ユーピテル=ベクトル

なかと

プロローグ

 その、広く仄暗い空間で男は呟いた。


「ユーピテルへの接続問題無し……。『イーライ』良くやった。後は『鍵』さえ手に入れば、安寧あんねいの世界が実現する」


 壁一面に投影されたディスプレイの光で顔を照らされた男は、歪んだ笑みが浮かべていた。

 振り返った彼が見渡す室内には、埋め尽くす程のコンピューターが絶え間なく作動音を発していた。

 それは、無数の配線が入り組む密林の中で虫達が歓喜の歌を唄ってるかの様に。


 部屋の中央にはつたの絡まった大木を思わせる太い配線と、2メートル程の大きさがあるカプセルが、それを取り巻く様に6つ吊り下がっていた。

 この空間を限定して云えば、それはまるで大木から垂れ下がる奇妙な果実のようだった。

 そのカプセルの内3つは淡い緑色の光を放ち、かたわらに立つ黒髪を2つに束ねた少女の顔をおぼろげに浮かび上がらせる。


 男は少女に向け「本当に済まない、これからはお前の協力が必要だ。母さんの犠牲を無駄にしない為にも、必ず『鍵』を見つけてくれ」と、落ち着いたトーンで話しかけた。


 少女は浅く頷くと発光するカプセルの1つを撫でながら静かな口調で、「ええ、勿論よ。成功すれば、父さんは英雄だもの。必ず見つけるわ」と、拳を握りしめた。


 少女は『それと…』の言葉と共にカプセルの中を覗き込むと「この子をイーライって呼ばないで」と、つぶやく。

 ふぅ、と一息つく少女は暗い天井を見上げる。

「母さんを奪ったこんな世界を…… 私は許さない」

 そう言う少女の瞳には、決意の光が宿っていた。


––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 親愛なる観測者の皆様

ようこそおいで下さいました

ここはかつて日本と呼ばれていた国で

       私の…救いたい世界……


またお会いできる刻を楽しみにしております

             –––– ※※ィ※

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