第21話 【縛封陣】
ユースティアがリエラルトの屋敷にやって来てから約三十分後、ユースティアは客室でリエラルトのことを待たされていた。表面上は穏やかにしながらも、ユースティアは内心苛立ちを募らせていた。
(ちっ……いつまで待たせんだ……屋敷ごと壊すぞこの野郎ども)
苛立ってしまったせいか、一瞬だけ本気の魔力を放出してしまうユースティア。使用人達はその魔力を感じ取ってビクッと身を竦ませる。慌てて魔力を引っ込める。
(ふぅ、落ち着け私。焦るな。一瞬本気になりかけた。でも……さっきから胸騒ぎが止まらない。なんなんだこの感じは)
このままジッと待っているわけにもいかないと、ユースティアは使用人の一人を呼び止める。
「すみません、少しいいですか?」
「は、はい……なんでしょう」
「ロイツ男爵はいつ頃来られるのでしょうか。私は昨日午後三時にこちらに伺うと伝えたはずですが」
「そ、それは……その、旦那様はお、お仕事が長引いておりまして」
「でしたら、出直したほうがよろしいですか?」
「それは……もう少しお待ちいただければ来られると思いますので」
「そう言ってすでに三十分ほど待たされていますが……私をここに引き留めておきたい理由でもあるのですか?」
「っ!」
ユースティアに静かに見つめられた使用人は凍り付いてしまったように動けなくなる。その時だった。客室にリエラルトが入って来る。
「すみませんユースティア様、お待たせいたしました」
「……随分と長引いていたのですね。何か緊急の用事でも?」
「似たようなものです。聖女様をお待たせしてしまう結果になったことは非常に心苦しいですが……おかげ様で準備は整いました」
「準備……ですか。それは何の準備かお聞きしても?」
「もちろんです。ユースティア様にも関係のあることですから」
「私にも?」
「えぇ……あなたをここに捉える準備を」
静かに頷くリエラルトはゆっくりとその手を上にあげる。
その直後、周囲にいた使用人、そしてドアから入って来た武装した集団がユースティアのことを取り囲む。剣を槍を、銃を突き付けられたユースティアはしかし、全く焦ってはいなかった。むしろユースティアを取り囲んでいる側の方が追い詰められたような表情をしていた。
「これは……どういうつもりですか?」
「「「っっっ!!!」」」
ブワッとユースティアの体からあふれ出した魔力に気圧される集団。それだけで気の弱い人は倒れてしまうほどだった。しかし、その殺気にも等しい魔力をぶつけられてもリエラルトは表情一つ変えなかった。
「これが赦されざる行為であることは重々承知してますよ。報いならば受けましょう。しかし……それでも私には為さねばならぬことが……守らねばならぬものがあるのです。そのためならば、私は自分の命すら惜しまない」
「あなた……何を考えて」
「気づいていたのでしょう。私が何かを隠していると。このナミルに何かあると……時間はあります。教えましょう。このナミルで何が起きているのかということを」
そしてリエラルトは語りだす。ナミルに何が起きているのかを、なぜ魔人に支配されることになってしまったのかということを。
「ことが起きたのは一月ほど前、彼はなんの前触れもなく現れた」
「彼?」
「魔人の少年——ケルジィ」
「っ!」
「静かに、しかし的確に彼はこの屋敷を支配した。私とてもちろん対処した。贖罪官、断罪官にに頼ろうとした。しかし……彼は狡猾だった。道具を使って姿を隠し、見つからないように裏で動き続けた。そして私は娘を人質に取られてしまったのですよ。ゆえに私は彼に屈した。娘を殺させるわけにはいかなかった……」
「……領民を……魔人に捧げたんですね」
「……軽蔑してくれて構いませんよ。魔人が要求したのは領民の命。私は娘を助けるためだけに、娘を助けたい一心で領民を差し出した。そして私はそのことを後悔していない」
「あなたはっ……領民を愛していたのではないのですか!」
「愛していますとも。だから差し出したのは……土着の領民ではなく、ここ数年のうちに私の領へとやって来た人だ」
「っ!?」
その一言で、ユースティア中で全てが繋がった。ユミィの両親が、姉がいなくなった理由を悟ってしまった。そしてもうこの世にはいないであろうということも。
「あなたが……あなたが何をしたのか……本当にわかってるんですか」
「わかっているとも。領主としても、人としても失格なことは。しかしそれでも守りたいものがあるのだ。誰かを選ばねばならぬというなら、私は娘を選ぶ。それだけの話だ」
「それで犠牲になった者達はどうでもいいと……」
「……あぁ」
