第3話 カレンの説教
「ドルツェン、あいつはクビにする」
開口一番、ユースティアの言い放った言葉がそれだった。
食堂を出た後、レインとユースティアは贖罪教本部内にあるカレンの執務室へとやってきていた。聖女であるユースティアではどこにいても目立ってしまうからだ。落ち着ける場所を探してやってきたのがカレンの部屋だった。
「……えーと、少し待てユースティア。部屋に来るなりいきなりなんだ」
「ごめんカレン姉。ここに来る前にちょっと……」
「はぁ、なるほど。そういうことか」
レインの一言でカレンは何があったのかを大まかに理解した。そして完全にお冠状態のユースティアに向けて言う。
「ユースティア。結論から言うならば答えは否だ。お前の一存でドルツェンをクビにすることはできない」
「なんでだ。あいつは聖女であるこの私に対して口答えしてきたんだぞ。クビにする理由なんてそれだけで十分だ」
「アホか。アホなのかお前は。一時の感情で誰かを罰するなと昔教えたはずだぞ」
「一時の感情なんかじゃない。あいつの存在は贖罪官同士の和も乱す。あいつは典型的な貴族至上主義者だ」
「確かにそうだな。ドルツェンにはそういったきらいがある。だが暴言を吐くのはレインに対してだけだ。少なくとも、他の者には普通に接している」
「つまり、あいつはレインを嫌っているだけだと? だから許せって? それこそ私からすればふざけるな、だ」
「この原因はお前にもあるんだぞユースティア」
「っ……私に?」
「気づいてないとは言わせない。レインの今の現状は、お前が半ば無理やりレインを従者にしたことが要因だ」
「カレン姉、それは——」
「黙っていろレイン。ユースティア、お前はこうなることがわかっていたはずだ。実績の無かったレインを従者として強行任命。周囲の反発もあったが、それでも認められたのはユースティア自身の実績と人気があったからだ。だから誰もお前に対しては何も言わない。ならその矛先がレインに向くことは容易に想像できたはずだ」
「…………」
「レインに実績を作ってからという私の言葉を無視してお前は決断したんだ。ならレインのこの現状をなんとかするのはお前の責務でもある」
「カレン姉、俺なら大丈夫だから」
「いいや大丈夫じゃない。いいかユースティア、私は怒っているんだぞ。お前がレインの優しさに甘えて何もしないからこうなったんだ。いつまでも子供みたいに——っておいこら、そっぽ向くな!」
カレンはユースティアのことを正面から叱ることができる数少ない人物だ。そしてユースティアの本性をしる人でもある。だからこそこうして必要があればユースティアのことを叱るのだが、根本的に怒られるのが嫌いなユースティアは説教が始まるといつもそっぽを向いてやり過ごそうとする。その様はまさに子供だ。少しバツの悪そうな顔をしているあたり、聞いていないわけではないのだが。
「はぁ、この際だ。お前とレインが贖罪教の中でどう思われているのか教えてやる」
「私とレインがどう思われてるか?」
「そうだ。お前達は一緒に住んでるだろ。しかも使用人を雇わずに」
「? あぁ。そうだけど……それが?」
「それが他の人の目からどう映るか考えたことあるか」
「どうって……主従関係だろ。ただの主従関係なんだから一緒に家に住んでもおかしくない」
「やっぱり理解してないのか……いいか? これもレインが避けられる要因の一つだ。最近贖罪官達の中で、ユースティアはレインに誑かされたんじゃないかって言われ始めてる。聖女様を誑かして地位を手に入れた卑怯な男ってな」
「……は? え? 誑かされたって、私が? レインに?」
「そうだ。まぁ完全に違うとは言い切れないのがツラい所だが、私もある程度は否定してるがな。それでも噂は広まってる」
「ち、ちちち違うから! 私はレインに誑かされたりなんてしてない!」
「そうか? 昔お前私の所に来て言ってたじゃないか。『ねぇカレン。どうしたらこれからもレインと一緒に——』もがっ」
