こんなご時世だからリモートで勉強会

mafumi

真夏の夜に……

 予備校や学校の試験が近づくと、親しい友人たちと決まってやる事が一つあった。

 それは、携帯の無料通話アプリを使ってグループを作り、自習中に友達とずっと繋ぎっぱなしにするという行いだった。

 試験勉強が必要になると、誰が言い出すでもなくグループが作られて、誰かが呼びかけるでもなく、皆が無料通話に参加をした。

 集まるのは、同じ塾に通う、熱田まこ、士道あかり、羽場由紀子、そして私、加藤めぐみの四人だ。

 時にワイワイぺちゃくちゃ、時に無言で黙々と、一見、勉強にならなそうな感じもするけれど、私たちに関して言えば、喋りながらこのスタイルで各自自習をして、それなりの結果を出していた。

 実際、みんなとつながっている状態でやる自習は、カフェであつまってやる勉強会以上に捗っていた気がする。

 ただ、私は、この無料通話で一つ、奇妙な体験をしたことがあった。


 それは、塾の共通模試を皆で受けようと決めた、高校二年の夏のことだった。

 その日、十九時を回った頃だったろうか? まこ、あかり、わたしがいつものように無料通話をつないで、それぞれの自室でいつものように自習を始めていた。由紀子だけがまだ通話グループに入っておらず、後から参加するとのメッセージが送られてきたのを覚えている。

 聞けば、由紀子の家はお盆の行事で両親の実家に帰っているらしく、夜半にかけてどうしても親戚連中の相手をしなければならないのとのことだった。由紀子は、地方のとある豪農に連なる家柄で、折につけそういう行事参加があって面倒なのだという話を、何度か聞いたことを覚えている。

 そしてその晩、深夜零時を回った頃だろうか、まことあかりとわたしの三人が、時に他愛もないやり取りをしながら自習を続けていると、由紀子が通話グループに入ってきた。


『もー、うちの本家面倒すぎ!』


 由紀子は開口一番で愚痴を言う。それから勢いのままに話を続けた。


『今ね、本家の離れにいるんだけどさー、ギリギリ電波はいってよかったー』


 離れがあるなんて、なんて大きな家だろうと思った。

 私はマンション住まいなので一軒家がちょっとうらやましかった。

 大変だったね、とか、今どき電波入らないってそうとうだよね、なんて話をしたあとで、自習できるの? と尋ねると、流石に進学校だからということで、親類一同との懇親から開放されたのだといった。もう深夜だというのに、ご苦労なことだと思った。

 それから、夏休みということもあって、休みの間の他愛もない話をしあった後で、いつしか、私たちはいつもの通り各々が黙々と自習を進めていた。

 時折、だれかのクシャミとか、息遣いとか、お茶をすする音とかがする。そういう物音も、ちょっとした一体感や安心感があった。

 けれど二時を回った頃だろうか、その無料グループ通話の音声に、ザラザラというノイズが混じり始めた。

 はじめは気にならなかったのだけれど、由紀子の話し声がとくにひどくノイズ混じりになったあたりで、皆がそれを指摘した。

 ちょっと、由紀子、電波悪くない? 大丈夫?


『え……んな……に、音悪い?』


 それは、混線するラジオのようで、時に砂嵐が混じり、声はテルミンのように歪む。その様子があまりに可笑しくて、まこやあかりが笑った。

 すると突然、由紀子の声がクリアになった。


『携帯の置く位置変えてみたよ』


 そう答えた由紀子の、淀みない声が聞こえてくる。しかし、言葉は聞き取れるようになったが、今度は由紀子の声はエコーがかかったような調子になった。

 ねえ、由紀子、あんた風呂場から電話してんの?


『なんで?』


 なんかさ、とってもエコーかかってるよ?


『えー、ほんとにー? 風呂になんていないよー』


 そのエコーの様子がとてもおかしくて、わたしたちはケタケタと笑った。

 お風呂場でなければ、カラオケボックスで、ちょっとエコーをいじりすぎたみたいだった。


『なにわらってんのよー、ていうか、皆の声も、変だよ?』


 由紀子が不満そうに、今度は私たちの音声に注文をつけた。

 え、ほんとに? あたしは、あかりの声が小さいくて聞こえない。あんたは声がちいさいからでしょ? ひどーい。声おかしーい。

 各々が好き勝手なことを言っていた。私たちの音声も、互いになにかおかしな事になっているようだった。

 しかし、わたしはそこに、もう一つ違和感のある事柄があって、それを指摘した。


「ねえ、みんな今ひとり? 誰かん所にさ、もう一人……いたりしない?」


 先程から、まこでもあかりでも由紀子でもない、息遣いがもう一人聞こえているような気がしていた。部屋に、兄弟や親でもいるのかもしれないと思っていた。

 しかし、しばらく沈黙があって、皆は焦ったように返答してきた。

 はぁ、何言ってるの? ちょっとー、変なこと言い出さないでよー!

 そんなつもりで言ったのではなかったのだけれど、私は、皆の慌てように思わずニヤニヤしてしまった。

 すると、同じようにその状況を面白がったまこが、突然一つ提案する。


「じゃあさ、点呼とろーよ。いーち!」

「えっ? に二!」

「さ、さーん!」

「よん!」

『4』


 私は自身の耳を疑った。

 四番目の数字を読み上げる声が、二つダブって聞こえた。


「誰かさ、四番めの数字かぶせたでしょ?」


 不安になったわたしは、皆に尋ねた。

 え、何が?

 ちょっとー、だからそういうのはやめてって、そんなことなかったよ。

 その現象の合意は得られなかった。

 それから、まこがこんどは投げやりに話を続ける。


「じゃあもういっぺーん、名前点呼〜熱田まこ!」

「し、士道あかり!」

「か、加藤めぐみ……!」

『4』


 また聞こえた。

 逆に、由紀子は名告ってすらいない。


「……だれ?」


 わたしは尋ねる。


『よん』

「ちょっと、まこでしょ? あかり? 冗談やめて?」

『……4よ?シよ?……え……シよ?』


 それは、由紀子の声ではなかった。


『シんでよ?』


 私はヤバイと思って、あわてて携帯の電源を切った。

 それから自室を飛び出すと、その日は隣の弟の部屋に行って寝た。


 翌朝、わたしは恐る恐る携帯の電源を入れた。

 皆に連絡をとって、昨晩の現象について聞いてみた。

 すると由紀子は、電波がおかしくなった早い段階で、携帯を切っていた。まことあかりは、突然あたしと由紀子の通話が切れたと言った。

 結局、あの声が誰だったのかわからなかった。

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