その瞬間だった。ユースティアから途方もない殺気が放たれる。その場にいた者達は「死」を感じた。それは覚悟をして来たリエラルトですら呑まれるほどだった。
「覚悟は……できているんですね」
「……もちろんだ」
「そうですか」
ユースティアから完全に表情が消える。氷のような殺気を纏うユースティアに、その場にいた使用人達は恐怖を感じていた。使用人達は目の前にいるユースティアを優しい聖女だと思っていた。たとえこんなことをしても本気で攻撃してくることはないと。しかしそれが勘違いであることを知った。今のユースティアは人の形をした化け物だということを。
「ならここで——っ!」
魔法を放とうとしたユースティアだったが、その直前に殺気を感じてその場から飛び退く。その直後にリエラルトの陰から魔獣が飛び出してくる。
「このっ——」
「お前達、ユースティア様を捉えろ!」
ユースティアの気配が一瞬逸れたことを感じたリエラルトが使用人達に指示を出す。一瞬硬直していた使用人達だが、その言葉で動きを取り戻しユースティアを捉えようと動き出す。
「ちっ——『傀儡操』!」
動き出した使用人、そして魔獣の動きを封じる。それだけで魔獣も使用人も動きが止まった。ピクリとも動けなくなる。
「無駄ですよ。人数ばかりいようとも私の敵ではありません」
「そんなことはわかっているさ。しかし、まだ終わっていない——【縛封陣】!」
「っ! これは……」
リエラルトが地面に手をついた瞬間、その手を中心にして結界が広がる。不意の行動にユースティアの反応が遅れてしまった。一瞬の動揺が招いた隙だった。それが致命的な隙だった。
「私を中心とした、屋敷全体を包む結界。出ることも入ることもできない。それがこの【縛封陣】——ぐふっ!」
「ロイツ男爵!」
血をふいて倒れたリエラルトに駆け寄るユースティア。その手の中心に血のように赤い結晶が埋まっていた。それはリエラルトの手の中心から根を張るように伸び、すでに肩まで迫っていた。
「これは……あなた、これが何なのわかってるんですか!」
「知っているとも……知っていて使った」
リエラルトの使った【縛封陣】は【呪具】と呼ばれるアイテムだ。使用者の命を蝕むことでその能力を発揮する。しかしそれゆえに強い。
「ダメ。もう切り離せない。早く解呪しないと間に合わなくなる」
解呪には道具がいる。道具無しではさすがのユースティアも解呪はできない。そう判断したユースティアは窓を破ろうと魔法を放つが【縛封陣】に阻まれて傷一つつかない。部屋の中にいる使用人に気を使ったとはいえ、それなりの威力で放ったというのにも関わらずだ。
「本当に硬い……私の魔法を弾くなんて」
「……ふふ、いいのか? 私などのことを気にしていて。こうしている間にもあの魔人は君の大事な人を狙っていますよ」
「だとしても……です。レイン達が狙われていることはわかっています。それでもここであなたを見捨てたら私は聖女でいられなくなる」
「あなたは……」
「私はいつでもレインの誇れる聖女でなければいけないんです!」
ユースティアは【縛封陣】を破るために何度も魔法を連発する。しかし、その全てが弾かれる。
「くっ、魔法が効かないなら——起きなさい『
ユースティアの手に生み出される剣と銃。ユースティアは窓に銃を向けて発砲する。
「っ、これでもダメですか。威力だけでいうなら先ほどの魔法よりも上なんですけどね」
「無駄だ……魔人が言っていた。この【縛封陣】は物理も魔法を無効化すると。私が死ぬことでしか解除されない」
「舐めないでください」
死ぬことでしか解除されないというリエラルトの言葉をユースティアは切り捨てる。
「聖女の力はこの程度のものではありません」
「なるほど……ですが、あなたを阻むのは【縛封陣】だけではありませんよ」
「っ!」
「グルアァアアアアアアッッ!!」
窓を破ろうとしていたユースティアの前に、再びリエラルトの陰から魔獣が飛び出してくる。しかもそれだけではない。遠くから壁を突き破るような音と共に何かが近づいて来る。
そしてそれは姿を現した。
「ルゥアアアアアアッッ!!」
「魔物! どうしてここに」
「言っただろう。私の娘は人質に取られたと。その方法は至極単純だ」
「まさか……咎人堕ち!?」
「そうだとも……そして娘はまだ、この屋敷の中にいる」
「っ!」
姿を現したのは一体だけでは無かった。二体、三体と魔物の数が増えて行く。
「この封鎖された空間で、使用人達もいるというのに……はぁ、ですがいいでしょう。守り切ってみせます。かかってきなさい」
そしてユースティアは屋敷の中で戦い始めるのだった。
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