第38話 秘密



 聖女就任を祝う式典は、守護聖獣との正式な契約が結ばれてから約一ヶ月後に行われると決まっている。


 神殿関係者の他、王族や高位貴族を大神殿に迎えて行い、併せて民へのお披露目もする予定だ。

 その性質上、大規模な式典になるので、早く細かな打ち合わせをしておきたいという事情もわかる。


 それでも人払いをしてまで時間を取ってもらったのには、理由があった。


 神竜様の御子たちが休眠から目覚めて孵化する日が、もうそこまで来ているためである。


 この大事な時期に、御座所の近くに大勢の人を集めて煩わせるわけにはいかない。





 そもそも、守護聖獣である神竜にお子達がいることはこの国の最重要機密であり、厳重に秘匿されているのでほんの一握りの者しか知らないのだが、用心しすぎることはない。


 何故なら、幼くまだ力の弱い子竜は特に、強欲な人族に狙われやすいという厄介な事情があるからだ。



 ――竜との伴侶契約によって他種族でも大幅に寿命が延びることは、広く知られている。しかし正確な契約方法についてはさほど知られていない。



 そのため、幼竜のうちに親から奪い取り隷属の魔法でもかけて、無理やりにでも契約を結べば恩恵にあやかれると考える不埒な輩が後を絶たないのだ。


 竜の半身はこの世界に一人だけと決まっており、二人が出会った時、それぞれの額に同じ柄の神紋が現れる。この神紋が出ないと伴侶契約などできないし、しても意味がない。

 強要して何とかなるものではないと言うのに、欲に目が眩んで後先考えない行動に出るものが何と多いことか……。


 万が一にでも、そのような輩に神竜様の至高の宝である幼竜達が奪われでもしたら、比喩ではなくグローリア王国は滅びるであろう。竜一頭分の戦闘能力というのは、そのくらい脅威的で圧倒的なのだ。




 ――事実を知る者は出来るだけ減らした方が機密を守れるだろう。


 と言うわけで、代々の国王と大神官、そして神竜に選ばれた聖女の三人のみしか知らないのだ。


 人前では絶対に話せなかったのには、そんな事情があったのである。




 言うまでもないが、アンドレアが聖女になることで、ようやくその任を解かれる予定の前任の聖女様はご存知だが……。



 ――ちなみに、彼女も今回の件で、運命に翻弄された一人である。



 先々代の王弟の娘で、長く次代が見つからず、老年まで聖女として務められた方。

 ようやく聖女の素質を持つアンドレアが見つかり肩の荷を下ろせると思ったら、国の政策により引退出来なくなった。


 国王がキャメロン公爵家に愛息子である第一王子の後ろ盾となってもらうため、策略をめぐらしアンドレアが聖女になる運命をねじ曲げた。その煽りをくって、理不尽にも聖女の地位に長くとどめ置かれた為である。


 最近は体調を崩しがちで自宅へと下がっていらしたのだが、聖女誕生の光の柱はそちらからでも見えたことだろう。今頃ホッとされているはずだ。




 公式にはこの機密について、聖女候補の一人という立場のアンドレアは知らないことになっているが、彼女の場合は国王が無理やり聖女誕生を阻止したという経緯があった。


 権力闘争の煽りを受けて勝手に運命を変更した事に気分を害していたラグナディーンは、彼女と公式な契約を結ばぬまま、幼竜達の存在を知らせ、遊び相手を頼んで身内扱いにしたのである。


 このことは負い目のある国王には強く反対出来なかったようで、事情を知る三人にとっては公然の秘密となったのだった。




 そして人払いがされた通信の間で、アンドレアから幼竜の目覚めが近いことを伝えられた大神官は……。


「おおっ、なんとっ。それは本当ですかのっ」


「ええ、いよいよですわ。あと数日間といったところでしょうか」


「これこれはっ。何とめでたい! 神竜様、お祝い申し上げます」


 満面の笑みを向けると、この慶事を手放しで喜んだ。


 何しろラグナディーンがこの国の守護聖獣となって以来、お子を授かったのは初めてであるし、ましてやその子らが無事に成竜になるというのだ。


 防犯上の問題で大ぴらに喜べない事は残念ではあるが、嬉しいことに変わりはない。




 双子石の表面に巨体の一部だけ何とか映り込んでいる美しい水竜も、素直に喜ぶ大神官の様子にコクリと頷くことで返礼をする。


 巨大な竜の思いの外可愛らしい仕草に、通信画面を挟んで話していた人族の二人は、胸がキュンとしたのを互いに目線で感じとって、密かに萌えを共有したのであった。



 竜の尊さについてならいくらでも語り合える二人であるが、今は時間がないので話を進める。




「つきましては、完全に孵化されるまでの間、これまで以上に情報漏洩に注意して欲しいんですの」


「勿論ですともっ。神竜様の御座所まで無断で立ち入る不届きものが出ないよう、神殿騎士を増員して警護を増やし、全力で警護いたしますぞ」


「ええ、よろしくお願いしますわ」


「お任せあれ」


 ドンと一つ胸を叩いて頷き、しっかりと請け負ってくれた。頼もしい。


「しかし、もうそんなに経ちますかのぉ、早いものですじゃ」


「そうですわね」


 卵が孵ってから二十年余りに渡って、これまで守り通してきた秘密が、あと数日で終わるのだ。


 幼竜達の卵の時から現在の愛らしいお姿までを、アンドレアより長い期間に渡って見守ってこられた大神官のことだ。感慨深いものがあるだろう。





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