第7話 ナミルへと

 帝国の列車にはどれも聖女専用車両が設けられている。それには様々な理由があるのだが、その理由の一つが騒ぎになることを防ぐためだ。ユースティアのみならず、聖女という存在は非常に目立つ。列車の中で騒ぎが起きれば列車の運行自体にも影響を及ぼしかねない。それを防ぐために出来上がったのが聖女専用車両だ。

 聖女専用車両の中は非常に豪華になっている。普通の車両は座るための椅子しかないが、聖女専用車両はその椅子が豪華になっているだけでなく飲み物や食べ物、娯楽用の魔映機まで完備されている。


「おぉ……」

「すごい……」


 聖女専用車両は当たり前のことながら、聖女とその関係者以外入ることができない。フォールとカラは初めて入る聖女専用車両に感動している様子だった。


「これが聖女様の専用車両……噂には聞いていましたが」

「ほ、本当に我々も一緒に居てよいのでしょうか?」

「えぇもちろん。だってあなた達も私の仲間ですもの」

「な、仲間!?」

「そんな、畏れ多いです。私達が聖女様の仲間などと」

「ダメでしょうか……私はお二人とも仲良くなりたいと思っているのですけど」

「え、あ……」

「う……」


 しょんぼりとした表情(もちろん演技である)で言うユースティアになんと答えていいかわからずしどろもどろになってしまうフォールとカラ。新米である自分達がユースティアの仲間として扱われてしまって良いのだろうかという思いとユースティアの言葉を否定してしまっていいのだろうかという思い。そんな二つの思いに挟まれて思考が上手く回っていないのだ。

 わざとそんなことをするユースティアを見てレインは内心呆れる。二人が答えを出せないことをわかっての言葉。仕草。完全にユースティアのいじわるである。フェリアルから面倒な二人を押し付けられたことに対する腹いせ。フェリアルがこの場にいないので、ちょうど良いターゲットとして二人は選ばれてしまったのだ。


「ユースティア様、お二人をあまり困らせてはいけませんよ(おいティア。あんまり新人虐めるなよ)」

「あら、お二人は困っているのですか?(虐めてるわけじゃない。試してるだけだ)」


 チラッと視線を交わして目と目で会話するレインとユースティア。この調子だとずっと続きそうだと思ったレインは釘を刺すことにした。


「そ、そんことはありません!」

「何も問題はありません!」

「ですって」

「はぁ……二人ともユースティア様とは初対面なのですよ? 急な距離の縮め方は上に立つ者としていかがなものかと(お前に言われて否定の言葉なんて言えるわけないだろこのバカ)」

「まぁ手厳しい。でもレインの言う通りね(誰がバカだ。バカって言う方がバカなんだぞこのバーカ)」

「わかっていただけてなによりです(お前だって言ってんじゃねーか。バーカ)」


 などという視線での会話が裏で繰り広げられていることにはフォールもカラも全く気付くことはなく、緊張した面持ちでユースティアの向かいのソファに座っていた。

 それから少しして無言の言い合いに一段落をつけた二人はフォールとカラをほったらかしにしていたことを思い出し、慌てて声をかける。


「あ、そうです。お二人に聞きたいことがあるのですがいいですか?」

「はいもちろんです! なんでも聞いてください!」

「お二人は今年で十五歳になるんですよね? 同じ学校だったのですか?」


 贖罪官になる者はそのための学校に通わなくてはならない。様々な資質を審査され、入校できた者だけが贖罪官となることができるのだ。国内にいくつか訓練校は配置されている。どこも毎年入学希望者が殺到し、一大イベントのようになっている。


「はい。カラは自分と同郷でして。七歳になる頃に一緒に小等部に入りました。幼なじみ……と言えるのでしょうか」

「腐れ縁の間違いでしょ」

「なんだよお前、そんな言い方ないだろ」

「なによ」


 突然睨み合い始めた二人にレインとユースティアは呆気にとられる。その様子を見ただけで二人の関係性をなんとなく察してしまった。


「……ゴホン」

「「……あ」」

「あー、二人とも? 仲が良いのはわかったから。喧嘩はほどほどにな。この列車の中だから」

「「す、すみませんでした!!」」


 土下座せんばかりの勢いで謝る二人にレインは嘆息する。謝罪の言葉をマシンガンのように連発する二人を見てユースティアはクスクスと笑う。


「いいですよ。お二人の仲が良いことがわかって安心しました。同郷の友人と同じ仕事をする。素晴らしいじゃないですか。十五歳で学校を卒業してフェリアルの元に配置されるということはお二人ともかなり優秀なのでしょう? フェリアルは優秀な子しか選びませんから」

「優秀かと聞かれると自信はないですけど……」

「学校の成績は常にトップを取れるように努力していました。運も味方したのか、私とフォールは常に一位と二位の成績をおさめることができました」

「それはすごいですね。あの学校で一位と二位をとるなんて」


 カラの言葉にはユースティアも素直に感心した。贖罪官になるための学校は勉強の水準も非常に高い。帝国でもトップクラスだ。教えられる内容も多岐にわたり、多くの人が一度は挫折を経験する。

 ちなみにレインが同じ学校で試験を受けたなら、その成績は中の下から下の上といったところだろう。その中でトップの成績をとり続けたのだからフォールとカラの優秀さはわかるというものだ。


