魔法使いと呪いの帽子
けい
プロローグ 〜悪い魔法使い〜
夜の森に煌々とその存在を現す炎があった。
その炎は決して吉兆ではなく、黒煙を上げながら辺り一帯を蹂躙している。
その炎の中、僅かな家屋が今にも崩れ、更なる災厄を巻き散らそうとしていた。
その中に、一人の人物がいた。
服や塵避けのマントは所々焦げ付き、その体からは多くの血が流れ、ここで起こったことの凄惨さを物語っている。
「……おい!お前大丈夫なのかよ」
荒々しい口調で話す声。
しかしその主はその人物でなく、彼の頭に乗った帽子だった。
尖った先端に広い鍔。そこまではただの帽子なのだが、それには大きな『口』がついていた。
歯並びの悪いそれは唾を飛ばしながら怒号を飛ばす。
「……おいって!聞いてんのかよ!」
話しかけているのはもちろん帽子の主であろう少年だ。しかし彼は反応を見せず、焼けた家屋を見回しながら歩いている。
家屋の傍には住人と思われるいくつかの死体と、統一された黒い服装の死体が転がっていた。
「……うるさいなぁ、聞いてるよ。大丈夫大丈夫」
少年は手に棒を持ち、片足を引きずりながらも、声色だけは明るかった。
「……っ!なら!」
帽子の声を遮り、少年が言う。
「いいんだよ、これはボクのせいなんだから」
少年はひとつの瓦礫の山を見つけると何かを呟き始める。
「……」
「は!?馬鹿か!?こんな事に魔力を使うなよ!」
帽子の声を聞かず、少年は瓦礫を宙に浮かせ、その下にいた者に声をかけた。
「大丈夫かい?ごめんよ、こんな事に巻き込んで」
そこに居たのは少年とそう歳の変わらない少女だった。
少女はその瞳に涙を浮かべながら、少年を恐れるように後ずさりする。
そんな少女を他所にまた少年は何かを呟き始める。
「……」
今度は帽子は何も言わず、少年のそれを待っていた。
それが終わった途端、少女に向かって光の玉が飛ぶ。
少女は引き摺った足でそれを躱そうとするも、光の玉の速度には届かなかった。
「あ……」
光の玉は少女に当たると消滅し、それと同時に少女が負っていた傷をたちまち癒した。
「……ここまででいいんだな」
そう呟いたのは帽子だった。その声は酷く悲しげで、それでいて失望を表していた。
「あぁ、ごめんよ」
帽子に顔を埋めるように俯く少年。手に握られた棒に力が入ったのか、軋む音がした。
「どうせ元々時間が足りなかったから『転移』もできなかったし、仕方ないんだよ」
自身を納得させるような口調で話しながら少年は少女に近寄り、しゃがむ。
「やぁ、元気になったかい?ボクは悪い魔法使いなんだ」
少年はそう言いながら帽子を外す。
「確認するよロッソ、帽子の持ち手が変われば魔力は初期と同じ状態になる。それで 『転移』は可能だね?」
帽子は静かに肯定する。
それを聞くと少年は優しく微笑み、それを少女へと被せる。
「ごめんよ、僕は今からキミに呪いをかけるんだ」
少女はその言葉や行動が理解できないようで、ただ震えていた。
「ねぇ、君の名前は?」
突然の質問に戸惑いながらも少女は自身の名を口にする。
「私は、アン……」
少女が名乗ろうとすると少年はその口を人差し指で遮った。
「いいや、キミはアルスだ。アルス・ハーランド」
そう言うと少年はまた少女に笑いかける。
「アルス・ハーランドは両親を探しているんだ。こことは違う、どこか他の世界に旅立ってしまった両親を」
少年はつけていたマントを外し、少女へ羽織らせる。
「そして、キミの頭にいるのは、帽子のロッソ。口は悪いし臭いけど凄く良い奴なんだ」
少年から流れる血は止まる気配を見せない。少年は意識を保たせるので精一杯なはずだ。
それでも尚少年は少女に語りかける。まるで言い残しがないようにと、自身に念押しをしているかのようだった。
「そして、ここには便利なものがいっぱい入っているんだ」
そう言いながら小さめのトランクを差し出す。
先程まではそのような物を持っていた素振りはなかったが、実際にそのトランクは『何処かから現れた』。
少年はその中に手を入れ、何かを取り出す。
「これは君の身を守るもの、不味いと思ったら迷わず使うといい」
そう言って差し出したのは一丁の拳銃だった。リボルバー式の古風なもの。
少年は「メンテは毎日してね」と笑った。
「……そろそろいいかい?ロッソ」
少年が帽子に優しく語りかける。
「……あぁ、魔力も十分だ問題ねぇよ」
そう言う帽子の声色は悲哀に満ちていた。
少年がしゃがみ込んだ少女を立ち上がらせる。
「じゃあよろしくね。キミならきっと両親に会えるはずだから」
少女の足元に魔法陣が浮かび始める。
「……じゃあね、ロッソ。楽しかったよ」
少年は血の滴る顔で笑う。
「……あぁ、オレもだ。相棒」
少女の足元の魔法陣が強く輝き出す。少女からも、少年からもたちまち何も見えなくなる。
────────────
誰もいなくなった焼け野原。家屋は既に燃え尽き、あたりの木々も少しづつではあるが鎮火が始まっていた。
気付かぬほどの雨が降り始め、少年を労うかのようにその被害を縮める。
「……」
少年はその場に倒れていた。
出血量か、それとも役目を終えたからか。
「……結局瞳さんの言う通りになったかぁ」
虚空に向けて呟く。一体それが誰に向けてなのかは知る由もない。
また家屋が崩れ去る。木が燃え、黒煙と土煙が一気に広がる。
少年の顔は雨によって濡れていた。体を大の字に広げ気だるそうに呟く。
「……あの子には申し訳のないことをしてしまったな」
そう言いながら少年は目を閉じた。
────────────
これは呪われた魔法使いの物語。
多くの世界をめぐり、自らの呪いを、記憶を、その目的を超え、打ち勝つための旅。
世界はすべからくして、美しくて残酷だ。
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