ねぇ、これってまさか…きさらぎ駅!?
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導かれる
今日も人が溢れている。JR山手線内回り・渋谷、品川方面行きを待っていた。電車で横浜から新宿を往復する毎日には呆れも通り越して、ただロボットのように自宅と会社を往復していた。7月23日、0時25分に4分遅れで列車はやってきた。横浜までの終電だ。日付が変わってから帰るのは、最初は新社会人としてバリバリ働く自分が輝いて見えていて、横浜駅に1時10分に到着し、駅前の24時間営業の立体駐車場であたしを待ってるラビーちゃんに乗り、30分かけて自宅に帰るのは2時前。急いでシャワーを浴び土日に買いだめした冷凍食品を電子レンジに入れ、洗う時間がもったいなく紙皿と割り箸で急いで食べる。起きるのは5時30分、6時過ぎには家を出て横浜駅に向かう。ラビーを駐車場にとめると急いで駅のホームに向かい、6時48分のJR湘南新宿ライン・宇都宮行きに乗り7時21分に新宿に着く。8時に朝礼が始まり、忙しい1日が始まる。今じゃ輝いて見えていた自分はただの社畜で、明日の楽しみすらない。ちなみにラビーはあたしの愛車で、アルトラパン、HE33Sのフェニックスレッドパールだ。
浪人せずに東大の経済学部に受かったことを両親は喜んだ。落ち込ませたくなくバイトもせずに毎日起きてから寝るまでひたすら勉強していた。成績優秀で無事卒業し、大手商社に就職し、両親から仕送りを貰うこともなく、ラビーを買うこともできた。これだけ頑張って誰かに認めてもらうため必死に生きてきたあたしはなんでこんなにも人生に絶望しているのだろう。学生時代バイトをしたことがなかったから仕事とはこういうものだと思っていた。しかし、高卒で大手スマートフォンの画面を作るだけの工場で期間工になった小学生からの付き合いの木島穂乃果は3年目、あたしが大学3年の忙しい時期はに正社員として雇用されていた。勉強だけがすべてではない事に、そのころから少しずつ気づいていた。でも後戻りは出来ないし途中で放り出すのは両親に申し訳なく、後1年だ、そう思いなんとか卒業し、就職も出来た。それでも今じゃあたしは何のために生きているのかわからない。食事を楽しむ事も、テレビを観て笑う事もなくなった。土日が休みなのは幸いだが、来週の食糧を買い込んで後は家で寝ているか残った資料作成をするだけ。
自分の人生を振り返りながらぼんやり窓の外を見ていると、0時44分、4分遅れで品川に到着した。ここからはJR京浜東北、根岸線・桜木町行きに乗り換え横浜に行く。しかし、電光掲示板をふと見上げるとボロボロの掲示板に【偽斑行き(Gimadara)】と書かれていた。3か月程毎日通っている駅のホームだがこんな行先は初めて見た。明日、いや、日付が変わって今日の23日は土曜日だ。会社も休みだし、そんなに遠くには行かないだろうと導かれるように偽斑行きのホームへゆっくりと向かった。こんなところに階段なんてあっただろうか?疑問に思いつつも錆びた階段を降りる。少し待っていると真っ黒の一両しかない電車が来た。ドアが開いたが何のアナウンスも流れない。乗客もおらず、少し不気味な空気が漂っていたが、あたしはつまらない日常から抜け出せると思い列車に乗り込み、誰もいないというのにドアの手すりに掴まり外をぼんやり眺めていた。草むらの中を走り続け、いくら経っても駅には着かない。もう神奈川に入っているのだろうか?スマートフォンを取り出し、時刻を見ると2時58分だった。神奈川生まれ神奈川育ちだがこんな場所に、こんな時間に走る列車を見たことはなかった。ふと一件のLINEが目に入った。木島穂乃果からだった。彼女とは時々連絡を取っていたが、、こんな時間に何かと思いアプリを開くと不在着信だった。タイミング良く列車が終点に着いたようだ。
「偽斑~、偽斑、終点でございます…乗客の皆様はお忘れ物なく、またのご利用お待ちしております。」
暗い声の男がこっちを向いている、目が合ってしまい気まずく思いカバンを肩にかけなおし、とりあえず列車からおりた。そこで穂乃果に電話をかけなおしてみた、意外にもすぐに出た。
「あ、綺羅?ちょっとお願いがあるんだけど、酔っ払って終電なくなっちゃたのぉ~、迎えに来てくれない?」
そんなこと言われても、ふと思い返せば自分が今どこの駅にいるのかもわからない。こちらが迎えに来てほしいくらいだった。しかし電話はすぐに切られてしまい、何度かけてもでない。仕方なくホームを出ようとすると、改札がなく、駅員もいない。こんな時間だからだというわけでなく、駅員室もない。suicaをタッチするとこもなく、謎の罪悪感に駆られながらも駅を出て、古い扉を開けた。暗くてわからないが、うっすらと遠くに灯りがみえた。どこかの村だろうか?とりあえずその灯りに向かって草むらを歩いていた。
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