第13話 真偽



 実際に神竜様の裁きを受けさせるかとうかはともかく、真偽の程を明らかにするため、一度は彼女を捕らえなくてはならないのだ。


 それに、ドリー男爵令嬢に関してはこれまでも様々な貴族家から王家へと、彼女の処分を求める嘆願書が幾通りも提出されていた。


 ロバート王子に手を出したという情報が入った時点で、キャメロン公爵家でも噂の真相を確かめるため調査させていたが、他家の中には彼女が原因で破産に追い込まれたり、婚約破棄に至ったものまであった模様で、思った以上に事態は深刻だった。



 今日着ていたドレスも高位貴族御用達の服飾品店で仕立てたもの。ああいったお店はプライドが高く、男爵家では家格の低さから門前払いされてしまう。

 いくらお金を積んでも見向きもしないだろうし、望んだからといって手に入る種類のものではないのだ。今回のも大方、取り巻きの青年貴族からの贈り物なのだろうが……。


 彼女が今までにも宝石やドレスなど、高級品を扱う様々な店舗に異なる男性を連れて、頻繁に買い物をしていたことも調べがついている。


 夢中になった崇拝者の中には、彼女の歓心を買うためだけに借金をしてでも言われるがまま高価なプレゼントを与え続けた者もいたようだ。そんな事を続けていればいくら財産があっても足りない……破産もするだろう。




 彼女に騙され、引っ掛かった青年貴族達には自業自得な面もあるが、たった数年で一人の男爵令嬢にここまで引っ掻き回されたのだ。

 このことは、貴族社会にとっても脅威だった。その数の多さからやはり、禁呪である魅了魔法の使用を疑う者もいる。


 それに関して公爵家の調査では、魅了魔法そのものを使ってはいないのではないか……という結論を出したと聞いている。


 しかし、依然として何がしらの魔術を使っていた可能性は高いという疑惑消えない。


 彼女が聖魔法の持ち主だと言うことは広く知られているので、元々の資質に加えて、魔法を悪用したのではないかとも言われている。


 聖魔法には、心を落ち着かせ安心を与える効果のある共感魔法と呼ばれるものもあり、 扱い方によっては対象者の警戒心を緩め、共感を強く引き出すことが出来る。

 本来なら、心の病に陥った人を治療するために使われる魔法なのだが、使い方によっては洗脳に近い状態にまで持っていける可能性があった。



 ――今回はそれが疑われているのだ。



 アンドレアは、国王の横槍が入らなければ弱冠五歳で聖女に選出されていたかもしれないほど、突出して純度の高い聖魔法の持ち主である。


 実は、聖魔法を悪用しているのではないかという疑惑が浮上した頃から、この件で調査を担当している魔法省から密かに要請されていた。機会があれば同じ属性持ちとして、彼女の魔術の発動を見極めて欲しい、と。


 まさかこんな婚約式を祝う場で騒ぎを起こすとは思っていなかったが、確かめるには好機でもある。身分差もあり、普段なら考えられないほどの近さに調査対象がいるのだ。




 そこで、彼女をより追い詰め、能力の暴走を狙ってみたのだが……結果は芳しくなかった。


 元々、ドリー男爵令嬢の内包する魔力は、量的は普通で聖属性の素質ついても大人になるにつれ少しずつ減少しているせいか、影響下にあった崇拝者達くらいにしか、発動していなかったように思う。

 それ以外の周囲の貴族については、アンドレアははっきりとした変化を感じ取れなかった。



 ――しかし、ジェフリーは何か掴んだようだ。



「……中々、面白いものをみせてもらったよ。彼女、器用だね……色々と。是非、直接調べてみたいな」


「ジェフリー兄様……」


 アンドレアは膨大な魔力を持っているが、聖魔法に特化している分、他属性の分析や魔力の見極めなどは苦手としている。


 その点彼なら、弱冠十八歳で魔法省にスカウトされ勤務しているエリートで、希有な複数属性持ちの上、魔術知識が豊富で分析なども得意だ。

 

 今も美貌に加えてその才ゆえに、うら若き令嬢達から熱烈な視線を送られている次兄は、表情を変えず言葉少なに語った。


 アンドレアが感じとれなかった何かを掴んだようだが、この場で言うべきことではない、と言うことだろう。


「そうか。まあ、その判断は父上達がされるだろう。アンドレアもあまり思い悩まないようにね」


「はい、ユージーン兄様」





 二人の兄に付き添われ、小声で話しながら歩みを進めていると、進んで道を開けてくれる周囲の方々のおかげで、すぐにキャメロン公爵達がいる場所まで辿り着けた。


 王と王妃は既に退出されたようだ。その場にはまだ宰相閣下がいらっしゃったが、こちらに気づくとすぐに離れて来てくれた。


「来たか、三人とも」


「お待たせ致しました、父上。それで、どうなりましたか?」


「近衛を動かした。じきに捕縛の連絡が入るだろう」


「……そうですか」


「アンドレア、私の愛しい娘」


 そう言うと、愛娘を優しく抱き締めた。


「お父様、申し訳ございません。結局、殿下を始め皆様の目を覚まさせることは出来ませんでした」


 私の目には、ドリー男爵令嬢が最後の方など特に、割りと酷く醜態を晒されたように映ったのですが、十分ではなかったようです……。


「いや、よく頑張ってくれた。辛い役目をさせて済まなかったね」


「いいえ、お父様」


 毅然と対処していたが、アンドレアとてまだ十七歳の少女なのだ。王子妃になるためにと己を律して努力し続けて来た月日が一瞬で壊され、深く傷ついたことだろう。


 キャメロン公爵は、そんな愛娘を思って優しく労った。


「簡単にいかないだろうことは、もとより承知の上だ。自分に都合のいい世界とは、いつまでもいたいと思うほどに居心地がいいのだろうさ。……疲れただろう? 後は任せて、今日はもう兄さん達とお帰り」


「はい、お父様。ありがとうございます」


「二人共、頼んだぞ」


「ええ、父上。お任せください」





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