第6話 バハルス帝国 序章 アダマンタイト級冒険者チーム
朝まで続いたカルネ村の宴、昼過ぎまで客間のソファーで眠っていたネイアは、頬に感じる柔らかさと温もり、母のように慈愛溢れる頭を撫でる手の感覚に飛び上がった。
「し、しし、シズ先輩!!」
「…………ネイア。やっと起きた。疲れてた?」
「ちょ、ちょっとそうかもしれません。わたし、ひ、膝枕で眠っていたのですか。シズ先輩の!?」
「…………涎対策はバッチリ。私は学んだ。」
シズは親指をビシっと立ててネイアを見る、膝には薄い布が敷かれていた。どうやらシズの私物ではなく、カルネ村から借りたもののようだ。布には眠っている間に垂れたであろう、ネイアの涎で少し濡れている。
(お、お洗濯して返そう。)
勿論カルネ村が客人のそんな提案を受け入れるはずがなかった事など、言うまでも無い。
「エンリ村長!カルネ村皆様の熱烈な歓迎を改めて感謝します。そして聖王国には不足しているアインズ様への忠誠心と恩義への報い、何よりも人間は他種族との共存が可能であるという無限の可能性。その一端に触れることが出来、このネイア・バラハ、幸甚の至りに御座います。」
「…………私も楽しかった。礼を言う。」
正門前に集まるのはエンリ、ンフィーレア、そして村人の人間・ゴブリン・ドワーフ・オーガの面々。皆別れを惜しむ顔であり、何処か旅へ赴く娘達を見送るような場景さえ思わせる。
「いえ、こちらこそ大した歓迎も出来ずに……。何より魔導王陛下についての語らいは、とても楽しいものでした。何も無い村ですが、気が向いた時は是非また遊びに来て下さい。村民一同、快くお待ち申し上げております。」
「目付きの悪い娘っ子!また魔導王陛下の素晴らしさについて存分に語り合おうではないか!」
ネイアはその言葉に胸を熱くさせる。
聖王国内で同志達とアインズ様の素晴らしさについて語り合うことも悪くはないが、こんなにも遠く離れた地-アインズ様が統治する魔導国なのだから当然だが-で、それもドワーフやゴブリンという他種族と陛下の素晴らしさを語り合えるということは至上の喜びといえる。
「はい!是非またお邪魔させていただきます!それまでにわたくしも、皆様そしてアインズ様に恥じない存在となるよう精進致します!」
「それではこの後も他の魔導国を回るということですので、道中お気を付けて。」
エンリ・エモットは深々と一礼し、見送りに来た全員が合わせて一礼する。なんと素晴らしい光景だろう。ネイアはグッと涙を堪える。きっと泣いてしまえばまたシズ先輩のハンカチを汚してしまう。
それに今生の別れでもないのに涙で終わるというのは余りにも失礼というものだ。ネイアは満面の笑みを作り、カルネ村に一礼し、正門を出てシズと歩き始めた。
(いや~あれがシズちゃんお気に入りの玩具っすか~!でもまぁ、確かに人間にしては見所があるっすね~、へぶ!)
「シズ先輩どうしたんですか?いきなり空中に石なんて投げて?」
「…………何でも無い。ちょっと狼が飛んでたから追い払った。」
「……お、狼が?飛ぶ?」
「…………気にしない。」
しばらく歩き、シズとネイアは玉座の間からカルネ村へ転移した<
「これは、またアインズ様のお部屋に繋がっているのですか?」
「…………いや。違う場所。」
「そう、ですか。」
ネイアが残念8割・安堵2割で返答する。アインズ様のお顔を見ることが叶うのはこの上無い喜びだが、7日間毎日では心臓に悪すぎる。それに魔導王陛下もお暇ではないだろう。考えれば自分を招くために時間を割いて下さったということが特別なのだ。……特別、と言う結論に至って、ネイアの胸は感動に打ち拉がれる。
(そうだ!やっぱりわたしの活動を、アインズ様は評価して下さったのだ! でなければ、多忙なところお時間を割いてまでわたし如きをお迎えに……ああ、なんと慈悲深く、偉大なお方!!)
