道代(みちしろ)の娘
緋那真意
第1話
「おっかしいなぁ、もしかして道に迷った?」
朗(あきら)は、路上で途方に暮れた。
ここは古森(ふるのもり)という小さな地方都市。さほど有名な観光地、というわけではないが、昭和からの整った街並みが比較的良く保存されているということで、一部の懐古趣味の人々からは最近一目置かれつつある街であった。
朗は大学生最後の思い出にと一人旅を思い立ち、ここ古森を訪れたのだが、スマホのナビもあるからと街中の奥深くまでどんどん入っていくうちに、道に迷ってしまったのだ。道中でゲームアプリなどを起動していた影響もあってスマホの電池は切れ気味で、代替のバッテリーも宿に置き忘れてしまうという痛恨のミスを犯してしまっている。
朗は決して方向音痴というわけではないのだが、地理のよく分からない場所で地図もなく、ナビも使えないという状況では流石にいかんともし難かった。付近に目印になりそうな建物も見当たらない。
「うーん、少し当てずっぽうに歩き過ぎたか?とにかく宿まで戻りたいけど、どうするかな……?」
あれこれと考えては見たものの、良案は浮かばない。
熟考の末、とにかく人通りのある大きな道に出るまで歩いてみようと覚悟を決めて、朗が歩き出そうとしたちょうどその時、こちらの方に向かって歩いてくる女の子の姿が視界に入った。
「あっ!ちょっとちょっと、そこの君!」
こんなチャンスを逃す訳にはいかないとばかりに、朗は大声で呼びかけた。
少女の方もすぐに朗の呼びかけに気がついて、特に警戒の色も見せずに朗の方へ近づいてきた。
「何か私に御用でしょうか?」
少女は良く通る澄んだ声で朗に言った。
歳の頃は高校生くらいだろうか。長い髪をポニーテールにまとめた、快活な印象の女の子だった。
すこぶる美少女、というほどではないが、どこかに人を惹きつけてやまない「何か」があるようにも感じられた。
「ああ、実は道に迷っちゃってね。とりあえず駅まで出たいんだけど、道を教えてくれないかな?」
「ああ、そういうことですか」
朗の言葉に少女ははきはきとした口調で答えた。
「でも、ここって駅からは大分離れてますけど、どうしたんですか?」
「いや、旅行で来たんだけどさ。調子に乗ってどんどん進んでいったらご覧の有様で」
「珍しいですね。最近は何でもスマートフォンで、なんて話を聞きますし。道を聞かれるなんてのも滅多にない……って話ですけど」
少女に痛いところを突かれて、朗は苦笑しなから答えた。
「それが恥ずかしい話なんだけど、スマホはバッテリー切れでね。予備のバッテリーも忘れちゃって、どうにもならないのよ」
そう言って、朗は電源の切れたスマートフォンを軽くかざして見せた。
「大変だったんですね〜。分かりました。ちょうど私も駅前の方角に行くところだったんで、そこまで一緒に行きましょう」
少女は妙に明るい声でそう言った。
「え、来てくれるの?別に途中まで道を教えてくれればそれでも……」
その申し出に朗は少し逡巡した。声をかけたのはこちらであるし折角の申し出ではあるのだが、今のご時世明らかに地元民でもない男が地元出身らしき女の子と二人きりで歩いている、というのはあまり絵面が良くないようにも思われた。
朗の表情を見て少女も事態を察したのか、手のひらをパタパタと振ってみせた。
「あ〜、人目が気になるって感じですか?だ〜い丈夫ですって。もし仮にそうなっちゃったら、私からちゃんと『道案内してるだけです』って説明しちゃいますから。心配いらないですよ」
少女は妙に自信たっぷりに言った。
「う〜ん、そこまで言うのならお願いさせてもらおうかな」
朗は頷いた。少女の方のノリが軽すぎて少しばかり不安はあるが、こちらから話を振った手前、拒否して騒ぎにされてしまったらそれこそ事になってしまう。
「分かりました。じゃ、立ち話も何ですから早速いきましょう!」
少女はそう言ってスタスタと歩き出そうとしてふっと立ち止まり朗の方を見た。
「……そう言えば、お兄さんの名前を聞いてなかったですね。何さんてすか?」
「朗。村野(むらの)朗」
「朗さんですね。私は園川(そのかわ)しのぶっていいます。よろしくです」
「ああ、よろしく、しのぶちゃん」
自己紹介を済ませた二人は並んで歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます