第2話
道すがら、二人は様々な話をした。
「朗さんは、どうしてここに来たんですか?」
しのぶの問いかけに朗は少し首をひねった。
「うーん、まぁそんなに強い理由があったわけでもないけれど、高校生の頃に聞いた古森の民話がずっと印象に残っててね」
「民話……ですか?」
朗の言葉にしのぶは少し驚いたような表情を見せた。
「うん、『道代(みちしろ)の娘』って話だけど……しのぶちゃんは地元だから聞いたこともあるか」
「は、はい、それはもう……」
しのぶは何故か少し戸惑ったような表情を見せたが、朗はそれに気づかずに話を続ける。
「ここ古森には昔は広大な森林が広がっていた。古森という地名は当然そこから来たわけだけど、それはそれは深い森だったらしくて、何人もの旅人がここで道に迷って行方不明になってもいたらしい」
「……」
「ある時、西の方からやってきた旅人がどうしてもこの森を抜けていかねばならなくなり、森に入る前に付近に住む狩人から道順を記した地図を受け取って森に入った。しかし、運の悪いことに森の中で狼に襲われてしまい、命こそ助かったものの地図の道順から大きく外れた場所に迷い込んだ上に、地図も途中で落としてしまい、旅人は森の奥地で一人途方に暮れていた」
「すると、そこにひょっこりと一人の若い娘が現れた。娘は驚く旅人に森の出口に案内できると請け負い、旅人が娘のあとについていくと、果たして森の出口へとたどり着いた。旅人は大いに喜び、娘に何かしらのお礼を上げようとしたが、娘はそれを笑顔で断ると、『もう二度と、このような無茶をなさらぬように』とだけ言い残し、再び森の奥へと姿を消した」
「そう。そして、その一件以来『森の中で道に迷って困っている人がいると、年端も行かない女の子が出口まで導いてくれることもある』という噂が流れ、その娘のことを”道代の娘”と呼び習わすようになった……というわけだね」
そこまで言い終えると朗は感心したようにしのぶのことを見た。
「でも、しのぶちゃんもよく細かい筋の話まで覚えてたね。まるでその場にいてそれを見ていたみたいな語り口だったよ」
「え!……いや、その、あの……そ、そんなことないですよ……」
朗にそう言われて、しのぶは妙にドギマギしたように答えた。
「そ、それより、朗さんはどうして『道代の娘』に興味を持ったんですか?」
「んー、何というか、こういう話にしては毒がないよな、って」
「毒がない、ですか?」
「うん」
しのぶの問いかけに朗は大きく頷いた。
「この娘って、結局の所善意で旅人を助けただけじゃん?後で陥れるわけでも、謝礼が目当てと言う訳でもなく、ただただ『旅人を助けたかったから』助けて、その後は何にも手をつけずに再び森へ帰っていった。俺は色々な民話に興味を持って調べていたこともあったけど、『道代の娘』くらい綺麗な話は聞いたことがなかったな」
「そうなんですね……」
朗のその言葉に、しのぶは感嘆の吐息を漏らした。
「私は朗さんとは逆で、このお話くらいしか民話なんて知りませんけど……何だかちょっと嬉しくなりました。こんなにこのお話が好きな人がいるんだ、って」
「ははは、そんなに大げさな話でも無いんじゃないかな。人間、興味のあることは色々調べたくなっちゃうものだからね」
「それでも、やっぱり嬉しいですよ」
しのぶはそう言って朗ににっこりと笑いかけた。
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