第8話 聖女の条件
帝都ヘルダムを出発してから約三時間。レイト達はようやくナミルの目前までやってきていた。ナミルには駅が無いため、一番最寄りの駅から馬車で向かっていた。
「はぁ、こうして移動してみるとナミルが遠いことがわかりますね。列車がナミルまで続いていれば良かったのですけど」
「それは我がままですよユースティア様。世界最先端の技術を持つ帝国と言えどインフラ整備は完全ではありません。いずれナミルまで線路は延線されるでしょうが、それはまだ先の話です。それにいいじゃないですか。こうして馬車に揺られて景色を楽しみながら向かうというのも」
「……そうですね。最近はこうしてのんびり外を見る時間もありませんでしたから」
「やはり聖女様のお仕事というのは忙しいのでしょうか?」
「そうですね。聖女というのは絶対的に人数が少ないですから。本当は私達の仕事なんて少ない……もっと言えば無くなるのが一番なのですけど」
ユースティア達聖女が忙しいということは、それだけ世に罪が溢れているということ。この世から罪が消え去れば、必然的にユースティア達の仕事もなくなる。それが叶わぬ願いであることはユースティアもレイン達もわかっているのだが。
「せめてもう何人か聖女がいればこの忙しさからは解放されるでしょうけどね。それも残念ながら叶わぬ願いです」
「あの……以前からずっと気になっていたことなのですが、お聞きしてもよいでしょうか?」
「なんですか? 私に答えられることであれば答えますよ」
「その……聖女様というのはどういった基準で選ばれるのでしょうか? それだけは学校でも教えてもらったことが無くて。気になって調べたんですけど、どこにも載ってなかったんです」
「そのことですか……」
「もし差支えなければ教えていただけるとありがたいのですが」
「聖女に選ばれる基準ですか……確かに知らないでしょうね。カラさんとフォール君はどんな基準があると思いますか?」
「そうですね……魔力の保有量でしょうか。女性の中で特に魔力の多い人だけが選ばれるのではないかと私は思っています」
「私は清廉な心を持っていることでしょうか。その心を持つ人が聖女様に選ばれるのではないかと」
「それがお二人の考えですか。しかし残念ながら答えはノーです。もしそれが聖女となる資質なら、もっと多くの聖女が生まれていたのでしょうね。聖女に選ばれるには、大きく二つの資質が必要となります」
「二つですか?」
「はい。そしてそれは清廉な心を持っていることでも、魔力の保有量でもありません。それも大事な要素ではあるんですけどね。聖女になる資質、それは『魂源魔法』への適性と……『罪の許容量が大きいこと』です」
「『魂源魔法』に『罪の許容量が大きいこと』……ですか?」
「それはどういう……」
「申し訳ありませんが教えられるのはここまでです。これ以上は機密事項になるので。申し訳ありません」
「いえ、そんな。教えていただいてありがとうございます」
ユースティアはそれ以上何も言わず、カラ達も何も言わなかった。
レインもユースティアから聖女に選ばれる条件については聞いていたが、それ以上のことは何も知らなかった。
それからしばらくの間は誰も喋らず、沈黙がその場を支配していた。このままナミルに着くまで誰も何も喋らないだろうと思っていたその時だった。不意にユースティアが何かに気付いて表情を変化させる。
「レイン、馬車を止めてください」
「っ! わかりました」
ユースティアの表情と言葉で何が起きたのか気付いたレインは慌てて窓から顔をだし、御者に馬車を止めるように指示を出す。
「ど、どうしたんですか?」
何が起こっているのか事態を把握できず、急に馬車を止めたユースティアに疑問符を浮かべたフォールが問いかける。
「二人とも戦闘の準備を」
「え?」
「思ったよりも早く実戦の機会がやってきたようですよ」
「それってつまり……」
「魔物の襲撃です。どうやらフェリアルの勘は正しかったようですね」
馬車が止まったことを確認したユースティアは躊躇なく外へ出る。レインもその後に続き、フォールとカラも慌ててその準備しその後を追う。
「カラさんとフォール君は御者の方を守ってください。レインは私と行きますよ」
「わかった」
「「りょ、了解です!」」
ある程度慣れているレインとは違い、初めての実戦ということでカラとフォールは緊張で必要以上に力んでしまっていた。