「いえ、そんな誇るようなことではありません。所詮は試験の中での話ですから」

「自分達なんてまだまだです。まだ短い時間働いただけでもわかりました。先輩達の足元にも及びません。今回もどうして選ばれたのかわからなくて……」

「それだけフェリアルに期待されているということですよ。もちろん私も同じです」

「ユースティア様も?」

「自らの成績に奢らないその精神。それはなかなか身につけられるものではありません。その気持ちがあればあなた達はこれからも成長していけるでしょう」

「ユースティア様にそう言っていただけると自信になります」

「ありがとうございます!」

「私は思ったことを言っただけですよ。ところで、お二人は実戦の経験は?」

「いえそれはまだ……模擬戦や映像では見たことあるのですが」


 ユースティアの言う実戦とは魔物との実戦のことだ。贖罪官はこれを経験しているかしていないかで大きく変化する。未経験の二人にとってはそれが一つ目の壁となるだろう。


「そうですか……今回は魔物と出会う可能性も十分にあります。その覚悟はありますか?」

「はい! もちろんです!」

「命を懸ける覚悟はあります!」


 そう言って意気込む二人だが、ユースティアは首を横に振って二人の言葉を否定する。


「そうではありません。私が聞いているのは生き残る覚悟です。たとえどんなに無様でも、惨めでも。生き残る覚悟。それがある者にしか贖罪官は務まりません」

「…………」

「情けないと思いますか? ですが、全ては命あってのことなのです。ですからどうか、魔物と出会っても生き残ることを最優先で考えてください」

「……わかりました」

「肝に銘じます」


 ユースティアの言葉に神妙な面持ちで頷く二人。ユースティアが珍しくまともなことを言ったので、後ろで感心しているとフォールとカラが見えない位置でユースティアがレインの足を蹴る。


「いてっ」

「? どうかしたんですかレインさん?」

「い、いや。なんでもない。大丈夫だから」


 反抗の意味を込めてユースティアのことを睨みつけてもユースティアはどこ吹く風だ。


「そういえば、レインさんはもう実戦を何度も経験されてるんですよね?」

「ん。あぁそうだな。これでもユースティア様の従者だからな。何回も戦ったことはあるよ」

「レインさんから見て、魔物はどんな存在ですか?」

「どうって聞かれてもな……怖い存在だよ。何度戦っても慣れる気がしない」

「レインさんでもそうなんですね」

「俺はユースティア様みたいに強いわけじゃないからな。毎回生き残ることに命懸けさ。今回もできれば魔物になんか会いたくないけど……そういうわけにもいかないんだろうな」

「ですが、他の贖罪官方の話ではどの村でも咎人は見つからなかったと。断罪官の方々もそう判断したと聞きましたが」

「確かにそうなんだけどな。フェリアル様はそう判断しなかった。つまりそういうことだ」

「???」

「どういうことですか?」

「短い経歴とはいえ、先輩だから教えてやる。聖女様の勘は当たる。これは絶対だ」

「レイン。そんな言い方は良くないですよ。私達だって勘を外すことはあります」

「ユースティア様もフェリアル様も、少なくとも魔物や魔人絡みで勘を外しているのを見たことはないですけどね俺は」

「それは……そうかもしれないですけど」

「だからお前達も覚えとけ。どんなに信じがたいことでも、聖女様がそう判断したなら当たる。そういうもんだと思っといた方がいい」

「そうなんですね」

「勉強になります」

「変なこと教えて……後でフェリアルに怒られても知りませんよ?」

「俺はあくまで経験にもとずく話をしただけですから。怒られる筋合いはありません」

「もう……」

「それよりも、そろそろこれから向かうナミルについて聞いておくべきでは?」

「そうでした。教えていただけますか?」

「あ、はい! カラ」

「わかってる。こちらをご覧んください」


 そう言ってカラは鞄の中から資料を取り出し、ユースティアの前に置く。


「ガバライト州の東に位置するナミルはロイツ男爵の領地です。名産品は葡萄でワインも有名なそうです。王室にも献上されるようなワインを作っているとか」

「へぇ、そうなんですね」

「ですが、今年は不作だったようで例年よりも値段が高騰しているようです。品質も例年より低いとか。まぁそれはどうでもいいですね。ロイツ男爵は領民と距離が近いことで有名です。なんでも一緒に農作業に勤しむこともあるのだとか」

「それはすごいですね。良い人じゃないですか」

「領民からも慕われているそうです。だからこそ最近の魔物被害には頭を悩ませているようで……咎人調査の嘆願書が何度も送られてきています。結果はご存知の通りですが」

「領民想いの領主様ですか。どんな方なのか楽しみですね。ナミルに着いたらあなた達にはたくさん働いてもらうことになります。今のうちに十分休んでおいてくださいね」

「「はい!」」

「レイン。あなたもですよ。ずっと立ってないで座ってください」

「俺は大丈夫ですから」

「それで後で疲れた、なんて泣き言は聞きませんからね」

「そんなことは言いません」

「ならいいんですけど。さ、いよいよ本番です。頑張っていきましょうね」

「「はいっ!!」」


 元気よく返事をするフォールとカラ。レインは今回の任務が無事に終わりますようにと願いながら、車窓から空を見上げるのだった。

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