第2話 村長のお供の精霊現る

 家の扉を空けると台所仕事をしていた母がムギが帰ったことに気付く。

「お帰り。明日ヒマよね? 畑よろしくね」

 仕事のことは、あえて聞かないようにしているのだろうか。明るい母の顔を見て、なるべく元気に答える。

「分かった」


 二階の自分の部屋に入る。ムギの部屋は本だらけだ。本棚だけでなく、床にもたくさん積み重なっている。

 机に座ったムギは、おもむろに左手で握った鉛筆に右手をかざす。右手に力を込めてみる。何も起きない。

 「発火能力のチェックか?」


 驚いて振り返ると、人の頭程のサイズの楕円形に、眠たそうな目と、鼻と、口、そして手足が生えた白い生き物が浮いている。

「能力は10才までに、出るっていうからな。もうダメだろ」

 ムギがまじまじと、空中に浮かぶ変な生き物をみる。

「……。精霊? 初めてみた」

「おう。精霊だ。この辺の乾燥地帯じゃ珍しいだろう。だいたい森にいるからな。ちなみに悪いが能力も使えちゃうぞ。風系が得意」

「あっそう」


 机に向き直って本を読み始めるムギ。

「えっ! それだけ? 冷めてんなお前。少年は人外と友達になりたいものだろう!?」

「何言ってんの?」

「なに言ってるんだろう」


 精霊の方をみないで、本に目を落としたままムギが言う。

「今、能力のチェックしてたの誰にもいわないでね。それだけは、よろしく」

「お、おう。分かった。それにしても、凄い本の量だな。頭いいのかお前」

「今年卒業した学校の成績は下から数えた方が早いよ」

「こんなに本を読んでるのに!?」


 ムギが精霊を、さっと手ですくい上げる。

「お? やっぱり俺と友達になりたくなったか? 少年はそうこなくちゃ」

 おもむろに机の前の窓を明け、精霊をポイッと外に出し、窓をパタンと締める。

 また、机に座って本を読む。

 窓の外からポカンとした精霊の顔が、視界の端の方に見える。


 翌朝、ムギが畑で鍬を動かし仕事をしていると誰かが呼ぶ声がする。

「おーい! 少年!」

 振り変えると、ツナギに麦わら帽子を被ったラルフが笑顔でやってくる。

「なんですか、その格好」

「各家庭の畑を手伝って回っているんだ。この服は前の家の奥様が用意してくださったんだ。いやー、なんでも似合って困っちゃうね」


 この村のオバサンを「奥様」だとか「くださった」なんて言う人間は皆無で、服まで用意したところを見ると、さぞや奥様は喜んだだろう。そしてラルフはやはり自分とは違うタイプの人間だなと思う。

「別にウチは結構です」

「さっきお母さんに聞いたら、よろしくお願いしますって」

 言い返せなくなるムギ。それに、ちょっと疲れていたのもあって、ふてくされながら頼むことにする。

「じゃあ、その辺をお願いします」

「はい!」


 作業をしながら、横目でラルフを見ると、各家庭を回ってきたためなのか、手際よく作業をこなしている。暫くすると、母の声が聞こえる。

「村長さんー。お茶が入りましたよー」

 ラルフが母の方を向いて、律儀に麦わら帽子を取ってペコペコしている。

「あー、すみません。お構いなく」

 腰が低いんだなと思う。ちょっとラルフに好感を持ってしまった自分に気付き、頭を振る。とんだ人たらしに、騙されてはいけない。


 ラルフと畑の切り株にすわって母の用意したお茶を飲む。騙されてなるものかとは思うけど、妙な村長だ。

「なんか、村長っていうより、社会に疲れた青年が田舎でいやされるみたいになってません?」

「だって、何もしてないのに税金もらえないじゃん?」


 お茶をすするムギ。お茶を見つめながら言う。

「あと人気取りですよね。選挙制のところは次の選挙のために有権者に珍事を聞いたりするって本で読みました」

「君は賢いっていうか、なんていうか。村の選挙制を提案したの君なんだって?」


 そんなことまで知っているのか。そうか、この人は畑を手伝ったりして情報収集したりしてるのか…、抜け目ないなと思い、また警戒心が湧く。

「こんな村の村長、誰もやりたがらないから、なんかそのうちヒマな自分に周ってきたら嫌だっただけです。帝国が選挙制を認可するっていうのを知って大人に伝えて、後は全部大人がやりました。提案って程でもありません」

「それでも君のおかげで、今私がここにいるから、感謝しなくちゃ」

「上手くいくと思ってなかったんたけど、本当に物好きな育ちの良さそうなのが来ました」


 言ってやった、しかし、ちょっと言い過ぎたかなと、考えていると、ラルフが小首をかしげてムギの方を見る。もう30才なのに、そういった仕草に違和感がなくて、顔のいい奴は凄い。

「うん? それは私のことかな? 君は能力者になれなかったから、そんなにやさぐれてるの?」

 屈託なくラルフが言う。


「はっ?」

「能力者は10 才までに発覚するっていうからねー。僕もねマドレーヌ王国の王族なんだけどね、いろいろあってね国を出てきたんだ。あ、でも王位継承順位は101位だから身構えないでね。人って失ってこそ得ることってあると思うんだ、押しては返す波のように…」


 ペラペラ、ラルフが話す。

「聞いてる?」

「いえ。王子様ってことに驚いて頭に入ってきませんでした」

「えー。今、私いいこと言った気がするんだけど」

「そうでもないですよ」

「聞いてんじゃん!」

 この前の精霊がどこから、ともなく飛んでくる。

「よう! 能力者になりたかった少年!」

 村長が精霊の方を指差す。

「あ、これは私が使役している精霊。王族は精霊と契約を交わすんだ」

「その精霊、村長のなんですか」

「ペットっていうんだ。名前がペットね」

「すごい名前ですね」


 ペットがやれやれと言った調子で説明する。

「ひどいだろ。こいつがガキのころ契約するときに、そう名付けちゃたんだよ。あと使役してるっていっても、俺が子守し続けてるからな。で、お前の名前は?」

 精霊が小さな手をムギに向けたため、一応握手する。

「僕はムギ。ていうか約束したのに話したんだね。第一声で言ってたし」


 ペットが気まずそうにする。

「あ……。悪いようにはしないから」

 立ち上がるムギ。ラルフが聞く。

「怒ったかい?」

「雨がきそうなんですよ。それに…」

 ムギが少し黙る。

「それに?」

「能力ないことについて言われるのは慣れてます」


 手早く農具を片付け出すムギは冷たくふるまってるようにみえる。しかし本当は、王族だとか精霊だとか訳のわからない大人でも久々に誰かに構ってもらったことが、ムギは少し嬉しかった。

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