第4話 続・聖女会合

「さぁ、今度こそ真面目に話合いますわよ!」


 ユースティアが会合の部屋に戻って来たことを確認したミューラが高らかに宣言する。すでにユースティア以外の人はすでに部屋に戻って来ていた。カルラは依然として眠そうな表情のままだが。


「私が最後でしたか。待たせてしまって申し訳ありません」

「別に問題ない。私もさっき戻って来たばかりだから」

「時間に遅刻したわけではありませんもの。とやかく言いませんわ」

「そーそー。まぁサレンは三十分前には戻ってきてたみたいだけど」

「そんなに早く戻って来てたんですか?」

「サ、サレンが先輩方を待たせるわけにはいきませんから」

「固いなーサレンは。もっと気楽にいこうよ。肩肘張り過ぎると疲れちゃうよ?」

「わ、わかってるんですけどぉ」


 サレンからすればユースティア達は小さな頃から見て来た憧れの存在だ。この世界でもっとも有名と言っても過言ではない人たちを前に緊張するなという方が無理だった。聖女になってまだ一年しか経っていないサレンはまだどうしてもユースティア達に対してどこか遠慮している所があった。

 こればかりは時間による解決を望むしかないのだが。


「まぁいいですわ。それより早く始めますわよ。時間は有限。大事に使わなければいけませんもの。それではまずわたくしのバーレイク州でのことから報告させていただきますわ」


 聖女会合の大きな目的であるそれぞれの担当する州での魔物被害と魔人被害の報告が始まった。


「今月はバーレイク州での魔人被害はありませんでしたわ。魔物の被害件数はゼロではありませんでしたが……許容範囲ですわね。対処しきれないほどではありませんでしたわ」

「そっちは相変わらず安定してるねー。羨ましいや」

「わたくしからすれば魔物の被害件数をゼロにできていないというのが悔しい限りですけど」

「贖罪教も人手が足りていない以上、心のケアも万全ではないですからね。現状は咎人堕ちする人がいたなら速やかに対処するしか」

「そんなことわかってますわ。それでも納得はできません」


 咎人堕ちした人に対する対処はいくつかある。聖女がいたならば迅速な対応をする。そうでないならば贖罪官達が魔物の処理をしつつ、咎人を捕らえるのだ。そしてその後聖女が咎人の救済を行う。時間も手間もかかるが、咎人を救えるのが聖女だけである以上どうしようもないのだ。


「今月も数件、断罪官に咎人を持っていかれましたわ。わたくしがその場にいれば救えたはずの命を……守れませんでしたわ」

「それこそしょうがないんじゃない? アタシ達だって完全っていうわけじゃないんだし。確かに断罪官とは対立する立場にあるけど、断罪官達のおかげで守れてる人がいるのも事実だし」

「それはわたくしもわかってますわ。ですが、誰も犠牲にせず全てを救う。それがわたくしの理想とする聖女ですもの。たとえ咎人であっても、わたくしは救いたいですわ」

「……ミューラは優しいですね」

「な、そ、そんなことありませんわ。聖女として当然ですもの」


 少々気位が高いが心から人のことを想う少女。それがミューラだ。だからこそユースティアほどではないとはいえ、帝国民からの人気も高い。


「というわけで、バーレイク州では目立った事件は起きませんでしたわ。次はカルラさんのグラフィス州の報告をしてくださいまし」

「ん、わかった」


 そしてその後はカルラ、ユースティア、サレンの順番で話を続け最後はフェリアルの番になった。話合いは長々と続き、そしていよいよ本題であるフェリアルの担当するガバライト州へと話題は移行していった。


「じゃあ最後がアタシだね。アタシの方はもう知っての通り、魔人が三人現れた。それもたまたま重なったんじゃなくて、完全に目的を持った行動だったよ。しかも変な道具まで持ってた」

「えぇ、その話は聞いていますわ。どんな道具でしたの?」

「あー、ごめん。現物は今無いんだ。ルーナルに預けてるんだよね?」

「はい。私ではどんな道具は判断できなかったので。こういうのは専門家に任せるのが一番かと」

「それはそうですけど……あの方に任せて大丈夫ですの?」

「私の知る限り一番優秀な発明家です。きっと大丈夫ですよ」

「優秀という点でいうならば確かに妬ましいほどですけど、あの方少々性格に難がありますもの。申し訳ありませんけどわたくしは少し苦手ですわ」

「ルーナル自由人だしね」

「どんな方なんですか?」

「サレンはまだ会ったことがありませんでしたね。一言で言うなら、奇人天才発明家です。私達もずいぶん助けられていますよ」

「そうなんですね! ぜひ会ってみたいですぅ!」

「わたくしはお勧めしませんわ」


 そう言って目をキラキラと輝かせるサレンだが、ミューラからすればおススメはできなかった。ルーナルは良くも悪くも毒が強すぎる。サレンが変に毒されないかミューラは心配していた。


