第22話 進むべき道



「不思議ね、こんなにお腹が空いていたなんて……気づかなかったわ」


「あんなことが起こった直後ですもの、無理もありませんわ。でも、きれいにお召し上がりになられて……ようございました」


「お辛いことがあれば、おっしゃってくださいませ。私達でよろしければいつでもお力になりますから」


「ええ、ライラ。頼りにしているわ」


「絶対ですよっ。一人で抱え込まないでくださいね」


 小さな頃から長年、側付きの侍女をしてくれている二人の言葉は、兄達の心遣いと同様に、アンドレアの心を温かくしてくれた。


「ふふふっ、ありがとう。でもね、あなた達がこうして絶対の味方で居てくれるだけで、わたくしは元気になれるの。いつも、立ち向かう勇気をもらっているのよ」


「お嬢様……」


「だから、わたくしはもう、次へと進まないと……」


「まあ、少しくらいゆっくりされては? そう……この際、少し王都を離れてご領地の方でのんびりなさるのは如何でしょう?」


「これから花の季節ですものね。お祭りもありますし、賑やかで楽しめそうですし…… 気分転換にはもってこいですわね。いかがですか、お嬢様?」


「ええ、春の花祭りは華やかで、わたくしも心惹かれるものがあるけれど……。でも、行かなくては。ずっとお待たせしているのですもの」



 ――決意を込めて、きっぱりとそういった。



 思えば少し、意地になっていたのかもしれない。


 自分が聖女の可能性を捨ててまで、王子妃として支えようとした殿方が、共に夢を、理想を追いかけていた筈の方が、宮廷の闇に囚われて耐えきれず押し潰されそうになっていくなんて……その弱さを信じたくなくて……。


 ――しかしもう、そんな日々からも今夜をもって解放される。




「ようやく、守護聖獣である神竜様にお仕えできるのですから」


「……お嬢様」


「よもやこんな形で幼き日に諦めた夢が叶う日が来ようとは、まるで想像もしておりませんでしたけれど……」


 感情を抑えて淡々と話すその声は、泣いている訳でもないのに憂いを帯びていて……二人の侍女の心に突き刺さった。




 アンドレアも、自分の言葉を聞いて彼女達が痛ましげに反応したことにすぐに気がついた。長年いっしょにいるので、お互いの心の機敏には敏感なのだ。


 これ以上、優しくて優秀な彼女達を心配させたくなかったアンドレアは、これからその身に起こるであろう、明るい未来を前向きに語った。


「神竜様の元で聖女になれる……この国に生まれた者として、これを喜ばずしてどうしましょう。そう思いませんこと?」


「ええ、お嬢様」


「……はいっ、本当にそうですわね!」


「ありがとう。どちらか一つしか選べないことに悩んだこともあったのだけれど、今となっては王子妃になる事とは別の目標があって、本当によかったと思っているの」


 自分を律し、高めていた者が突如として目標を奪われたときの無気力さを味わわなくていいのだから。


 アンドレアがその虚しさを噛み締めるのは、僅か今日一日だけでいい……それは、とてもありがたいことだった。


 当然の権利を理不尽に奪われ、胸のうちには怒りや悲しみなどの様々な感情が静かに横たわっていたが、それも時間と共に癒され、消えていくことだろう。



 代々、王家の血筋を引かれたご令嬢たちが受け継いで来た、名誉ある聖女のお役目。

 第一王子との婚約が決まって、人の世の都合で将来、お役目を果たせないことを申し訳なく思って悩んでいたアンドレアに、神竜様はずっと、いつでも儀式を受けられる時にに来るようにといってくださっていた。


「聖女として生きる……それが本来のお嬢様のお姿ですものね」


「そうね、ティナ……その通りだわ」


 そう言って今度こそ吹っ切れたかのように、にこりと綺麗に微笑んだ。




 時間をかけて軽食とお茶を楽しんだ後は、二人に世話をされながら入浴を済ませる。


 今夜は、普段よりもアレコレと世話を焼きたがる彼女達に甘やかされて、思わず笑ってしまうほど、就寝まで付きっきりで手伝われた。




「では明日、さっそく神竜様の元へお伺いしますから、その準備をお願いしますね」


「承りました。神竜様のところとなれば、私共にも反対できませんわね」


「ええ、ゆっくりお休みいただきたいところですが、出向かれた方がお心が安らがれるでしょうし。私共にお任せくださいませ」


「助かるわ」


「ささ、ここ暫くお気の休まる暇がなかったでしょう? 今日はもう、ゆっくりお休みくださいませ」


 二人がかりで、さっさとベッドに押し込まれた。


「ふふふっ、ありがとう……ティナ、ライラも。二人共、お休みなさい」


「「おやすみなさいませ、アンドレアお嬢様」」



 そうして、彼女が横になったのを確認してから、寝室の明かりがそっと落とされたのだった。





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