第15話 再会と勧誘

「……ふぅ」


 ダレンと少女が完全にいなくなったのを確認してからユースティアは【罪姫アトメント】をしまった。そして軽くため息を吐くとレインの方へと向き直る。その表情は若干の怒っているように見えた。


「レイン。どうしてあんな無茶をしたんですか」

「えーと……」

 

 ユースティアの言う無茶とは、聖騎士であるダレンに戦いを挑んだことだろう。もしユースティアが来るのが後僅かでも遅れていれば、レインはこの世とおさらばすることになっていたことは間違いない。だからこそユースティアは怒っていた。


「聖騎士の強さを知らなかった、なんて言わせませんよ」

「……あそこで子供見捨てて逃げたら、お前が怒ると思ったんだよ」

「そんな理由で……? それであなたが殺されてたら話にならないでしょう! もしあなたが殺されていたら私は……いえ、もう終わったことです。言ってもしょうがないですね。それにあなたの行動は決して間違いではありません。あなたが守っていなければそこの子はあの聖騎士に殺されていたでしょうから」


 ユースティアからすれば言いたいことは山ほどあった。しかし一概にレインの行動が間違いだったとも言えない。そうしなければ子供は殺されていただろうから。それでもユースティアはレインの行動を素直に褒めることはできなかった。


「もうあんまり無茶なことはしないでください。いいですね」

「……あぁ、わかった。悪かったよ」

「……ですがレイン。あなたの頑張りで子供が守れたこともまた事実です。よく頑張りましたね」

「ティア……」

「あて、それでは本題に戻りましょう。その子が鞄を奪った人物で間違いありませんね」

「あぁ、間違いない」

「っ!」


 ユースティアから視線を向けられた子供はビクッと体を竦ませて逃げようとする。しかしそれよりもユースティアの方が速かった。


「『傀儡操』」

「うわぁっ!」

「逃げようとしても無駄ですよ」

「離せっ、離せよっ!」

「まだ私達の用事は終わってません。むしろこれからが本番です。レイン、連れて行きますよ」

「あ、あぁ。わかった」


 奪った鞄を女性に帰した後、レインとユースティアは子供を連れて宿へと戻る。その道中も子供は喚き散らし、暴れていたが魔法で捕まえられているために逃げることはできなかった。


「なんなんだよあんた達は!」

「贖罪教の聖女です」

「その従者だな。っていうかお前本当に元気だな」

「うるさい! 私のことをさっさと解放しろ!」

「はいはい。用事が終わったらな……って、私?」

「な、なんだよ」

「お前もしかして……女の子なのか?」

「はぁ? 何当たり前のこと言ってんだよ!」

「え、えぇ!?」


 恐る恐る聞いたレインだったが、あっさり肯定される。そのことにレインは驚きを隠せない。子供——少女の恰好はお世辞にも綺麗とは言えず、服も薄汚れていて、髪もボサボサで短かった。だからこそレインは第一印象で男子だと思ってしまっていたのだ。


「レイン……あなた気付いてなかったんですか?」

「え、え、いやだって……気付いてたの?」

「はい。初めから。というか普通気付きます」

「女らしくなくて悪かったな!」

「いや、その……ごめんなさい」

「まぁレインの鈍感さは今に始まったことではないですし、今さらですね。それよりも確かにその恰好は問題ですね。少し臭いますし。本当はカラさんがいれば良かったのですが……このために呼び戻すもの良くないでしょうし。仕方ないですね。レイン、私はこの子をお風呂に入れます。その間に服を買ってきておいてください」

「え、あぁわかった……って俺が!?」

「あなたがこの子を風呂に入れるわけにはいかないでしょう。それとも……一緒に入りたいのですか?」

「い、いやそういうわけじゃないって! ほら、あれだよ。ロイツ男爵とのことがあるだろ」

「問題ありません。カラさん達が設定した時間まではまだ余裕がありますし。何より私達の仕事は咎人の救済、罪の浄化。これは何よりも優先される事項です。あちらには私から連絡をしておきますので」

