ヒロインに悪役令嬢呼ばわりされた聖女は、婚約破棄を喜ぶ ~婚約破棄後の人生、貴方に出会えて幸せです!~

飛鳥井 真理

第一章 婚約破棄

第1話 婚約破棄



「アンドレア嬢、貴女との婚約を今この場で破棄するっ。理由は言わずともわかっているね?」


 それは、ロバート第一王子との正式な婚約式の前夜に行われている、王城での豪華絢爛な舞踏会でのこと。この日の為にと競うように着飾った大勢の貴族達が集まる場で宣言された、センセーショナルな発言。


 唐突で一方的告げられた第一王子殿下の言葉に、お祝いムードで楽しげに笑いさざめいていた周囲も何事かと訝しみ、思わず口を噤んで様子を伺う。


 徐々に事態の異様さを感じとると、人混みでごった返していた会場は、いつの間にか彼らの周りだけポッカリと空間が生まれ、まるで波が引くようにざわめきが収まっていく……。


 そして今度は、シイィィン……と、痛いほどの静寂が訪れた。


 いつの間にか賑やかだった音楽も止まり、水を打ったかのように静まり反った会場では、参加している貴族たちの好奇の視線が吸い寄せられるように一点へと集中していく。



 ――アンドレア・キャメロン公爵令嬢……。



 人々の注目を一身に浴びることになったのは、一人の高貴な令嬢だった。複雑に結い上げられた豪奢な金髪は、シャンデリアの光を受けて宝冠のようにキラキラと輝き、長い睫毛に縁取られた少しつり目勝ちの緑の瞳は、まるで宝石を嵌め込んだかような強い輝きを放つ。 真珠のように美しい艶肌とふっくらとした唇には、匂い立つような色香があった。


 十人中十人が美人だと断言する美貌の持ち主だが、くっきりとした派手な顔立ちは、彼女を必要以上に気位が高く、意志の強そうな女性に見せている。


 襟ぐりが少し深めに開いた深紅のドレスは、胸元から裾にかけて細かな刺繍や宝石が贅沢にほどこされ、着る人を選ぶ豪華さだったが、その輝きにも負けない、咲き誇る薔薇のように華やかな美しさを持つ人でもあった。まだ十七歳の少女だというのに、この会場の中でも一際、鮮やかで圧倒的な存在感を放っている。




 その彼女と対峙する形で、第一王子とその取り巻きの青年貴族達が、ふわふわと砂糖菓子のように甘く、愛くるしい顔立ちの小柄な男爵令嬢を守るようにして立っていた。


 こちらも、見た目は文句なしに可憐な美少女だ。夢見るようなベビーピンクの髪に、青空を閉じ込めたかのような優しい色合いのクリクリとした大きな瞳。ふんわりと膨らんだ光沢のあるピンクのドレスは、フリルやリボンをたっぷり使った可愛らしいデザインで、まだ大人に成りきっていない瑞々しい雰囲気の彼女によく似合っていた。


 何故か既に涙ぐんで、小動物のように小さく震えているのは、思いの外冷たい眼差しを、取り巻き以外の貴族達から一斉に浴びせられて怖じ気づいたのか……。


 いずれにせよその姿は、成人したてで経験不足の青年貴族たちの保護欲をよほど誘うのか、守護騎士を自称する面々が鼻息荒く張り切って周囲を警戒しているのが、とてつもなく浮いている。


 一体、一番警備の厳しい王城での舞踏会で、なにから彼女を守ろうというのだろう。そもそもこの場所では、男爵令嬢である彼女こそが不審人物だというのに。


 何故なら王家主催の舞踏会には、子爵家以上でないと招待されないからだ。勿論これには例外があって、子爵家以上の婚約者のパートナーとしてであれば、男爵令嬢という身分でも参加可能ではある。がしかし、彼女はまだ誰とも婚約していなかったはずで……?



(まさかそんな貴族社会の常識を、彼らは都合よく忘れる事にしたのでしょうか……)



 場違いなところに、取り巻きの青年達を使って堂々と乗り込んでくるその図々しさ。大人しげでか弱そうな見た目と違って、随分と計算高く強かな少女である。そして、その悪女にコロッと騙されていることに気づいていない、お馬鹿な第一王子と取り巻き達。


 この場の誰よりもベッタリと王子に身体を密着させている男爵令嬢ユーミリアに、未婚の令嬢がする振る舞いではないと、周りの貴族達が眉を潜め、侮蔑するような視線を送っている事も、当の本人たちはまるで気づかない。


 むしろ会場中の注目を集めたとして、満足しているようだ。勘違いも甚だしい。



 今はまだ王子の婚約者であるはずのアンドレアも、正義面して勝手に盛り上がっている彼らに白けた視線を送った。



(全くもう。公式の場でコレでは、臣下として庇って差し上げる事も出来ませんわ……)



 思わずため息がこぼれそうになるのを、押し殺す。そして、険しい表情で睨みつけてくる彼らをものともせず、アンドレアは貴族令嬢らしい優雅さと落ち着きを失わずに、堂々と微笑んでみせた。




「さぁ? 婚約者のわたくしを蔑ろにし、王族の責務より私情を優先なさる方に、お咎めを受けるようなことなどした覚えなどありませんわ?」


「理由が分からないというのかっ」


「殿下に対し無礼ですよアンドレア嬢! 口を慎しまれたらどうです?」


 すかさず口を挟んできたのは、王子の隣に立つスラリとした体躯を持つ銀髪の美青年。


 たくさんいる取り巻きの中心人物で、王子の信頼も厚い宰相の三男、レオン・パーシー侯爵令息である。見かけだけは立派に大人の仲間入りをはたしている彼は、敵意を隠す気も無いようだ。不快なものを見たかのように顔をしかめて糾弾してくる。




 はぁ、態々間違いを教えて差し上げるほど親切ではございませんが、本当に無礼なのは貴方様の方なのですよ?


 いくら宰相閣下のご令息とはいえ、ただの侯爵子息で爵位のない貴方が、仮にも第一王子の婚約者で公爵令嬢であるわたくしの名前を直接呼ぶなんて、それこそ不敬極まりない。一体、これまでどんな礼儀作法を学んでこられたのでしょう……。


 ちらりと宰相閣下のいらっしゃる辺りを拝見してみれば、真っ青になって頭を押さえていらっしゃる。


 お年を召してからできた三男が可愛いのは分かりますけど、だからといって少し甘やかしすぎたようですわね……?





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