短編小説集-この世ノ御伽-

ウキイヨ

天国へ誘う本



毎日に、充実感を感じず。

ただ流れ作業のように過ぎる人生に

諦めと皮肉を添えて過ごしていた頃だった。

毎日重たいため息が、身体中に圧し掛かる。


時々走馬灯の様に、頭を巡る

過去に経験した充実した瞬間が、

なんとも言えぬ寂寥感せきりょうかんが、

胸を締め付ける。

あの頃は、良かった。

充実していた。はずだった。


この気持ちを誤魔化そうと、身体は自然と

一人ショッピングモールに迷い込んでいた。


辺りは、暗闇と真っ赤な夕焼けが入り混じっており

それを温かく照らすようにイルミネーションの光がショッピングモールを照らす。

その明かりがまたいつも以上に眩しく

一人と言う孤独の僕を照らし出す。


そのせいか。色んな店を回るも、まるで心踊るような物に

巡り会えず、只々閉店の時間が、迫るだけだ。

焦りながら辿り着いたのは、普通の本屋さんだった。

閉店前と言う事もあり、従業員の人達の何人かは、

清掃を始め、レジにはたった一人の女性スタッフ。

周りも、慌てながら欲しい物を手に取る人達。


時計を見ると、閉店まで残り10分を切っていた。

一通り店内を軽く回って、欲しい物が見つかれば、

いや今の気持ちを軽く和らげてくれる物さえ

見つかればすぐにでも出ようとした時だった。


その時だった。ふと目に入ったのは

ぽつんと、本棚に並べられた半透明な一冊。


【天国へ誘う本】


自分の意思とは、裏腹にいつの間にかその一冊に

手を伸ばしパラパラと中身を確認していた。

一瞬しか見えない1ページ、1ページを

めくる度に、何故かやるせない気持ちを

和らげてくれている気がした。

そして何処か懐かしくも優しい気持ちが溢れてきたのだ。

そして僕は、その本を持ってレジに立っていた。


レジスタッフの女性が、その1冊にブックカバーをかけるか聞いてきたので

ふと我に返った僕は、大丈夫です。と声をかけた。

気づくと女性は、レジ袋に入れたその本を僕の前に出して

ありがとうございました。と言った後

意味深に、一言僕にこう言った。


「この1冊は、貴方の人生を左右します。」

僕は、その一言に女性を見返したが、

慌てて買い物を済ませようと走ってきた男性のレジ対応をし始めた。


仕方なくショッピングモールを後にし

自宅へ帰り適当に晩御飯を済ませ、

携帯から動画サイトを除く。

これもまたいつもの日課では、在るものの。

そう言う日に限ってお気に入りの投稿者が、動画を上げていなかったり、つまらない動画や、前に見た動画ばかりが、トップを飾る。


動画サイトを閉じ、ベッドに横になる。

早めに寝ようとするも、目を閉じても中々寝付けず

時間が過ぎるばかり。


そうだ、さっき買った本でも読もうと思い

レジ袋から取り出して、表紙を改めて確認し、

1ページめくる。

ちゃんと見ていなかったからか。

本の中身は、白紙と途切れ途切れに移された風景の写真集だった。

さっきは、何に感動したのだろうか。

あの衝動が、嘘の様に感じた。


馬鹿らしく想えた。

本を閉じ、瞳を閉じる。


1日の最後の時間が、何故こんなにも寂しい気持ちで終わりになるのか。

自分の頭では全く理解出来なかった。

思い起こせばいつからだ。

学生の頃や、社会人になった頃は、まだ『明日』と言う物に希望を抱いていたはずなのに。


目を閉じていても、頭を駆け巡る思い出や体験が浮かび上がり

また胸を締め付けられる思いになった。

中々寝付けない。

もうすぐ1時間が経つのではないか。

思想の中に微かに、見覚えの在る風景が写り込んだ。



此処は、何処だ?

その景色は一瞬で消えさり、またふとした瞬間頭に浮かぶ。

今度は、綺麗な夕陽。

これは確か。


そうださっき見た本の一部にあった景色だ。

しかし先程見た1ページいっぱいの夕陽とは違い、懐かしい風景が混じって写っている。

はっと気づくと自分が、その景色の中に入り込んでいた。


辺りを見渡すと、そこは高校から駅までの通学路。

駅から見える夕陽が綺麗でよく友達と携帯のカメラで撮ったのを思い出した。

でもなんだこの気持ちは。

あの場所で、何かやり残した事があるような気がする。

通学路を懐かしみながらも、駅へと向かうと、ホームに人影が見えた。

しかしぼんやりと見える人影は、誰だか思い出せない。

でも知っているはずだ。

あの小さなシルエット。誰だ。何かを伝えなきゃいけない気がする。


思い出そうにも、何故か思い出せない。

頭を抱えながら駅へとまた一歩踏み出すも、踏切が閉まり踏切警報機が、鳴り始める。

するとその音と共に、電車が駅に到着し、その人物は電車に乗り込んでしまう。

必死にその人物を呼び止めようとした時だった。


パッと目が覚めた。

『夢』?

