第51話 作戦開始

 二つの部隊に分かれて動き始めたレイン達。背後から奇襲を仕掛けることになっているコロネの部隊は先に出発していた。


「……では、そろそろ私達も向かいましょうか」

「はい」

「リオルデルさんは私と一緒に行動していただきます。活躍に期待していますよ」

「期待に添えるかどうかはわかりませんけど、全力は尽くします」

「えぇ。そうしてください。では行きましょう」


 エルゼは百を超える兵士たちを引き連れて移動を開始した。

 エルゼの役割は二つ。陽動、そして殲滅だ。エルゼが目立つように立ちまわることで注目を集め、コロネ達への警戒心を削ぐ。

 しかし普通に暴れただけでは相手も部隊を割く様なことはしない。だからこそ、無視できないほどに強力無比な力を見せつける。

 エルゼに敵戦力を集中させる。そういう目論見だった。




 それから移動することしばらく。

 贖罪教の旗を見せつけるように掲げながら、エルゼ達はクロノドルへとやって来た。

 そんなエルゼ達の元に、斥候に出ていた部隊が情報を持って戻って来る。


「敵兵力はクロノドル全域に分散しているようです」

「やはりそうですか。こちらの動きが読まれていることは前提。コロネの動きもある程度は読まれているでしょう。ですが、そんなことは関係ありません。私達のすることはただ一つ。全力で叩く。それだけです」


 守りが固められているのは想定内。しかし、ただの人間がどれだけ集まろうともエルゼを止めることなどできるはずがないのだ。


「まずは私が全力の魔法を叩き込み、門を壊します。それを合図にあなた達は突入してください。いいですね」

「「「はっ!」」」

「ですが敵も人間です。魔物は処理して構いませんが、人間は極力殺さないように。それがせめてもの情けです。ですが、何より守るべきは自分の命です。勝てないと判断した場合は速やかに撤退するように」


 絶対に殺すな、とはエルゼも言えない。エルゼほどの力があればそれも可能だが、贖罪教の兵達にそこまでの無理強いはできない。それで自身が命を落としてしまっては元も子もないからだ。


「では、最初から本気で行くとしましょう——目覚めなさい【極光天秤ミカエル】」


 エルゼの体がふわりと浮かぶ。そして、眩い光がエルゼの体を包み込み……その光が収まる頃には、エルゼの服は戦闘聖衣へと変化していた。

 白をベースにし、金の装飾が施された服。そしてエルゼの周囲に赤い羽衣のようなものが浮かんでいた。

 しかしそれだけでは終わらない。エルゼの目の前に小さな穴が開く。その中に躊躇いもなく手を突っ込んだエルゼは、何かを掴むと一気に引き抜いた。


「【零涙智剣ティズダム】」


 取り出されたのは薄い水色の剣。あまりにも薄いその剣身はまるでガラスのようで、反対側が透けて見えるほどだった。

 これがエルゼの【罪姫アトメント】。罪を祓い、人を救うために手にしたエルゼ専用の武器だった。


「抵抗は無意味。ひれ伏すことのみを許しましょう。【聖天魔法】——『セイクリッドスケール』」


 エルゼの構える剣の先端に、手のひらほどのサイズの光の球体が生まれる。

 エルゼはその球体をクロノドルの方へ向けて飛ばした。決してスピードがあったわけではない。

 ふらふらと飛ぶその球体がクロノドルを包む結界に触れたその瞬間、光が炸裂した。


「っ!」


 目を焼くような光に、レインもその周囲にいた贖罪教の兵士達も思わず手で目を覆った。

 平気そうな顔をしていたのはエルゼだけだ。

 そしてレインが次に目を開けた時、目の前に広がる光景に思わず目を見開いた。


「なんだ……これ……」


 消し飛んでいたのだ。一瞬前までレイン達の目の前にあったクロノドルの門。レイン達を迎え撃つために準備していたであろうその門は微塵も残らず破壊され、その門を守っていた魔人崇拝組織の兵達は一人残らず倒れ伏していた。


「人は傷つけません。まぁ意識は奪いますが。魔人や魔物には効果覿面ですね。人を簡単に無力化できるので重宝しています」


 なんでもないこのように言うエルゼだが、そんな生易しいものではない。エルゼの魔法をくらった敵兵達は、慌てて状況を立て直そうとしていた。

 

「やはり魔物もいましたか」


 エルゼが壊した門の向こうから、生き残っていた魔物がエルゼ達に向けて突進してくる。


「総員、突撃!」

「「「うぉおおおおおおおおっっ!」」」


 エルゼの号令と共に、レイン達は駆け出した。






□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 エルゼの放った魔法の衝撃と轟音は、離れた位置にいたコロネ達の耳にもしっかりと届いていた。


「始まったッスね。姉様が魔法を使ったみたいッス」

「すごい音でしたね」

「最初から本気で行く。そう言ってたッスからね。いつも通りな感じだったんでわからなかったかもしれないッスけど、今回は相当本気みたいッス。ユースティア様を捕らえられたことに責任も感じてたみたいッスから。まぁそこはあたしも一緒なんスけど。一緒にいたのはあたしッスから。だから今回はあたしも遠慮なし、前とは違って全力全開で行くッス」


 ふんス! と気合いを入れ直すコロネ。しかしコロネ達が動くのはもう少し先だ。

 いまはまだエルゼが陽動している段階。

 もどかしいがここで動き始めたらエルゼの作戦が無駄になってしまう。

 まだもう少し、エルゼ達の下に兵力が集中するまで待たなければいけないのだ。


「作戦事態は理解できるんですけど、レインさん達は大丈夫でしょうか」

「大丈夫ッスよ。あっちには姉様がいるんスから。どんなに強い魔物がいても、魔人がいても、姉様には絶対勝てないッス。それよりも問題はユースティア様がどこに囚われているかってことッス。斥候は放ったッスけど、有益な情報は得れてないッス」

「やっぱり……地下施設のようなものがあるんでしょうか」

「その可能性はあるッスね。あたしとユースティア様が行った場所にもあったッスから。だとすると面倒ッスね。敵がそこに固まってる可能性も……っ!」


 コロネとイリスが警戒しながら村の様子を確認していると、村の裏手側を守っていた兵達が移動し始めた。


「動き始めたッスね」

「エルゼ様達の方へ向かったのでしょうか」

「かもしれないッスね。でも守りが手薄になったなら今度はこっちの番ッス。残った兵を迅速に片付けて、村へ侵入するッス」


 コロネが周囲に潜伏していた他の兵達に合図を出すと、兵達は一斉に動き始めた。


「とりあえずイリスさんはここから後方支援を。制圧したら呼ぶッス」

「わかりました」


 そして、コロネ達も行動を開始した。

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