8.

 翌日からまた〈大糞穴おおくそあな〉に降りた。

 十五歳当時、僕の猟師としての腕前は決して良いとは言えなかったから、生活はカツカツだった。

 それでも祖父が居なくなって、養うべき口が一つ減って、多少、暮らしは楽になった。


 * * *


 一人で狩りをして、一人で生活するようになって以降、僕は時どきトラックを運転して〈ウヴェト文明〉の遺跡へ行くようになった。

 別に、祖父を懐かしむためじゃない。

 ほんの一時いっときでも、逃げたかったんだと思う。毎日毎日猟に出る暮らしやら、独りで住んでいる家やら、町の人々やら、町そのものから逃げたかったんだと思う。

 荒野にポツンと立つ巨岩構造物の地下の、誰も居ない暗くて静かな遺跡の真ん中に立つと、全てから遮断され全てを忘れたひたると、不思議と心が落ち着いて、少しだけ楽になった。


 * * *


 ある日〈ウヴェト文明〉の遺跡に入ると、驚いた事に先客が居た。

 

(外国人……他の惑星の人間か?)そう思った。

 年齢は、僕より二つ三つ上……十七、八くらいだろうか。

 着ている物も上等でセンスが良かった。

 こんな辺境の星に、こんなに美しく上品な人が居るはずない……何となく、そう思った。

「やあ、どうも」少年が優しい声で、僕に挨拶をした。「僕の名は、ロウジ……ゼブ・ブ・ド・ロウジ」

 向こうが先に名乗ってしまったので、仕方なく僕も自分の名前を言った。「ヴァサゼフ・スクロ・ソウタ……です……けど」

「ソウタくん、ね……よろしく」

 それから、彼は地下遺跡の中央に立ち、天井を見上げて言った。「本当は僕だけでやるつもりだったんだけど……まあ、見物人が一人くらい居ても良いか」

 その美少年が遺跡の中央で両手を上げると、天上・壁・ゆかが光を放って、どこかの映像を映し出した。

「このクリスタル・ゴキブリの壁と床……投影スクリーンだったのか……」部屋全体に投影された景色を見回しながら僕は驚きの声を上げた。

 それは、どうやら、この遺跡の上にある巨石構造物の天辺てっぺんから撮影されているようだった。

 ふと美少年の顔を見ると、ある方向を見ていた。

 その視線の追っていくと、僕の生まれ育った町が壁に投影されていた。

「ひょっとして、君の住んでいる町かい?」

 ロウジと名乗った少年の問いに、僕は黙ってうなづいた。

「そうか……あの町には全滅してもらうよ」美少年は、僕を見つめた。その唇が、微かに笑みの形になった。「良いだろ?」

 その瞬間、僕は無条件に、直感的に、確信した。

 この美少年は、神さまなんだ、と。

 神そのものではないかもしれないけど、神の子とか、神の化身とか……とにかく、この銀河系に住んでいるあらゆる知的生命体を超越した存在なんだと思った。

 次の瞬間、僕の口から言葉が勝手に飛び出した。

「この銀河系を、僕にとって価値のあるものにしてください」

 それを聞いた美少年ロウジの顔に「ほう?」といった感じの、微かに驚いたような、喜んでいるような表情が浮かんだ。

 僕は、さらに重ねて言った。

「この僕を、銀河系にとって価値のあるものにしてください……そして、僕自身にとって価値のあるものにしてください」

「もし、君の望みをかなえてあげたら、あの町を滅ぼして良いかい?」

「はい……酒屋のトドムさんも、肉屋のレイダーさんも、葬儀屋のアンデルソンさんも、町長も、他の猟師たち、その家族も……みんな、あなたに捧げます」

「よし、契約成立だ」

 地下遺跡の天井と壁とゆかに投影されていた景色が動いた。

 この景色を撮影しているカメラのような物があるのだととしたら、それが浮かび上がったのだと、分かった。

 映像を撮影しているその『何か』は、巨岩の頂上を離れて僕の生まれ育った町へ飛んだ。

 やがて映像は、ポグマドの町を真上から見下ろす角度になって、そこで停止した。

「やるぞ」ロウジが言った。

 次の瞬間、穴の底から黄色い泥が噴き上がった。

 まるで激しく振った瓶から炭酸水が噴き出したようだった。

 そして、その空中に噴き出た泥の奥から、一匹の巨大な蛆虫うしむしが這い上がって来た。

 直径一キロ・メートリの縦穴がふさがってしまうほどの、巨大な胴体を持った蛆虫だった。

 巨大蛆虫は、地表に頭だけを出して、穴の周囲の家々を、順々にかじり、飲み込んでいった。

「あ、あれは……」その光景を見ながら、僕はうめいた。恐ろしさと同時に、名付けようのない興奮が体の中心あたりから湧いて来て、全身が熱くなっていた。

「宇宙船さ……僕らが旅するための宇宙船……これから僕ら二人の家になる宇宙船さ」神様ロウジが言った。

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肥溜(こえだめ)の王【銀河転戦記1】 青葉台旭 @aobadai_akira

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