第11話 遁走
「……王子たるもの、そう易々と意見を変えるものではありませんわ。それに殿下も仰られたように、神竜様は心の正しい正直なものには、大層お優しい方。 敬う心は必要ですが、過剰にご遠慮なさる必要はないのではありませんか? 身の潔白を証明するにはこれ以上ない方法なのですし……」
「それは、その通りだが……」
アンドレアの言葉に、第一王子の心がまたしても揺れるのが見える。
真実の愛を誓ったユーミリアの無実を証明出来る絶好の機会だが、繊細な彼女の精神がこの試練に耐えられるかどうかと、思い悩んでいるようだ。
「……但し、虚偽は大嫌いなお方ですから、万が一、騙そうとされた場合には先程申し上げた通りの、それはもう恐ろしい裁きを受けることになりますけれど……?」
「ひいぃぃぃっ、いやぁっ。ま、まだ死にたくないっ。わ、私もう帰りますっ」
あらあら、『悪い子は神竜様が食べてしまわれるよ』と言うのは、この国で子供のしつけによく使われる言葉なのですが、彼女は直接お会いしている分、より効果があったようですわね。
「ユーミリア嬢!?」
「卑怯だぞ、アンドレア嬢。そんな言葉で彼女を怯えさせるなっ」
「そうですよっ。純真で心の綺麗なユーミリア嬢に、神竜様の裁きが下る筈が無いのにっ。貴女はいったい、どれだけ彼女を疑い、傷つければ気が済むんです!?」
「ユーミリア嬢。追い詰められた悪女の脅しの言葉になど聞かなくていいからっ」
「大丈夫だから落ち着いて。私達が彼女から貴女を守ってあげるから。可哀想に、こんなに震えて……」
取り巻きの青年達は、口々にそう非難し、怯える彼女の視界からアンドレアを遮るように取り囲み、落ち着かせようとする。
しかし、恐怖に駆られた彼女には、彼らの慰める言葉が耳に入っていないようだ。
『……こんなはずじゃ、なかったのにっ……あともうちょっとで幸せになれるはずだったのに。もう、いやだぁ……死にたくない死にたくない死にたくない……』
下を向いて何やらブツブツ呟いていたと思ったら、キッと顔を上げてこう宣言した。
「えええっと……あのっ、そ、そうだわっ。わ、私、貴女から嘘つきだと決めつけられて、とっても傷ついちゃって、あまりの理不尽さに衝撃を受けたんです。それで、急に気分が優れなくなっちゃいましたの! 神竜様の真偽の審判を受けられないのはとっても残念ですけど、権力を笠に着て、か弱い女の子をこんなに酷い状態へと追い込んだ貴女が悪いんですからねっ。では失礼しますっ」
盛大に狼狽えながらもなんとか絞り出した言葉は、取ってつけたような拙い言い訳だった。
そして、一方的に早口で捲し立てた後は、もう用はないとばかりにさっさと身を翻す。
……。
「……え?」
「なっ!?」
「あっ、ちょっ、ユ、ユーミリア嬢!? どうしたんです、急に!?」
「退いてくださいっ。そこを通して! 私はもう帰りたいのよっ」
「ユーミリア嬢!?」
王子を初めとした取り巻き達が引き留めるのも聞かず、ことごとく置いてきぼりにして、成り行きを見守っていた貴族たちを掻き分け、脱兎のごとく駆け出していったのだった……。
あまりの急展開に、ユーミリアが逃げ出していった方角をみて、暫し呆然としていたロバート王子と取り巻きの青年貴族達だったが……。
だがそれでも、彼女に関することに対しては我に返るのが早かった。
「はっ!? ユ、ユーミリア、待ちなさいっ。そんなに走っては危ないっ」
「すぐに追いかけようっ。彼女を一人にするな! 可哀想に……あんなに怯えているんだ。早く近くに行って彼女の心を守ってあげないと!」
「ああ、繊細な彼女には逃げ出したくなるほど、この場にいるのが辛かったでしょうから」
「……っ! そうですねっ。彼女を虐げる不愉快な方のいる場所に、これ以上留まる必要はないです。行きましょう!」
「ああ、わ、分かったっ」
と言うように、最後までアンドレアを貶める侮蔑の言葉を口々に吐いてから、ユーミリアの後を追って全員、舞踏会の会場を出て行ったのだった……。
「あら、まぁ……何てことかしら?」
アンドレアは、バカ騒ぎを起こした一団が退場していくのを見ながら呆れたようにため息をつく。
「語るに落ちるとは、まさにこのことですわねぇ。人を押し退けながら元気いっぱいに力強く、走り抜けて行かれましたこと。あれのどこが深く傷つき、体調を崩されたご令嬢だというのかしら? これでは彼女の行動そのもので、嘘を認めたのと同じことですわね」
――結局、断罪はもう、よろしいのね?
あれだけ騒ぎ立て、
肝心の罪人(笑)を置き去りにして、皆様まるで風のようにさっさと立ち去って行かれましたし、ね?
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