(3)召喚の現実

 あからさまな態度を出す帝国側の人間はいたが、すべての学生がそれを見抜けていたわけではない。

 というよりも割合にすれば三分の二ほどの人間が気付いていなかったが、今のところそれで問題が起こったわけではない。

 理由は単純で、まだ伸広が全体に不話の魔法をかけていたからだ。

「――あ~。一応言っておくけれど、私は君たちの通っていた学校のある○✕市で暮らしていた者だ。魔法で話せなくしておいてあれだけれど、とりあえず変に騒ぎになって話が進まなくなったら困るから、とりあえずしばらくこのままで我慢してね」

 伸広は学生全体を見回しながらそう言って、一度言葉を区切った。

 ちなみに、魔法がかかっているのは帝国側も同じだが、こちらは今のところ完全に無視している。

 

「帝国の人たちが何をどう話したかはわからないけれど、これだけは言っておかなければならないことがある。それは、何をどう為したとしても、元の世界には絶対に戻れないということ」

 伸広がそう言い切ると、やはり生徒たちの間に動揺が広がっていった。

 帝国の者たちはその点について何も言っていなかったが、帰れることをどこか期待している者は多かった。

 それゆえに話すことができないとわかっていても、動きで伸広に対して何かをしようとする者たちがいた。

 

 そんな者たちに対してさらに説明をするように、伸広はゆっくりと話を続ける。

「もっと正確なことを言えば、元の世界と似たような世界に転移することは可能だよ。でも、その世界は絶対に元の世界そのものではない。分かりやすい……かどうかはともかくとして、タイムスリップのパラドックス的なものだと思ってくれればいい」

 そもそもこの世界で行われる異世界召喚というのは、現世で生きている者を強引に引っ張ってきて連れてきているわけではない。

 そんな方法をとれば、必ず世界を管理・監視している神々から罰を食らうことになる。

 その罰を避けるために取られている向け道のような方法が、いわゆる別世界の『あの世』にいる魂を引っ張ってきて、その魂にこちらの世界にあった肉体を与えるというものなのだ。

「――だから元の世界に戻ろうとしてもそもそもの肉体が存在していないし、もし存在していたとしてもその肉体には必ず魂が入っている。つまり、君たちの入る隙間はないということになる。元の世界には戻れないというのは、そういうことなんだよ」

 そこまで説明した伸広は、自分の言ったことが生徒たちに浸透するかどうかをしばらく見守った。

 

 時間にして二十秒ほど待った伸広は、ここで唯一の(あちらの世界では)大人である教師らしき男性を見た。

「ここまでで聞きたいこともあるだろうから、一応代表ということでとりあえず先生だけは魔法を解こうかな。その上で、聞きたいことがあればどうぞ」

 そう言った伸広は、召喚組の中で一番の年かさに見える男性――東堂始に向かって軽く手を振った。

 その動作だけで、東堂にかかっていた不話の魔法が解ける。

「あ、あー。……コホン。本当に話せるようになったな。それで、一応聞くが私だけを選んで解いたのは?」

「まあ、そういう魔法ですから。それから理由ですが、こちらの勝手な思い込みですが、先生はこういう方面に理解がある方では?」

「……なるほど。確かに否定はしないですが、それはあなたも同じなのでは? というか、そもそもあなたの対応を見ていると、とても見た目通りの年には思えないのですが?」

「私の年については、中らずとも遠からずとだけ言っておきます。それよりも、今はほかに大事なことがあるのでは?」

「それもそうでしたか。――では、そもそも何故あなたはわざわざここに来たのでしょう? 元の世界に戻るのが不可能だということを説明するだけではないのでしょう?」

「まあ、そうですね。まずは、それからですか。ついでに、にも関係していることですから」

 伸広は『彼ら』と言ったところで、ちらりと皇帝とその周囲にいる者たちを見た。

 

 ちなみにここまで彼らが黙っているのは、伸広の登場に驚き続けているからだけではない。

 帝国側の人間に対しては、不話の魔法以外にも軽い拘束魔法もかけている。

 伸広は、今この場に騎士団の集団を呼ばれても対処ができる力があるが、そんなことにいちいち対処していては肝心の話が進まない。

 そのため自分たちが話したいことが終わるまでは、その場に拘束しておくことにしたのだ。

 

「どう関係しているかが気になるところですが、まずは質問に答えてもらいましょうか」

「勿論構いませんよ。というよりも、先ほどの答えそのものが彼らに関係してくることですから。――私がこの場に来たのは、不本意にもこの世界に召喚されたあなたたちに選択肢を与えるためです」

「何となく想像はつきますが、皆のために聞いておきます。――選択肢とは?」

「元の世界に戻れない以上は、今後はこの世界で暮らしていかなければならないというわけです。ですので、その生活をしていく上での選択肢ですね。もちろん、このまま帝国に残るというのもありとは思いますよ」

「おや。召喚を行った元凶なのに、ですか」

「むしろこの場合は、元凶だからと言うべきでしょうね。召喚魔法なんてものを使うのは、はっきり言って戦力として期待しているからです。その戦力が各国に分散されるとなれば、残った者をそれなりに大事にはするでしょう」


 あえて『それなりに』という言葉を付けたのは、理不尽にも意味が分からず別世界に召喚された者たちのことを慮ったからだ。

 伸広が言った戦力というのは、言葉通りに戦うことができる力という意味だ。

 であれば戦闘訓練といったことは必ず必要になるので、その場で厳しく対応される可能性はあるだろう。

 さらにいえば、手に負えないようであればいきなり実践に放り込まれるということもあり得る。

 ただそれは、伸広が提示しようとしている別の国への移籍(?)したとしても、同じようなことが行われるはずだ。

 

「――勿論、移動した先ではそれぞれ才能を見たりはされるだろうけれど、基本的には戦力として扱われるというのは変わらないと思ったほうがいいでしょうね」

「そういうことですか。であれば、他の組織に属したりとかは?」

「その手もなくはないでしょうが、あまりお勧めはしませんよ。国の介助なしに自分の実力だけで厳しい道を進まなくてはならないということですから。それよりはどこかの国に属することをお勧めします」

「……ちなみに、この世界にギルドは?」

「ありますよ。ただ、私個人のお勧めとしては、どこかの国に所属するのが一番で、各ギルドに入るのは二番目ですね」

「その心は?」

「最初から実力があるならどの道に行っても渡り合っていけるでしょうが、その実力があると確信できる者はどれくらいいますか? 勿論、自分の生きる道は自分で決めるという人は、ギルドに入ることもありでしょう」

「そういうことですか……」


 伸広があえてギルドを一番目にしないのは、これまでこの世界に召喚された幾人かの者たちを見たり聞いたりして、多くの者が苦労をし続けてきたところを知っているからだ。

 別世界から召喚された者が一段上に実力にあるという法則(?)は確かにあるのだが、結局その才能を伸ばせるかは本人の努力と周囲の環境によって変わってしまう。

 いかに強者としての才能を持っている召喚者といえども、最初からいきなり大魔法をぶっ放したり剣を一振りすれば台地が割れるなんてことは

 伸広のように神によってこの世界に招かれた者でもそこまでの力を持たされて現れるなんてことはないのだから、人の手で行われる召喚は言わずもがなということだ。

 

 伸広と東堂が話をしている間に、混乱していた生徒たちも落ち着いてきたのか、ほとんど動かず二人の話を聞くようになっていた。

 これまでの時間で、別世界の召喚なんて――と考えていた生徒もある程度は現実として受け止め始めるようになっていたのか、ただ真剣な表情になって話に集中していた。

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