「それなら……わかった。行って来る」

「できるだけ早く戻って来てくださいね」


 ユースティアと少女に見送られ、レインは服を買いに出かけるのだった。






□■□■□■□■□■□■□■□■□


 宿を出たレインは店の立ち並ぶエリアへとやって来た。そこはユースティアとダレンが戦っていた場所とほど近いのだが、さきほどの騒ぎなど無かったかのように人の喧騒が戻ってきていた。


「とりあえず子供服買っといたけど……これでいいのか?」


 ユースティアに言われた通り、急いで服屋で子供服を購入したレインだったが子供用の服を買うのなど初めてだったのでどんなものを買えばいいのかなど全く分からず、とりあえず合っていそうなサイズのものを手あたり次第買っていた。


「まぁこんだけありゃ大丈夫だろ。あとは宿に戻るだけだな」


 二人がお風呂から上がる前に戻らなければ何を言われるかわかったものではないと、レインは急いで宿へ走る。しかし、そんなレインの前に立ち塞がる人物がいた。


「少し待ってください」

「っ! お前はさっきの」


 レインの前に立ち塞がったのは、先ほどダレンと共にいた少女だった。ダレンと共にいた、ということはこの少女もまた断罪教の人間である。さきほどの仕返しにでもやって来たのかとレインは思わず身構える。しかし、少女の目的はそうではなかったようで身構えるレインを見て苦笑する。


「別にあなたのことをどうこうしようというわけではありません。むしろその逆です」

「逆?」

「さきほどは……すいませんでした。謝って済むことではないけれど、私達はあなたの命を奪おうとした。ただあの子を守ろうとしただけのあなたの命を」


 そう言って頭を下げる少女。突然頭を下げられてレインは戸惑うしかない。まさかそんなことをされるとは予想もしていなかった。しかしそこでレインは気付いた。人通りの多い道の中心で、少女に頭を下げさせるレインが他の人から見てどうみても悪人にしか見えないということに。

 それに気づいたレインは慌てて少女に頭を上げさせる。

 

「と、とりあえずもういいからさ。頭上げてくれって」

「でも……」

「いや、このままじゃ今度は社会的に俺が殺されることになっちゃうから」

「?」

「えーと、話ってそれだけ?」

「あ、もう一つだけ……」

「もう一つ?」

「その……あなたの名前はレイン……なんだよね」

「え、あぁうん。そうだけど。それが?」

「レイン……レイン・リオルデル?」

「っ! どうして知ってるんだ?」

「やっぱりそうなんだね」


 レインが認めると、少女は少しだけ嬉しそうな。そして悲しそうな表情をする。しかしその理由がレインにはわからない。

 

「私の名前は……フウカ。フウカ・ミソギ」

「え……」

「覚えてる……かな?」

「え、だって……その名前は……そんな……」


 その名前を聞いたレインは驚きに目を見開く。そして同時に少女——フウカの姿を見た時に引っかかりを覚えた理由も理解する。

 フウカ・ミソギ。その名はかつてレインが住んでいた村。魔人によって滅ぼされた村に住んでいたレインの幼なじみの名前だったから。


「本当に……フウカなのか?」

「うん。そうだよ。やっぱりレイン君なんだよね?」

「そんな……だってあの日、村の皆は……」

「っ……そう。あの日、私達の村の皆は魔人に殺された。でも、私はあの日お父さんと一緒に帝都に行ってたの。だから私とお父さんは難を逃れた。お母さんと弟は……」

「フウカ……」

「みんな死んじゃったと思ってた。生き残ったのは私とお父さんだけだって。でも違ったんだね。今日レイン君の姿を見て、本当に驚いた。夢なんじゃないか。幻なんじゃないかって。だからね、本当に嬉しい」


