第2話 天魔と染人

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      LOG:アクム

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 忘れもしない去年のクリスマス・イヴ……

その後『厄災の日』と呼ばれる事となった、あの日…

 全セクターの夜空に突如として現れた、私の左目と同じ虹色の瞳を持つ天使と女神に似た悪魔達は、現文明の武器を持ってしても全く歯が立たなかった。

 人々は蹂躙され、生き残った国民が地下シェルターでの暮らしを余儀なくされた忌まわしきあの日に、ナインと出会わなければ私は間違いなく絶命していたのだろう……。

 

 間もなく奴らは、天使の様な悪魔という理由で『天魔』と呼ばれる事となり、私たちの日常や大切な者を無慈悲に奪い取った…

 私の大切な人たちも…


そして、与えられた…残酷な真実を…


 各セクターの、『中央塔』最上階にある都市総合通信管理システム…

 通称『パンドラ』を破壊すれば、そのセクターに蔓延はびこる天魔は消滅する。

 私にその方法と、生きる目的を与えた『ウラギリモノ』の指示により、ナインと初めて破壊したパンドラは、Sセクター・ナガノのものだった。


 ナインの攻撃力は信じられないほど高い。

私には傷ひとつ付ける事が出来なかった、パンドラをいとも簡単に破壊した…


 しかし、その力は先程使った魔法の様な技だけであって、接近戦や身のこなし方は生身の人間と変わらない。

 つまり、『弱い』。


 だから、私が守らなければならない…


「いたわね…」

開けた大きな空間と、中央の防衛システムが視界に映る。


「私が攻撃を引きつけるから、ナインはトドメをお願いね。それと、決して暴走しない事!」

 ――『S・サッポロ』に来る前、『S•ナガノ』での出来事。防衛システムとの戦闘の際にナインはそれを見た途端、血相を変えて一人で突っ込んでいった。

 まぐれと言っても過言でない、私の放った刀の衝撃波がナインの肩を掠め、防衛システムの銃弾の軌道から彼を救う形となったのは只の幸運に他ならない。

 改めて、ナインに注意をしておかないと…――ナインが死んでしまうと全てが水の泡になってしまうのだから。


「ああ、前は…悪かったよ…なんだかあれを見ると、何て言ったらいいのかな…感情が高まってしまうんだよな」

 ナインは申し訳無いといった様子で、答えた時だった。

 視界の隅で動く者の気配を察し、目を向けた先にいたのは…


 白い髪に、虚ろな瞳をした人影……

「アクムっ!染人セントがいるぞっ!!」同じく気付いたナインが、掌を染人に向け叫ぶ。


 染人とは、天魔の瞳を直視する事で発症する、操り人形化してしまった、元は『人』だ。

 彼らは今までの人格を無くし、染人化していない人を見境なく襲う。

 いわば生ける屍と化した敵である。

今やこの国の地上には、パンドラを破壊したS•ナガノを除き『染人』と『天魔』で溢れていた。


「アクム!くるぞ!」

作業着に身を包んだ染人がこちらに叫び声を挙げながら襲いかかってくる。


「ええ…任せて。ナインは離れていて……」

何とか元に戻してあげたい。でも叶わない。

 『ウラギリモノ』は言った……

染人化した人間を元には戻せないと。


「あなたの悪夢を終わらせてあげる」

私は握りしめた刀に、ありったけ高温のイメージを込める。

 燃え盛る刀身の炎は赤から黄色に…… そして静かな青い炎に変わったとき、周りの熱量が一気に増した。


 その刃を、私は躊躇いもなく染人に向け放った。


 染人は跡形も無く消し飛んだ。

痛みを感じる暇も無かっただろう。

――そんな、ほんの僅かな思考の間に、まだまだ戦闘に慣れない私の弱さが露呈する。

 耳元に響く、銃火器の向けられる微かな音……

 それは音も無く忍び寄る『死』を想像するには十分な音響を伴っていた。

 とき既に遅し…私の目の前には防衛システムの全銃口が向けられていた。

 

 刹那、響く轟音……


 反射的に瞼を閉じ、奥歯を噛みしめる………しかし、いつまで経っても来るはずの痛みは感じられなかった。

 ゆっくり瞑っていた瞼を開くと、防衛システムは既に沈黙していた。

 ふいに冷たい風が吹き抜け、その方向に目を向けると、壁には大きな穴が空いていた。


 そして、防衛システムの本体にも風穴が空いていた……


「あっぶねー、間一髪だったよ!」

ナインが両手を防衛システムに向けながら

青い顔をこちらに向けている。


「ごめんなさい、今度は助けてもらっちゃたみたいね」

 –––ああ、ダメだ…染人を見ると思い出してしまう……

 災厄の日の光景を、私の目の前で染人となってしまった二人と、通信用ウエアラブルデバイス 、通称『PICT』に映し出された染人…… 変わり果てた両親の姿を。


「これで、貸し借りなしね! さてと、パンドラを片付けにいきましょうか!」

 出来るだけ明るく言ったつもりだが、胸の締め付けられる思いは無くならず、私は首元に装着している『PICT』に触れて呟いた。

「必ず。仇は取ってあげるからね」


「お〜い、アクム。早く行こうぜ〜」

先を進むナインの気楽な様子に、私は口元が緩むのを堪えて駆け寄っていった。

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