第20話 眠るまで
報告会終了後、ユースティア達はそれぞれの部屋へと戻っていた。話し合いの結果、ユミィはカラと同室になった。いくら幼いとはいえ、女の子をハルトやフォールと同室にするわけにはいかないので当たり前と言えば当たり前なのだが。
ユースティアは部屋に戻り風呂に入って着替えを終わらせた後、そのままの勢いでベッドにダイブして突っ伏した。そして外に声が響かないように枕に顔を埋めて叫ぶ。
「あぁあああああああっ、疲れたぁああああ!」
「おい、あんまりバタバタするなよ。埃がたつだろ」
「うるさい。ここは私の部屋だぞ。何しようと自由だ」
部屋へ一緒に戻って来ていたレインはベッドで暴れるユースティアに半眼を向ける。
「ここはお前の部屋だけど、その前にこの宿の人のもんだろ。暴れたりしたら他の部屋の人にも迷惑だし」
「ふふん、そこは抜かりない。【防音魔法】と【吸衝魔法】を使った。たとえお前が本気で暴れたとしても音はおろか衝撃すら隣には届かない」
「自慢気に言うことか! っていうかじゃあなんでわざわざ枕に顔埋めてたんだよ」
「気分だ。だがレイン、何をそんなに怒ってるんだよ」
「怒るに決まってるだろ。なんで罠だってわかってるのにロイツ男爵の屋敷に行くんだよ」
「なんだ? 心配してるのか?」
「茶化すな!」
いたずらっぽく笑うユースティアに対し、レインはどこまでも真剣だった。レインの真剣さを感じ取ったユースティアは小さくため息をついて言う。
「罠だから行くんだ」
「はぁ? どういう意味だよ」
「向こうが罠を用意してるなら、その罠を食い破る。それだけの話だ。私を罠にかけた時点でロイツ男爵は黒。後はどうとでもできる」
ユースティアの言う通り、リエラルトがユースティアを罠にかけた時点で完全に黒になる。そうなればユースティアには屋敷を調べる大義名分ができる。そしてそれは今ユースティアが求めているものだった。
「元々きっかけが欲しかったんだ。向こうがきっかけをくれるならそれに越したことはないだろ」
「それ罠を打ち破れたらの話だろ! もしそれができなかったら——」
「大丈夫だ」
なおも言い募ろうとするレインだったが、その言葉をユースティアは遮る。
「私をどうにかできる奴なんていない」
「でも……」
「はぁ……心配するなレイン。私はどこにもいかない」
「っ!」
「お前が私の傍に居続けるなら、私もお前の傍にいる。むしろお前の方が心配だ」
「なんでだよ」
「カルラだけじゃなくて、どうやら他にもちょっかい出されてるみたいだからな」
「は、はぁ? なんのことだよ」
「私が本当に気付かないとでも思ったか馬鹿め。お前は顔に出すぎなんだ」
(き、気付かれてた……)
もちろんフウカのことまでは気付いていないユースティアだが、レインの隠し事についてなんとなくユースティアは検討をつけていた。そして今のレインの反応でユースティアは確信を得た。
「忘れるなよレイン。お前は私のモノだ。お前の体も、心も、罪も……私のモノだ。誰にも渡したりしない。絶対だ」
「……はぁ、とんだ聖女様に拾われたもんだよ」
「最高の聖女様、の間違いだろ。私が心配してるのはむしろお前達の方だ」
「俺達? なんでだよ」
「わざわざ私とレインを引き離すんだ。私の方だけじゃなく、レインの方にも何か仕掛けてくる可能性はある。報告会の時にも言ったが、ユミィが狙われてる可能性もある。私がいない間、気を抜くなよ」
「あぁ。わかった」
「というわけで、私は疲れたので寝る」
「あーはいはい。わかったよ。それじゃあ俺も部屋に」
「おい待て」
「? なんだよ」
「私が寝るまでそこにいろ」
「は、はぁ!?」
「寝顔は見るなよ。見たら潰す」
「何をだよ!?」
「あぁもううるさい! 寝れないだろ!」
「理不尽すぎるだろ!?」
「いいから黙れ、『傀儡操』っ!」
「なっ……おま、動けねぇじゃねぇか!」
「心配しなくても私が寝たら解除される。そしたら出て行け」
「おいティア、ふざけ……ティアッ!」
それきりユースティアは本当に寝始めてしまったようで、レインの言葉にも全く反応を示さなくなる。『傀儡操』で動きを封じられてしまっているレインはどうすることもできない。しかしそれからほどなくして、レインは『傀儡操』から解放された。