「まぁ、機会があれば会うこともあるでしょう」

「そうですね! その時を楽しみにしてます」

「はい。二人ともそこまでですわ。また話が脱線してしまいます。道具がルーナルさんの所にあるのはわかりましたわ。でもどんな効果だったのかは知ってるでしょう?」

「えぇ。もちろん。影を操る能力でした」

「影を?」

「はい。妙な腕輪を使って影を操っていました。それも影と影の間を移動する程度のものではなく、影の世界を作りあげるほどの」

「なるほど。それは驚異的ですわね。影に潜まれては見つけるのも一苦労ですもの」

「そんなに大変なんですか?」

「……そうですわね。サレンさんはまだ特異個体の魔人と戦った経験はありませんでしたものね。ですけど、普通の魔人の強さは知っているでしょう?」

「はい。もちろんです。初めて戦った時なんて緊張して緊張して。今まで先輩方はこんなに強い存在と戦っていたんだって驚きました」

「その強さを持つ魔人が影の中へと隠れ、いつどこで襲って来るかもわからない。そう考えれば恐ろしさもわかるでしょう?」

「っ……はい! すごく怖いです! サレンなら怖くて漏らしちゃうかもです!」

「漏らさないでくださいまし。そういった能力を持つ特異個体が稀に生まれるのですわ」

「はえー、そうなんですね」

「その様子では今回の重大性を理解してませんわね」

「へ?」

「今まで特異個体にのみあった特殊能力。それが普通の魔人にも付与される可能性が出た。今回の話の肝はそこですわ」

「……はっ! す、すごく怖いです!」

「そーなんだよねー。あの腕輪が量産されたものはどうかわかんないけどさ、もし量産が可能な代物なら相当面倒なことになるんだよねー」

「あわわわわわわわ……」


 ミューラの話を聞かされたサレンはようやく理解が追い付いたのか、顔を真っ青にしている。


「まだ量産が可能なものだと確定したわけじゃないですから、そこまで怯えることはないですよサレン」

「そ、そうですよね!」

「ですが自体は常に最悪を想定して動くべきですわ。量産できるものとして考えなければ痛い目をみることになるかもしれませんわよ」

「あぅ、そうですよねぇ……」

「せめてあの魔人たちが東側から来たのかどうかだけでもわかると良かったんですけど」

「そうですわね……ですが結界に異常は見られなかったと巫女達から報告は受けましたわ」


 大陸の東側。そこは魔人の支配する領域になっている。魔物と魔人で溢れかえる地獄。それが大陸東側だ。ユースティア達人間は大陸西側に住んでおり東と西を分断する巨大な結界が境目にはあるのだ。その結界が魔人の進出を食い止めている。


「壊さずに結界をくぐり抜ける方法を手に入れた……とか?」

「でしたら今頃魔人たちが群れを成して襲いかかってきているはずですわ」

「最悪を想定するとは言いましたけど、そこまでの可能性は考えたくないですね。そんな事態になればそれこそ人類の終わりです」

「まぁ結界については巫女さん達に任せるしかないか」

「とにかく今後は些細な変化も見逃さない目が必要ですわ。贖罪官達にもそのことを徹底しておきましょう。それと、無用の混乱を避けるために魔人の使った道具については他言無用ですわ」

「そうだね。そうしよっか」

「今回の会合で話合うべき内容はこれで全てだったと記憶していますけど、誰か言い忘れていたことなどはありませんか?」


 最後にミューラが確認するが、誰も手を挙げる者はいなかった。


「でしたら終わりですわね。それでは最後に次の聖女会合の日程を——」

「あっ、あぁっ!」

「なんですのサレンさん? はしたないですわよ」

「す、すすすすいません。でもその、思い出したことがあったんです」

「思い出したことですの?」

「はい。実はサレンのいるダバラル州にある村の一つで、最近妙な噂が立ってまるんです。関係ないかなーと思ってたんですけど、一応伝えておこうかなって思ったのを思い出したです」

「どんな噂ですの?」

「最近、聖女と呼ばれる正体不明の女の子が発見されたです。それでその人が——」


 この時のユースティアはまだ知らなかった。サレンの話す少女が、ユースティアとレインに深く関わる存在になるということに。


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