第43話 家族
グランディールはスッと表情を消し、目を細めて声の主を流し見た。どうやら、半身となったアンドレアとの初めての逢瀬の邪魔をされて、若干、苛立っているらしい。
アンドレアの方はそれどころではないと言うか、夢みる世界から現実に一気に引き戻されて、我に返ったのだが……。
己の衝動的な行動を鑑みて、羞恥のあまり、真っ赤になって撃沈してしまった。
間近で、そんな可愛らしく身悶えている半身をみて、グランディールの荒ぶりそうになっていた気持ちの波が、収まっていく。
愛おしそうに見つめると、額の神紋に触れるだけのキスを落とした。その瞳は優しくて、本当に愛されているとわかるくらいに甘い。
またしても蕩けそうな雰囲気に戻ってしまい、居たたまれなくてオロオロと視線をさ迷わせていると、グッとその腕の中に抱き寄せられてしまう。視線が交わらないことが、気に入らなかったらしい。囲い混むように、腕の中にスッポリと包み込まれた。
ますます密着することになって、更に真っ赤になるアンドレア……。
そんな二人の攻防を面白そうに眺めるラグナディーンの隣には、いつの間にか背の高い一人の男性が立っていた。先程の聞こえてきた声は、この人のものだろうか。
こちらも、彼女と並んで立っていても遜色のない、見惚れるような美貌の持ち主である。
初めて見る顔だと思うが、どなたなのだろうかと彼女が考えている内に、グランディールが咎めるように言った。
「……母上、もう少しお待ちいただきたかったですね?」
「ホホホッ、そなたの気がすむまで待っておったら、日が暮れてしまうわ。それに、今日の日に必ず引き合わせると、アンドレアに約束しておったしの。こちらが先客じゃ」
「……約束?」
「うむ。では紹介しよう。こちらが私の半身で、グランディールの父親である」
『初めまして、可愛らしいお嬢さん。 息子の半身に、これほど早く会えるとは思わなかった。嬉しいよ』
にこやかに微笑みながら、そう言われた。クラクラするような美声に思わず聞き惚れてしまい、つい話を聞き逃しそうになってしまったが、今、とても重要なことを聞かされなかったか……確か……。
「……クランディール様の、お父様?」
『うん、そうだよ』
「……っ!!」
確かにラグナディーンから、孵化の瞬間には現れるので紹介するとは言われていた。
しかし、愛する人の父親との初めての出会いがこんなふやけた状態になっている時だとは……もう、本当にいたたまれない。
「も、申し訳ございませんっ。ご挨拶もせずに、
慌てて頭を下げ、カーテシーをしようとしたのだが、ガッチリと腕が絡み付いているので身動きできない。軽く小首を傾げるだけになってしまった。
「もう、なんて可愛い仕草をするのっ。そんなの私以外に見せちゃダメだよ……」
そう言って、容赦なくギュウギュウと抱きしめられた。
「あぅ。グ、グランディール様。あの、苦しいです」
「私も君が可愛すぎて胸が苦しいよ」
彼の腕をペチペチ叩いて少し離れてくれるようにとお願いしてみたのだが、拘束は緩まず、逆に拗ねたように耳元でそう、熱く囁かれた。
アンドレアも彼と一緒に居られるのは嫌ではないというか、むしろ嬉しいので、強くは拒めない。
それに、ピタリと密着しているこの体勢だと、お互いの体温と鼓動が次第にじんわりと溶け合ってきて、心地よさに一瞬、また我を忘れそうになる……。
『あの~、しゃべってもいいかなっ』
隙あらば二人世界持ち込もうとする息子に焦れて、声をかけたのだが……。
「今はダメ」
すげなく断られた。
「グランディール様!? あの、すみません」
そのやり取りに、また正気に戻ったアンドレアが慌てて謝る。最早、どの意味でドキドキしているのか分からなくなりそうだが、色々と心臓に悪いことには変わりはない。
『はははっ。いいよいいよ、そんなに畏まらなくたって。半身に巡りあったんだ竜は皆、こうなるのは分かっているからね。気にしないで』
「は、はいっ、ご配慮、ありがとうございます」
『うん。ほら、グランディール。そんなに仕舞い込んでないで。君の大事な人の顔くらい、父さんに見せて?』
「嫌です。見せたら減ります」
『いやいや、減るってなに!? ちょっと見るだけだからっ、大丈夫だから、ね!?』
「承服致しかねます」
取り付く暇もないグランディールの言葉を聞き、彼は妻に泣きついた。
『……ラグナ、久しぶりに会う息子が冷たいっ』
「ホホホッ、まあ、ここは譲ってやるのじゃな。落ち着いたらゆっくりと会えばよい、時間はたっぷりある」
さすが母親の貫禄というか、孵化したばかりの息子の連れない態度にも動じない。
「それに、そなた様も、実体できちんと嫁御にお会いしたかろう?」
『うん、まあ……それはそうだけどさ』
「……実体?」
なんだかまた、不思議な言葉を聞いたような……本来の姿である竜体のことを指す言葉ではないようだが……?
「そうじゃ。よく見てみやれ。我が半身の体は、うっすらとぼやけておろう?」
「え?」
そう言われて、ジッと彼の人を見てみると……。
「あ、本当ですわ。焦点がぶれているような……」
「うむ。それは、この場所に実体がないからじゃ」
「……まあ、そんな。そうなんですの」
確かに陽炎のような揺らめきが感じられたが、この方の纏う雰囲気から種族までは分からないものの多分、人外なのは間違いないであろう。
その身が発光している状態が通常なのかと思ってみていたのだが、どうやら違ったらしい。
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