 目に涙を浮かべるフウカ。死んだと思っていたはずの幼なじみが生きていた。それが何よりも嬉しかったのだ。あまりにも突然の再会に驚きが勝ってしまっているものの、喜ぶ気持ちはレインも同じだった。


「ホントに……ホントにフウカなんだな」

「うん……うん。そうだよ」

「良かった……ホントに。いや、でもちょっと待て。どうしてフウカが断罪教にいるんだ」

「…………」


 喜びに頬を緩ませるレインだったが、その次に浮かんだのはフウカがダレンと共にいたという事実だった。それはつまり、フウカもまた断罪教の人間であるということなのだから。


「私ね……あの日からずっと忘れようとしたの。魔人のことも。村のことも……そうしないと気が狂いそうだったから。でもできなかった。お父さんと村に戻って、あの惨状を見て……お母さんと弟がいなくなって。毎日、今でも夢に見る。そのうちに思ったの。魔人がいなければ……咎人がいなければ、私みたいに苦しむ人がいなくなるんだって。だから決めた。断罪教に入って、魔人と咎人を一人残らずこの世から消し去るって」

「っ!」


 語るフウカの瞳にあったのは魔人と咎人への怒り、憎しみ。決して消えない復讐の炎がフウカの中にはあった。


「レイン君も知ってるでしょ。私達の村を襲った魔人はまだ生きてる」

「……あぁ。知ってる」

「だから私はその魔人を殺せる力が欲しい。魔人を見つけるための情報が欲しい。そのために断罪教に入ったの」

「フウカ……」


 その時レインは気付いた。さきほどフウカが謝ったのはレインを殺そうとしたことであって、あの少女を殺そうとしたことではないのだと。つまり、あの少女を殺すこと事態はフウカも認めていたのだということに。


「でもこっちこそ驚いたよ。まさかレイン君が贖罪教にいるなんて。それも聖女様の従者なんてすごいね」

「いや、これは色んな事情が重なった結果っていうか……」

「それでもすごいことだよ。私びっくりしちゃった。ねぇレイン君。どうして贖罪教に入ったの?」

「どうしてって……」

「咎人の救済、なんて夢物語でしょ。咎人の数は年々増えてる。中には一度贖罪教で救済を受けた人が、再び咎人に堕ちた事例もある。魔物の被害件数もそれに比例してどんどん増えてる知ってるでしょ?」

「それは……」


 フウカの言うことが事実だった。一度咎人となり、贖罪教で聖女の救済を受けた人間が再び咎人堕ちし魔物を生み出し被害を出した事例もある。


「咎人になってしまった時点でその人はもう人じゃない。だからせめて断罪することで救いを与える。それが私の考え方だよ」

「でもそれは」

「間違ってると思う? ううん、レイン君からすればそうなんだろうね。でもこれが私にとっての正しさ。レイン君に間違ってるって言われても。私の考えは変わらない」

「間違ってる……なんて言えないけど……」

「ふふ、ありがとう。それで、レイン君はどうして贖罪教に入ったの?」

「俺は……」


 レインが贖罪教に入ったのは、フウカのように目的があってのことではない。周囲の全てに流される形でレインは贖罪教に入りユースティアの従者となった。

 そんなレインの様子を見て、フウカは一つ提案をしてくる。


「ねぇレイン君。私と一緒に断罪教に来ない?」

「え?」

「レイン君が贖罪教にいることに迷ってるなら、私と一緒に断罪教で戦わない?」

「でも俺は……」

「聖女様の従者だから? でもそんなの関係ないよね。レイン君の人生はレイン君の物。それは聖女様にだって縛れない。それにねレイン君。私わかるんだよ。レイン君も私と同じ。復讐の炎が心の中に残ってる」

「…………」

「私達は一緒ならきっとあの魔人を討てる。あの憎い魔人を……仇を討とう?」


 そう言ってフウカはレインに向かって手を伸ばした。

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