「…………この<
バハルス帝国、以前はリ・エスティーゼ王国やスレイン法国と並び、大陸に覇を唱えていた大国である。ヤルダバオト襲来の騒ぎで聖騎士団各員には伝達が遅れていたらしいが、バハルス帝国の皇帝が自ら書面で各国に魔導国の配下に加わることを周知していたらしい。
(そう考えれば、ヤルダバオト襲来の時帝国に力を借りに行く案があったけれど、実行されれば徒労に終わっていたのね。)
自分たちがアインズ・ウール・ゴウン魔導国に救国を求め導かれたことも、自身がアインズ様という絶対なる正義の従者でいられたことも、アインズ様がヤルダバオトという巨悪を撃退してくれたことも、正義に気がつき多くの同志を募れたことも、今となっては全てが運命のように感じる。
「…………バハルス帝国は広い。全てを見てまわるのは不可能。それでもいい?」
「勿論です。ではシズ先輩、お願いします。」
2人は手を繋ぎ、<
●
エ・ランテルの高級宿屋、黄金の輝き亭。広々とした一階は全て酒場となっており、魔導国の首都となってからしばらくは客足が遠のいていた。しかし今は昔ほどとは行かないまでも、高名な商人や冒険者が集うまでには客足が回復している。
そんなラウンジの一席で、女性5人が優雅にお茶を飲んでいた。……1名を除いて。
「……イビルアイ!まさかと思うが、これから仮面を付けたまま紅茶を飲む魔法でも見せてくれんのかい?」
明らかに挙動不審になっており、動転のあまり仮面に紅茶を飲ませる寸前だった少女に一喝が入る。赤いマントに奇妙な仮面をつけた少女--イビルアイに対し、ガガーランが呆れたように放った言葉だ。
「ち、違う!香りを楽しんでいただけだ!そんな無様な姿!見せられる訳無いだろう!」
「いつもの赤いローブ、クリーニングに掛けてある。」
「それでもボロボロなのに。」
「髪も高価な香油で洗ってる、昨晩と朝、二回も。」
「左腕のマジックアイテムと仮面もピカピカ。」
「なんと必死な……。」
全く見分けの付かない忍者姉妹はイビルアイに仮面を向けられるが、カップを傾けて素知らぬ顔でお茶を啜る。
「必死とはなんだ!彼の!彼の漆黒の英雄モモン様から直々に依頼を受けたのだぞ!?万が一の無礼があったらどうする!」
「しっかし不思議よねぇ。モモン様からわたしたちに依頼だなんて、出来ることはあるのかしら?」
「……モモン様は先の聖王国で、怨敵ヤルダバオトを自ら討つことが叶わず、自責の念に捕らわれているのかもしれない。いや!そうに違いない!ああ、モモン様!エ・ランテルの住民を護る為、苦しむローブル聖王国の民を護る為、この二者択一にきっと血が滲む苦渋の選択を強いられたのだ!ああ、なんという事だ!心を痛められているに違いない!」
「しっかしあのヤルダバオトを魔導王陛下が直々に倒しちまうなんて、こりゃモモン様が居なけりゃ住民も不安ってもんだ。だがよ、思ってたより随分と良い街じゃあねぇか。デスナイトが道を譲ってくれたときゃ仰天したぜ。」
カラン と扉が開く音がして、アダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇一同は姿勢を正した。その先には真紅のマントを靡かせ、金と紫の紋様が入った漆黒に輝く全身鎧で身を包んだ巨躯。横には長い黒髪を束ね、きめ細かい美しい色白の肌を持つ異国風の美女。
蒼の薔薇と同じアダマンタイト級冒険者チームであり、その名をリ・エスティーゼ王国だけではなく各国に轟かせている〝漆黒の英雄〟モモンと〝美姫〟ナーベがやってきた。
「お呼びした身でありながら、お待たせして大変申し訳ない。ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ様。イビルアイ様。ガガーラン様。ティア様。ティナ様。」