「二人とも、無理に倒そうとする必要はありません。先ほども言った通り、生き残ることを意識してください」
「は、はい」
「わかりました」
御者の人を挟むように立ち、周囲を警戒し始めるカラとフォール。ガチガチに緊張してしまっている二人を放っておくのは不安だったレインだがだからといってしてやれることもない。
「あんまり気張り過ぎるなよ。大丈夫だ。こっちには世界最強の聖女様がついてるんだからな」
「は、はい!」
一言だけ声を掛けてレインはユースティアの後を追いかける。まだ魔物の姿は見えていないが、ユースティアがいると言った以上この場に確実に魔物がいるのだ。
「遅いぞ」
「あの二人を放っておくわけにはいかないだろ」
「そんなに心配する必要はないだろ。私がいるんだから。それに最初に痛い目見といた方が案外タフになれるかもしれないぞ」
「あほか。最初の任務でそんなことなったらトラウマだ」
「まぁでも。いいタイミングで来てくれた。ずっと退屈だったしな。移動移動で座ってばっかり。あいつらがいるからだらけることもできない。もう限界だ。このストレス全力で晴らさせてもらう」
パンパンと拳を叩いて気合いを入れるユースティア。その瞳は好戦的に爛々と輝いていた。魔物と戦うこと自体は元から好きなユースティアだが、今回はそこに移動のストレスも相まっていつも以上にやる気に満ちていた。
「つっても魔物どっから来るんだよ。全然姿形も見えないんだが」
「下」
「下?」
ユースティアが指さしたのは下つまり地面だった。その意味が理解できずに怪訝そうな顔をするレインだが、それを理解したのはそのすぐ後のことだった。
「来るぞレイン」
「来るって——っ!」
その瞬間、猛烈な殺意を感じたレインは本能に従って後ろに飛び退く。その直後のことだった。数瞬前までレインが立っていた地面が陥没し、そこから巨大なワームが飛び出してくる。
見上げるほどの巨体をにゅるにゅると動かし、大きく開いたその口には無数の触手のようなものが蠢いている。見ているだけで生理的嫌悪感を催す風貌だ。
「げっ、気持ち悪っ!?」
「グラトニーワームだな。地中に潜み、獲物を狙う。大方ここを通る馬車を餌にしようと待ち構えてたんだろう。その馬車に乗っていたのが私だったことが運の尽きだ。レイン、お前は雑魚共を処理しろ。あれは私がやる」
「あ、あぁ。わかった」
グラトニーワームが開けた大穴から、ゴブリンなどの小型の魔物が這い出てきていた。十匹はゆうに超えているだろう。
「ひっ……」
「あ、あれが魔物……」
後ろに控えるカラとフォールは初めて直に見る魔物の姿に竦み上がっていた。しかしそれも無理はない。初めて見る魔物がグラトニーワームのような生理的嫌悪感を催す魔物なのだ。レインだって気持ち悪さを感じている。平気な表情をしているのはユースティアだけだ。
「フォール、カラ! ぼさっとするな! 俺一人でこの数は抑えきれない。気合い入れろ! 一人で戦おうとするな、二人で戦え!」
「っ……はいっ!」
「わかりました!」
襲いかかって来るゴブリンやコボルドを斬り払いながら一喝するレイン。襲いかかって来る魔物達を押しとどめるレインだが、数が多すぎて全てを止めることはできない。もらしてしまった数匹がレインを通り抜け、後ろにいるカラとフォールに襲いかかる。
レインの一喝によって集中力を取り戻した二人はレインに言われた通り二人で一匹の魔物の対処をし、御者を守り続けていた。
「ちゃんと先輩してるなレイン。あれならまぁ、あっちは大丈夫だろう。ははっ、それじゃあこっちも始めようか」
戦闘態勢に入ったユースティアは目の前の敵、グラトニーワーム以外の全てを意識の外に排除する。
「起きろ【
ユースティアの言葉に呼応するようにユースティアの着ていた服がにわかに発光する。ユースティアが魔力を流し込むと純白だった服の色と形状が変化する。服の色は髪と同じ漆黒に、ゆったりとしていた服は影も形もなくなり動きやすさを重視した体にぴったりフィットしたものへと変化していた。
ユースティアは感覚を確かめるように軽く体を動かすとニヤリと不敵に笑う。
「我は贖罪の聖女なり。主よ、罪より生まれし魔物に赦しを与えたまえ」
そう言って、ユースティアはグラトニーワームへ向かって駆け出した。
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