「……従者なら、まず大悪党になることを止めるべきではなくて?」


 レティーツィアのため息に、イザークが「嫌だな。僕がそんなことするとお思いですか? 繰り返しますけど、この僕が!?」などと言う。思わないからこそ、従者として間違っていると言ったのだけれど。


「……使えるからといって、あまり甘やかしてはいけませんわ。リヒト殿下」


「甘やかしているつもりはないが、今さらあれに常識やら良識やら倫理やらを説いたところで、時間と労力を無駄にするだけだぞ? そんなものは、イザークには露ほども響きはしない」


「それは……そうですけれど……」


 それでも、主が大悪党になるのを歓迎する従者はどうかと思う。


 再度ため息をついたレティーツィアに、リヒトは悪戯っぽく目を細める。

 そして――手を伸ばして、レティーツィアの髪をひとすじ、すくい取った。


「繰り返すが――構わんさ。そんなことは些細なことだ。なにせ、大悪党になろうと、世界を敵に回そうと、俺は間違いなく幸せになれるからな。そうだろう? レティーツィア」


「……!」


 その髪に、甘やかな唇を押しつけて、リヒトが微笑む。

 レティーツィアを映した金色の双眸が、妖しく煌めいて――心臓が跳ねた。


「お前が絶対に、俺を幸せにしてくれるらしいからな」


「っ……!」


 ずるい、と思う。

 リヒトはずるい。たったこれだけのことで、レティーツィアを幸せにしてしまうのだから。


「ええ……」


 体温が上がる。鼓動がどんどん早くなってゆく。


 レティーツィアは両手で胸もとを押さえて、ふわりと微笑んだ。


「ええ、もちろんですわ……!」



 設定なんて知らない。


 シナリオなんて関係ない。


 乙女ゲームの世界だから――なんて、もう決して考えない。


 主人公とか、攻略対象とか、脇役の悪役令嬢だとか、そんなことももう二度と気にしない。


 これまで、自分の信じる道をひたすらに走ってきた。


 そして、これからもそうする。


 それだけだ。


 

 レティーツィアの大義は、今も昔も一つだけ。


『推し』であり『最愛の人』であるリヒトを、誰よりも幸せにすることだけだ。



 そのためならば、どんなことでもしてみせる。


 努力に努力を重ねて、努力し尽くす。


『推し』であり『最愛の人』のため、尽くして、尽くして、尽くし尽くす。



 それこそが――レティーツィアの至上の喜び。



「嫌だと仰っても、わたくしは殿下を誰よりも幸せにしてみせますわ!」




 

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