にしても意識は、はっきりしていた。

それに、間違いなく感覚もはっきりしていた。

恐る恐る本に手を伸ばす。

1ページ、1ページしっかり確認しながら。

あの時は、なかったはずの1ページを見つけた。


それは、先程見た。

あの夕焼けが綺麗な登下校の駅の写真。

そこに移る思い出せない面影。


心のモヤモヤが取れない。

それは孤独感でも、寂しさでもなかった。

確かめたい。出来る限り早くこの気持ちを晴らしたい。

そう想い僕は、本の1ページ、1ページを集中しめくった。


するとある事に気づいた。

空白のページと、そうでないページ。

その風景が描かれたページは、何処か見覚えがある。

何故かは、思い出せない。

けれどどれもこれも、自分が知っている場所。


確かここも。


そしてまた気づくと、その風景の中に入り込んでいた。

今度は、同級生達とよく溜まっていた何年か前に潰れたスーパーの前。

懐かしい。

ここでよく友達と他愛もない話をして、大好きなお菓子と炭酸を買って

そのまま友達の家まで遊びに行ったんだっけ。

懐かしんでいると、今度はスーパーからまた人影が出てきた。

今度は、2人。

今度もまたはっきりと見えずもやの様な物で、ぼやけて見える。

しかし様子がおかしい。

一人が、怒鳴っている様に見える。

いや、待て。確かこの光景。身に覚えがある。

あれは。


思い出そうとするとまたパッと目が覚めた。


何故だ。あの場所も、あの2人も見に覚えがある。

またも本を捲りページを1ページ、1ページ確認していくと

先程見たスーパーの景色が追加されている。

まさか、この本は、僕の記憶?

いや、そんなはずはない。有り得ない。


その後も何度も何十回も、目を閉じると

身に覚えのある景色に、覚えのある光景が写り

思い出そうとした度に、現実に戻されては、また忘れている

覚えていたはずの景色に何度も何十回もすがった。


寂しいと感じた気持ちは、いつしか意味を変え

ページを捲る度、目覚める度に、何故か涙が流れていた。

そしていつしか、空白のページは、埋まり最後の1ページだけとなった。

夢中で追いかけた、これまでの景色を追う為。

目を閉じようとした時だった。


不意に我に返り、あの女性の一言が脳裏に蘇った。


「この1冊は、貴方の人生を左右します。」


何十回と今まで体験したこの感覚の中で、自分の中で、それは確信へと変わっていた。

恐らくこの本が見せる景色は、自分の頭の片隅に眠った後悔した出来事だ。

一番最初に見たあの駅で待つ人影は、高校の時に好きで好きで仕方がなかった同級生が、

親の事情で転校する日。

言えなかった言葉。悩んで悩んで間に合わなかった最後のチャンス。


次に見た景色だってそうだ。

幼馴染で高校も一緒だった友達と喧嘩をして、素直に謝れずに

逆ギレして怒鳴って、そのまま口を利いていない。

その後見た光景も、全部自分の後悔。


きっとこの最後の空白のページが見せるのもそうだろ。

僕は、空白のページを眺め、ゆっくり瞼を閉じた。


するとそこは、この本と出会ったショッピングモールの本屋さんのレジの前だった。

僕は、この本を持ってレジに立っていた。


レジスタッフの女性が、その1冊にブックカバーをかけるか聞いてきたので

ふと我に返った僕は、口を開かず考えた。

暫く沈黙の時間が過ぎると、女性が先に口を開いた。

「素敵な景色が載っていたでしょ?この本」

「えぇ。とても素敵な、それでいて残酷な。」

「これから先は、貴方の自由です。この本の続きを見るか、それともこの本をもう一度見るかは。」

彼女の一言に、僕は本を見つめてこの本が見せてくれた過去の後悔をゆっくり思い出した。

そして彼女に、やっぱりこの本は、大丈夫です。と

その場を去ろうとした。


すると彼女は、微笑み「良かった。」と答え最後に僕に聞こえる位の小声で

「良い人生を。」と添えた後、僕の意識は、遠退いた。


次に目が覚めた場所は、見覚えのない場所だった。

辺りをゆっくり見渡すと、救急隊員の方がこちらに気づき僕の顔を覗き込んで声をかけてきている。


「大丈夫ですか?聞こえますか?」

意識が朦朧とする中、取敢えず頷くと救急隊員の方は、状況を説明してくれた。

どうやら車の運転中に、意識が飛びそのまま赤信号を突っ切りガードレールに突っ込んでしまい

意識不明のまま、救急車に乗せられたそうだ。


その事を聞いて、あの本の最後に見た彼女のとのやり取りを思い出す。

そうか、あそこでもしもまたあの本に縋ってしまっていたのならば。

考えれば考える程ゾッとした。


ふと運転席から零れる陽の光を見つけ、救急隊員に止めなれながらも

立ち上がり陽の光を見つめた。

そして、その光が、直接ではないが温かく感じ

僕はゆっくり瞼を閉じると自然と涙が、零れた。


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