「……すぅすぅ……」
「疲れてたってのは本当だったのか」
「完全に寝てるし」
寝顔を見るな、と言ってきたユースティアだがレインがこうして見ていても気付く様子はない。むしろこれ以上ないほどに安心しきった表情で眠っている。
「マジで気付いてないなこれ……」
「すぅ……すぅ……」
眠っているユースティアはまさにお姫様のようだった。先ほどまでのふんぞり返った様子はまるでない。無垢な童女のようにあどけない表情で眠っている。この姿を見て世界最強の聖女だと思う人はいないだろう。
「こうしてたら普通の可愛い女の子なんだけどな……俺が強かったらもっとこいつのことを支えられるのに。なんて……こいつに言ったら鼻で笑われるな。部屋に戻るか——お休み、ティア」
最後にもう一度だけユースティアの顔を見てレインは部屋を出て行く。それから少しして、ユースティアがモゾりと動く。
「……笑ったりするかバカ」
そう呟くユースティアの顔は少しだけ赤くなっていた。
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そして翌日、ユースティアは予定通りリエラルトの屋敷へ出発しようとしていた。
「それでは私は予定通りロイツ男爵の屋敷へと向かいます。どんなに長くても三時間です。午後六時までに私が戻らなかったなら何かあったと判断し、フェリアルかカルラに連絡してください。いいですね」
「わ、わかりました!」
「ユースティア様もお気をつけて」
「もちろんです。それではレイン。二人とユミィさんのこと、お願いしますね」
「はい。わかりました」
それだけ言い残してユースティアはリエラルトの屋敷へと向かった。
「行っちゃいましたね……」
「大丈夫でしょうか、ユースティア様」
「俺達はユースティア様のことを信じるしかない。俺達も気を抜けないぞ。ユースティア様が戻って来るまで、ユミィのことをしっかりと守らないとな」
「は、はい。そうですね!」
「私がどうかしたのか?」
「ううん。なんでもないわ。それよりユミィちゃんは何かしたいことはある?」
「うーん、服が欲しい!」
「え、ふ、服?」
「うん。このレインが選んだダサいのじゃなくて。もっと別の服が欲しい」
「ダサいって言うなよ」
「ダサいもんはダサい!」
「あ、あはは……そ、それじゃあ服を買いに行きましょうか」
「うん!」
「はぁ……なぁ、フォール。俺の選んだ服ってダサいのか?」
「え、えーと……ど、独創的だと思います! オレはいいと思いますよ!」
「はは、精一杯のフォローありがとよ」
フォールの精一杯のフォローに苦笑しながら、レインもカラとユミィの後を追う。
この時レインがわずかに感じていた嫌な予感は、最悪の形で的中することになることに、この時はまだ気づいていなかった。
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「ふんふんふ~ん♪」
魔人の少年はリエラルトの屋敷ので使い魔を飛ばしてユースティアとレインの様子を見ていた。
「あー、やっと離れたよー。ずいぶんとこっちのこと警戒してるみたいだけど……意味ないんだよねぇ」
「聖女様が来ているのか?」
「うん、もうすぐ着くんじゃないかな。それじゃあ予定通り、君達は聖女を捕まえておいてね。僕の渡した道具を使えば、バカな君達でもそれくらいのことはできるはずだからさ」
「貴様……」
「やだなぁ。貴様、なんて呼ばないでよ。僕にはケルジィって名前があるんだから」
クスクスと笑う魔人の少年——ケルジィ。軽く手を振ると、何もない空間から数匹の魔獣が現れる。それを見てリエラルトは一瞬ビクリと体を震わせるが、魔獣はリエラルト達に手を出すことは無く、ケルジィの傍に座る。
「僕はあっちのほうに行くからさ、君達は聖女の方の監視をよろしくねー。僕があっちを処理し終わるまで、この屋敷から逃がしちゃダメだよ」
そういうと魔獣達は陰に溶けるようにして消えていく。屋敷に近づいてくるユースティアを見ながら楽しそうにケルジィは呟く。
「さぁ準備は整った。ゲーム開始だよ聖女さん。楽しもうね」
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