぎて参考にはならないでしょうけれど……大本である女神の気まぐれ次第でどうとでもなるとしか答えられないわね。それは別に隠しているわけじゃなくて、本当に知らないのよ?」

 微妙に言い訳めいたことを口にするアリシアに、三人組が納得の表情で頷いていた。

 これまで座学で学んできた内容にこれまで神々が直接世界に及ぼしてきた話も含まれているのだが、アリシアが言ったとおりに本当に気まぐれな部分が多くの神々に存在しているからだ。

 アリシアは女神の生まれ変わりということで本体アルスリアとの繋がりは非常に深いが、いざという時はあくまでもサブ的な扱いでしかない。

 それゆえに、運命に身を任せるという意味においては、他の者たちよりもはるかに強い影響を持っているともいえるのであった。

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