金貸しと女子高生

空戦型ヰ号機

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 金は天下の周りものというが、そもそも金というのはあくまで人間が経済という虚構の信仰を得るために生み出したもの。故にそれを回すのは人間であり、金の増減に一喜一憂するのも人間である。金に泣き、金に溺れ、金を欲する。人間が自ら生み出した苦悩は人間の向かう先へとどこまでも付いて回る。


 目の前で情けなく腰を抜かしながら地べたを這いつくばる男もそうだ。金が欲しいと抜かすから貸してやったというのに、事業に失敗して返せなくなったと見るや否や態度が一変。こちらが下手に出ていると勘違いして追い返すためのチンピラまで集めている始末だ。


 それも、チンピラを蹴散らして目の前にまで向かってやったら今度は涙を流して言い訳と命乞いのオンパレード。娘が病気、母が危篤、お涙頂戴の言い訳の嵐に、相手をするのも億劫に思えてくる。


 挙句の果てには病気の筈の娘を差し出して担保の代わりと来たものだ。人間というのは家族愛や絆が大事だと道徳の授業で教えていた筈なのだが、金というものはそんな簡単な事実さえ忘れさせてしまうほどに眩いものらしい。


 こちらとしてはそんなものより貸した分の金を利子つきでさっさと返してほしいのだが、なんとなくこの男から金を回収するのは無理ではないかと長年の勘が告げていた。ひとまず身柄は預かったが、彼が返済を全うして娘を迎えにくるかは不明だ。

 帰り道、父親の頼みに従って甲斐甲斐しく後ろをついてくる娘に、ふと問う。父親は好きか、と。娘は笑顔で答える。たった一人の父親だもの、と。その純粋さが眩しいと同時に、どこか冷めた自分が世間知らずな娘だと呟いた。


 金貸しという仕事はやくざ者とどこか近いものがあるし、結託していることも珍しくはない。自分とて暴力が必要ならそれもするし、嫌がらせの類もしないわけではない。ただ、金を儲けたくて金貸しをやっている訳ではないという微妙な事情のため、別段自ら進んで下衆に堕ちようとは思わない。


 早い話、この娘を水商売で働かせるとか、肉体関係を迫るとか、人身売買のように他人に金で買ってもらうような「ありふれた対応」をしない程度の感性は持っているつもりだった。だからこそ、正直に言えば、この娘を預かるのは内心で嫌だった。人間を預かるなど面倒かつ厄介だ。生きているだけでたくさんの金がかかるし、学生ともなると一歩間違えば犯罪になるラインが多すぎる。


 では、なぜこんな面倒な担保を受け取ってしまったのか。昔から直らない貧乏性のせいかもしれない、と苦笑する。タダで貰えるものは貰っておく。それで人間を貰うなど馬鹿馬鹿しい話だと自分でも思うが、考えてみれば預かった側である自分には後になって「やはりいらない」と突き返すことも出来るので、どちらでもいいと思ったのかもしれない。


 人間の価値を軽んじるからこそ、気軽に人間の身など預かれる。

 いくら一般的な良識があるといっても、本質的にはやはり自分は汚れた人間の部類だろう。


 どうせだから事務所の掃除でも手伝ってもらおうかと思いつき、存外お手伝いを雇ったと思えばそんな話でもないかもしれないと考える。彼女をアルバイトとして雇い、仕事代で利息を相殺する。Win-Winな関係だといえなくもないし、一応ながら娘を差し出したあの男の面目もたつだろう。そう考えながら、小汚い自分の事務所へと向かう。何が楽しいのかにこにこ笑って付いてくる少女を引き連れて。



 ◇ ◇



 曰く、掃除は嫌いではないという少女は、事務所に入ってすぐに手際よく掃除を開始した。自分でも定期的に掃除はしているが、書類をまとめながら彼女の仕事ぶりを見るに、どうにも自分の掃除は荒かったのだと思い知らされる。


 自分の使う空間だけを掃除している分、そうでない場所の掃除が甘い。資料も一部散らかりっぱなしのものや本棚に整理せずに積み重ねているものがあったため、結局は自分も掃除に参加することになった。仕事の書類を勝手に捨てられでもしたら堪らない。

 2時間もすると事務所はずいぶんマシな風体になり、少女はインテリアに手を出し始めている。若干少女趣味に路線変更される不安はあったが、別段インテリアに拘りはないので任せてしまってもいいだろう。


 今更ながら、少女は自分が借金の質にされていることにあまり自覚がないらしい。掃除の際も鼻歌交じり、こちらから命令口調の指示が出ても笑顔で元気な返事を返す。生命力に満ち溢れた若人の姿に、若いな、と当たり前の印象を抱く。誰にとっても過去にはそういった時期があり、そして過ぎ去った後に叶わぬ郷愁を抱くそれを。


 一通り掃除が終わり、お気に入りの甘ったるいカフェオレを淹れたマグカップを少女に差し出した頃になって、ようやく一息ついた彼女がひとりでに喋りはじめた。母を早くに亡くしたこと、貧乏ながらなんとか学校には通えたこと、そして父親は昔は自堕落ではないお人よしだったこと。そんな父を慕ってきた自分もまた周囲からお人よしだと呆れられる、と彼女はため息をつく。本人はそんなことはないと思っているらしいが、現状を顧みるに少なくとも危機感は足りないと思う。


 学校には通っているのかと問うてみると、通っているけど父のためなら辞めてもいいという。どうにも成績優秀者らしく、補助金である程度は学費を賄っているとのことだ。今の世の中、高校を中退した女性というのは例え成績が優秀でも就職が厳しいだろう。事務所に来るのは学校を終えてからで構わないと伝えると、更にまばゆい笑顔で礼を言われた。


 お人好しとはいえ、本人なりに学校に未練はあったのだろう。念のために学校はバイト可能かと聞いてみると届け出をすれば大丈夫だというのだが、さて、親父の借金を取り立てる金貸し屋のアルバイトに学校がなんというのやら。未成年を違法労働させる訳にもいかないので正式な書類を作りはするが、手間のかかりそうな話だ。


 それにしても、礼を言われるとは思わなかった、と奇妙な居心地の悪さを感じる。

 金貸しなど子供に礼を言われるほど性質のいい商売ではない。

 彼女の学校行きを許したのも、日柄日中事務所にいられても扱いに困るからだ。時にはやくざ者とも粗暴者とも絡み、暴力を解決手段とすることも、人を見限り、見捨てることもする。そのことに自覚がある身としては、人を善人のように扱うのは遠慮してほしいものだ。


 そう伝えると、彼女はそれをきっぱりと否定した。

 理由を問うと、今までに父親のもとに訪れたどの金貸しよりも誠実に感じたから、だそうだ。逆に自分を卑下することは口にすると言い訳になるから言ってはいけないと怒られてしまい、反論のしようも分からないまま平謝りする羽目になった。


 人のいい少女かとも思ったが、どうやら少し思い違ったかもしれない。約10年ぶりに母親に叱られる気分を味わいながら、彼女は幸運にも父親に似なかったか、と評価を改めた。

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