颯爽と現れた漆黒の巨躯は、見る者の目を奪うほど優美な一礼をした。
「……いえいえ、頭をお上げ下さいモモン様!!わたしたちも今来たばかりなのです。どうぞお掛けになって!」
慌てふためくラキュースに、モモンは〝そうですか〟と一言話し、ナーベと共に蒼の薔薇面々と同じ卓を囲む。
「この度は栄光ある冒険者チーム、蒼の薔薇の皆様がわたくし共の身勝手な依頼を聞いて頂くため、遠方より足を運んで下さった事に深い感謝を申し上げます。」
「いえ、こちらこそ。漆黒の英雄と名高いモモン様から直々のご指名を頂いた事、心より光栄に思います。」
「早速本題なのですが……。ローブル聖王国におけるヤルダバオトの一件は既に皆様の耳に入っていると思います。」
卓上で握りしめるモモンの両拳は、強固であろう鎧がねじ曲がるのではないかという強い力が宿っており、忸怩たる思いが十二分に伝わるものだった。勿論蒼の薔薇面々は何も言えない。モモンからすれば逃がしてしまった怨敵であり、馳せ参じられぬことで多くの民の命が奪われたことは事実だ。
蒼の薔薇一同からすれば-イビルアイ曰く〝化け物の中の化け物〟-手も足も出ない相手であり、責める資格もなければそのつもりもない。だが、気安い慰めをかけられるような状況でもないので、沈痛の面持ちで俯く他に無い。
「パン――モモンさん。我々には護るべき命が他にあったのです。我々の剣は無駄ではなかった。そう結論付けたではありませんか。」
「……ああ、ナーベの言う通りだ。すみません、お見苦しい姿を。さて、言葉を飾るのは得意ではないので、依頼内容をお伝えさせていただきます。ヤルダバオトの脅威が去った聖王国より、魔導国へ客人が来ているのです。ネイア・バラハという、今やローブル聖王国正規軍をも凌駕する武装親衛隊を持つ団体の長。わたしはその護衛を任されました。」
「ネイア・バラハ……〝凶眼の伝道師〟ですか?」
「ご存じでしたか。そう、彼女です。至っっ高のぅお……!アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下を絶対の正義・神として活動する団体であり……ローブル聖王国からすれば、抹殺したい人物の筆頭でしょう。」
「しかしモモン様!あなた様であれば、少女を1人護衛するなど容易なことでは!?」
「イビルアイさん、それはわたくし共を買い被りすぎです。わたしとナーベは正面から襲い掛かる敵に対しては些か自信がありますが、狙撃・毒殺・爆殺が企てられた場合、存分に力を発揮はできません。ナーベは第3位階までの魔法を習得していますが、あくまでも戦闘に特化しているのです。」
「そこでわたしたちの力を借りたいと……。」
蒼の薔薇一同は納得をする。忍者姉妹は隠れた者の探知が行えるし、イビルアイは強固な防壁を張ることも可能だ。暗殺への対策、護衛という意味では十分なサポートが出来るだろう。
「報酬は言い値で払いたいと考えております。どうか、力なきわたしにその能力を……。」
「あ、頭をお上げ下さいモモン様!わかりました!是非ご協力させていただきます!」
「……本当ですか、ありがとう御座います。詳しい時間などが決まりましたら、再度ご連絡をさせていただきます。」
モモンは右手を差し出し、ラキュースがそれに応じる形で交渉は成立となった。
「いいか皆!モモン様に恥をかかせることのないよう!懸命に励むのだぞ!」
「イビルアイこそ、呆けてトチるんじゃねえぞ!」
「何をいうかーー!」
……黄金の輝き亭を去っていった蒼の薔薇面々を一礼で見送り、モモンは<
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます