第86話 本能のままに

「アァアアアアアッッ!!」

「——ッ! ——ッ!!」


 コロネとイプシロンがぶつかる。すでに何度目かわからぬぶつかり合いだ。

 【皇牙暴拳バーサークレオ】の力を引き出し、すでに人外の領域にまで至っているコロネだったが、ドートルの操るイプシロンはそんなコロネと同等の力を引き出していた。

 それは周囲に浮かぶアルファからデルタまでの力。コロネの力を正確に測り、それをそのままイプシロンへと還元しているのだ。

 だが、それは口でいうほど簡単なことではない。聖女の力をそのまま再現しているのだ。魔神をも圧倒できる聖女の力を、自らの発明の力でのみで再現している。

 そんな発明ができるのはドートルだからこそだ。魔神としての力も未知数、発明家としての力もルーナルに勝るとも劣らないレベル。状況はコロネにとって限りなく不利になっていた。


「いいねぇ、実にいい。まさかここまで有益なデータを取らせてくれるなんて。実にいい実験台だ。ほら、まだまだもっと引き出してくれ。イプシロン達の力を!」

「ガルルルルゥ……」


 イプシロンを振り切ろうにも、その速さもコロネと同等。イプシロンはまるで鏡写しのように、コロネの力を再現していた。

 だがしかし、そんな状況にあってもコロネの思考はただ一つだけだった。



 喰い尽くす。



 ただそれだけ。たとえ敵がどれだけ強大であろうとも、今のコロネにとってはただそれだけだった。自らの命も何も一切関係なく、ただひたすらに前へ。

 己の負う傷も何も関係なく、ただひたすらに喰らい尽くし、破壊する、それだけがコロネの頭の埋め尽くしていた。


「ウォオオオオオオオッッ!!!」

「——ッ!!」


 コロネとイプシロンの拳がぶつかり合った衝撃だけで地面が砕ける。しかしそれだけの威力があろうとも、コロネの拳には傷一つついていなかった。


「なるほどなるほど。いい威力の攻撃だ。離れた位置にいるのにここまで衝撃が伝わってくる」


 コロネの行動の全てがドートルにとっては興味深いデータでしかない。しかし言い換えればそれ以上のものではなかった。


「でも、そろそろこれで打ち止めかな? これ以上有益なデータは望めなさそうだ。残念ではあるけど、こちらも仕事だ。そろそろ終わらせるとしよう。デルタ、成長予測データをイプシロンにインストール」


 成長予測データ、それはアルファからガンマまでが集めたコロネの戦闘データをもとに組み上げたデータ。コロネがこの先どのように成長していけるかを予測し、そのデータをもとにイプシロンをアップデートするのだ。

 これによって拮抗していたコロネとイプシロンの戦力差が覆る——そのはずだった。


「? これは……」


 しかしドートルの前で繰り広げられるのは相も変らぬ拮抗状態、いや、それどころか徐々にコロネがイプシロンのことを押し返し始めていた。

 イプシロンの攻撃がコロネにダメージを与えられていないのに対し、コロネの攻撃は大きなダメージこそないものの、イプシロンの体に確実にダメージを与え始めていた。


「成長予測データのアップデートは確実に行われている。実際にイプシロンの動きは格段に上がった。だというのにこれは……まさか、デルタの成長予測データを上回る速度で成長している? そんなことがたかが人に可能なはずが……いや、違うか。やはりわたしもまだまだということか。あれは聖女。人の枠組みを超えた存在。同じ枠組みで成長データを取ろうとしても無駄であるのは明白。なるほど、ククク……アハハハハッ! なるほど、まだまだいいデータを取らせてくれるわけか。面白い、存分にやり合うといい! イプシロン!」

「——ッ、——ッ!!」


 ドートルの言葉に反応するようにイプシロンはさらなる猛攻をコロネに加える。速度、そして力、全てがコロネを上回る中で、しかしコロネはイプシロンからのダメージをほとんど受け流していた。


 

「グルルルゥ……」


 本能を燃え上がらせる。理性を排し、ただ戦うことにのみ飢える。

 それが今のコロネに際限なき成長を与えていた。


「ラァアアアアアアアアッッ!!」


 『獣王の咆哮』。衝撃をともなったコロネの咆哮がイプシロンの体を吹き飛ばす。そして、コロネとイプシロンが行っている高速戦闘の中において、それはあまりにも致命的な隙だった。


「——ッ、アアアアアアアアッッ!!」


 その隙を見逃すほどコロネは愚かではなく、渾身の一撃がイプシロンの体に突き刺さった。



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