第44話 狂竜
――ではいったい、実体は何処にあるのか……。
デリケートな問題なのかもないし、初対面の人に聞くのは躊躇われる。……と、質問を戸惑う半身の気持ちを敏感に感じ取ったグランディール。
「後は私から説明するよ。アンドレア、こっちを見て」
そう言って再び自分の方へ関心を向けさせ、彼女の瞳にまた、自分だけが映ったことに満足した彼が、詳しく教えてくれることになった。
「まず、父がこうなった理由は、稀少な純血種の竜だったからなんだ……それは、私にも言えることなんだけどね」
「まあ、ではグランディール様のご両親は、共に竜族だったのですか……」
「ああ、そうだよ」
ここにきて、彼の父親の種族が判明した。そして純血種とは、竜族同士の親からから生まれた竜族のことを指すらしく、グランディール達の父親もまた、その純血の竜種なのだという。ただでさえ少ない竜族の中でも、更に少なく稀少な存在らしい。
「純血種は他の竜に比べて寿命も長く、魔力も膨大で強い個体になる。だから、同族の為に果たさなくてはいけない義務が課せられているんだ」
「義務、ですか?」
「そう。それは、父がこの状態になったことにも関係している。今から話すよ」
――話は、グランディールらが生まれる、少し前まで遡る。
ある時、この国に近いある場所に、己の半身を突然、不慮の事故で失った竜がいた。
そしてその竜は、竜族の習性の例に漏れず、悲しみから錯乱状態に陥り、今にも闇堕ちしそうになっていた……。
竜の半身は、生涯ただ1人だけ……その出会いは必然でもあり、奇跡でもある。
成竜になった瞬間、この世界の何処かにいる己の半身を感じ取れる力を、手に入れるのだという。
半身は、同族の竜とは限らない。人間なのかエルフなのか獣人なのか……種族も、どこにいるのかさえも分からず、必死で探すのだ……。
だからこそ、己の魂の半分に出会えば、自分の全てで愛し尽くそうとする。
この事から分かるように、竜族は半身への執着心が異常に強く、万が一失ってしまえば、この竜のように狂気に囚われてしまうのである。
これがこの世界の生態系の頂点に君臨する、偉大な種族の唯一の弱点……竜とは、美しくも悲しい
半身の証である額の神紋は、そんな習性を持つ竜たちの為に、二人の魂を半分に分け合うという竜の秘術がかかっている。契約を結んだ途端、魂が同等の時を刻むことになるので、自然に寿命が尽きる場合は一緒に生きて、共に逝ける。
しかし稀に、片方の魂の寿命が、病や不慮の事故などで予定外に尽きてしまうことがある。
その場合でも竜族の秘術は優秀で、救済措置の方法はあった。
神紋の秘術を再び使って、残った片方の魂の寿命を更に二つに分け、尽きかけた命に与えて、救うことが出来るのだ。寿命は大幅に減るが、共に生き、共に死ぬことができるほうが竜にとっては大事だった。
己の寿命が縮まるくらい、些細なことなのである。
しかし、くだんの竜の場合、半身の危機に必死に駆けつけたにもかかわらず、間一髪で間に合わなかった。既に魂が天に還ってしまっていたのだ。
痛ましいことだがもうこうなると、いくら竜の秘術といえど手の施しようがない……。
死に別れてしまったら最後、次の半身など現れない。
それが分かっているからこそ彼は、全身全霊で渇望する愛しい半身がこの世にいないという耐え難い悲しみに苦しみ、一人取り残される恐怖に狂いそうになっていた。
まだ辛うじて残っている理性をここで失ってしまえば、その身体から激情に任せて爆発的に魔力が溢れだすだろう。
制御を失い暴走した竜の力は荒れ狂って、まるで避けることの出来ない自然災害のように世界に襲いかかる。
――愛のために狂ってしまった竜のことを、狂竜という。
それは、地上に住まう者達の命を脅威にさらす、討伐の対象にまで落ちてしまった竜のこと。
望むと望まざるに関わらず、偉大過ぎる力を持つゆえに、ひとたび狂えば災いをもたらす存在となってしまうのだ。
どの竜族も、数少ない同族が狂気に陥るのを救おうと、いつも必死だった。しかし、無念ながらこれまで救済に成功した試しはない。それでも竜達は、不屈の精神で救うことを諦めなかった。
――しかし。
絶望し、深い悲しみ淵にいたその竜は、案の定、家族や同族からの度重なる説得に応じることが出来なかった。
――ついには正気を手放し暴走し、恐れていた変化が起こってしまう……狂竜化が始まってしまったのだ。
もう、こうなると誰にも救えない。
世界にとっても排除対象となってしまった狂竜と対峙できる力があるのは、純血種の竜だけ。
その時に一番近くにいる純血種に指令が下る……この場合は、グランディールの父親に同族殺しの指令が……。
純血種として悲しい義務を果たすために、その場所へと向かった彼は死闘の末、討伐に成功するも、生死をさ迷うほどの大けがを負ってしまう。
その時、既にお腹に卵が宿っていたラグナディーンは気が狂いそうになりながらもこの国から動けず、半身の危機に駆けつけることが出来なかった。
暫くして他の竜たちの力を借り、彼女の元へと帰って来たものの、満身創痍の彼は意識がなかった。
そこで、水竜の彼にとって傷を癒すのに最適な場所に移すことにした。それは、水の中だ。幸い、この神殿の建っているのは湖の中の小島……そこにソッと運ばれ、沈められた。
以来、何とか一命を取り留めた彼は、今もずっと湖の底で体を横たえて、傷が癒える日が来るのを待っている。
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