「わーっ! わーーーっっ!! 聞くなレイン!」
「いや聞くなって言われても……」
過去の話を持ち出したのは明らかにカレンの意地悪だろう。ちゃんと話を聞こうとしないユースティアに対する意趣返しだ。その効果は覿面で、ユースティアは珍しく狼狽していた。
「言われたくないならさっさと自分から言えばいいのに。そういう所は本当に奥手だな」
「う、うるさい……」
「まぁとにかく。真実がどうあれお前達はそう見えるっていう話だ。別に聖女は恋愛が禁止されてるわけでもないからな」
「うぅ……それは、いやでも……うぅ~ん……」
カレンの話を聞いたユースティアはなんとも言えない表情をしていた。嬉しいような、恥ずかしいような、そんな表情だ。
「まぁこの件については対処は簡単だ。レイン以外の使用人を新しく雇えばいい。今の時間限定のではなく、住み込みの使用人を」
「住み込みの使用人?」
あからさまに嫌そうな顔をするユースティア。自分の空間を乱されるのが嫌いなユースティアはとにかく住み込みの使用人を嫌がる。ユースティアの家に住んでいるのがレインとユースティアの二人だけなのもそれが原因だ。
「二人暮らし、という部分が問題視されているんだ。他にも誰かいるとなれば完全にとはいかずとも多少は噂を緩和されるだろう。これも予想できた事態だ。わかっていて今まで強く言わなかった私にも責任はあるが……いい機会だ。私も手伝うから新しく使用人を採用することだな」
「うぅ……」
「まぁ俺もいい機会だと思うぞ。俺とティアだけじゃあの家は広すぎるし」
「……考えとく」
「できれば決断して欲しかったがな。それと、ドルツェンについてだが、一応私からも注意はしておく。それでも改善されないようならその時は罰も与える。今できるのはこれが限界だ。レインには申し訳ないが」
「いや十分だよ。ありがとうカレン姉」
「感謝されるようなことじゃない。むしろ私は謝らなければいけない立場なんだ。私達のせいでレインには苦労をかけているからな。それなのにこの現状をどうにもできない私の非力さを許してくれ」
「カレン姉が頑張ってくれてるのは知ってるから。俺はそれだけで十分だよ」
「ふ、お前は本当にいい子だな。ユースティアの従者には勿体ないくらいだ。いっそ私の所に来るか?」
「カレンッ!」
「冗談だ。そういえば聞きそびれていたが、会合はもう終わったのか? 今日はずいぶん早いが」
「いいや。その逆。むしろ長くなりそうだから先に一回休憩しようってフェリアルが言ったんだ。もう少ししたらまた戻る。あ、そうだ。それでレインに話があったんだ」
「俺に?」
「今日話し合いが終わった後にルーナルの所に行く予定だっただろ」
「そうだな。ルーナルさんにも話は通してあるけど」
「今日行くことに変わりはない。でも遅くなるっていう連絡と、それと後でするつもりだった買い物だけ先に終わらせといてくれ」
「あぁ、わかった」
「三時間後には終わる予定だから。それまでに戻ってこい。あんまり寄り道するなよ」
「わかってるって」
「はぁ、それじゃあまたあそこに戻るか。面倒だけど」
「やっぱり大変なのか?」
「あぁ。大変だよ」
レインの言う大変とユースティアの言う大変の意味には大きな隔たりがあったのだが、そのことに二人は気付かない。
「まぁ事情はわかった。だが、私の執務室を休憩室にするのは止めてくれ。これでも仕事部屋なんだ」
「固いこと言わなくていいだろ。私とカレンの仲なんだから」
「だからこそあんまり贔屓できないんだ。反発を招くからな。聖女でもそれは例外じゃない」
「けち」
「けちで結構。ほら、さっさと戻れ。私はまだ仕事中だ」
「はいはい。それじゃあ戻るか。レイン、頼んだぞ」
「あぁ。わかった」
そしてユースティアは再び聖女会合へと戻り、レインは買い物に向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます