桃源女学園からの招待状

辰巳京介

一通目、桃源女学園高等学校

主な登場人物



小竹(こたけ)ナツナ(18)

桃源女学園高等部3年。男子嫌いのため共学から3年の秋に編入してくる。「招待状」の意味を知らず、練馬タカシに招待状を渡してしてしまう。


石神井(しゃくじい)百合子(ゆりこ)(18)

桃源女学園高等部のナツナの友達。父親は桃源物産社員。幼稚舎から桃源学園に通う生粋の桃源っ子。


練馬タカシ(21)

 私立修学院大学4年。活動に苦労をしている。空手同好会。あれこれ考えすぎてしまう性格で彼女ができない。


江古田大輔(21)

私立修学院大学のタカシの友達。空手同好会。さっぱりした性格。


1.


ある晴れた秋の日。

A県B市のあちこちで、招待状が配られた。

渡したのは桃源学園女子高等部の3年の女子生徒、渡されたのは町の20歳前後の男子たちであった。


「桃源女学園の学園祭へいらっしゃいませんか?」

そう言って、修学院大学4年の練馬タカシに1通の封筒を差し出したのは、桃源女学園高等部の制服を着た、二人組の美少女のうちの、ショートヘアで目のクリっとした少女だった。


桃源女学園は幼稚舎から短大まである、A県の名門私立校である。

規律に厳しい校風で、そのため、短大の卒業生の企業での評価は高く、就職率は際立ってよかった。

ショートヘアで目のクリっとした少女は、ウエストがくびれ胸のふくらみが白いブラウス際立っていた。そして、傍らで微笑んでいたもう一人の美少女は、髪が長く、スレンダーな美少女だった。笑顔には清楚な感じが漂っていた。

タカシはさっきから小一時間ほど、一人で河原に腰掛け、水の流れを見つめていた。就職活動中の彼は、今朝、今週で四通目の「不採用通知メール」を受け取ったところだった。


「桃源女学園の学園祭へいらっしゃいませんか?」

そう言われ、二人の美少女から差し出された封筒を受け取り中を開けると、チケットが入っていた。

『桃源女学園文化祭『桃源祭』ご招待状』

そう印刷されていた。学園祭の招待状?

「これは、来週ですか?」

そうつぶやいて、タカシが顔を上げると、二人の後姿は、すでに土手沿いのサイクリングロードを歩き出していた。

タカシがぼんやりと二人の後姿を眺めていると、ショートヘアの子の方が振り返り、タカシに向かって小さく手を振った。

振り向くとき、ミニスカートから覗いた白い脚が、タカシの脳裏に焼き付いた。

「なんだ?」

もう一人の、ロングヘアの清楚系の美少女から封筒を手渡された江古田大輔も困惑していた。


2


大学に戻ったタカシは、四通目の不採用通知のことなどすっかり忘れ、学食の窓際の席に一人で座り、たった今、二人の美少女から手渡された招待状を眺めていた。

学園祭の開催日は、十一月の最初の週の三日間と記されている。来週の週末だ。不思議なことに、タカシは「桃源女学園」という大学名に聞き覚えがなかった。

大輔も招待状を取り出すと、チケットをしげじげと眺めた。

「学園祭の招待状?」

「みたい、だな」

大輔は、招待状を見つめたまま、ストローからアイスコーヒーを吸った。

「桃源女学園・・・」

「お前、聞いたこと、あるか?」

「ん・・」

大輔は微妙なリアクションを示した。

「んん・・・」

そして、大輔は、また少しうなった後、

「ああ!」

と、何かを思い出したようにうなずくと、スマホを取り出し、

「確かね」

そう言いながら、登録名をスクロールしていった。

「あった、こいつだ」

そう言うと、大輔はすぐその相手に電話をかけ始めた。


「あ、高木? 久しぶり、どお? ははは、そっか。ところでさ、お前、だいぶ前だけど、何かいいバイト見つけたとか言ってなかったっけ、桃源なんとかって学校で」

タカシは、大輔の会話の表情を見つめていた。

この高木という男が、以前、桃源女学園の名前を口に出していたことを大輔は思い出した。しかし、

「え? 知らない? そーか」

高木は桃源女学園など知らないという。大輔は当てが外れたように、がっかりした声を出した。

「お前じゃなかったか・・・、いや悪い、サンキュウ」

大輔はそう礼を言い、電話を切った。


「や、何か、聞いたことあるような気がしたんだよ、こいつから」

大輔はスマホを指差しながら、いぶかしげな表情をした。

「何を聞いたんだ、その高木から?」

「だから、こいつがなんかすごいはしゃいで、いいバイト見つけたって他の奴に話してたんだ。そのときのバイト先が桃源女学園って言ってた気がしたんだけど、誰から聞いたんだっけなあ・・・」

そう言うと、大輔はまたスマホをスクロールした。そして、

「俺は行く。あんなかわいい子からの招待を断る理由はない」

大輔はスマホを操作しながら言った。

「大丈夫かな、何か売りつけられるとか・・・」

内気なタカシはそう返事をすると、しかめっ面をしてスマホを検索している大輔を目の前にして、改めて招待状を眺めた。

「来週か・・・」

タカシは少し緊張してきた。


3


「あー、女子高っていいなあ、あたし女子高に憧れてたの」

小竹ナツナは、そうつぶやいて、両手を大きく開いて空へ伸ばした。ボリュームのある胸が白いブラウスの中で動いて、セーラーの隙間から素肌のおなかがチラ見した。

桃源女学園高等学校三年の小竹ナツナと石神井百合子は、街で『招待状』を手渡して、さっき学校へ戻って来ていた。


ナツナは胸が大きい。

小6のときにはすでに、担任の若い女教師よりグラマーだったし、胸のことで男子生徒からからかわれたこともあった。

中学に入ってからは、今度はナツナの方が逆に男子の視線を意識してしまった。常に、自分の胸に男子の興味が集中しているように錯覚してしまったのだ。

男子ってなんか苦手・・・

「あたしね、少女漫画が好きでね、女子だけの学園生活に憧れてたんだあ」

「それで転校してきたの? 高三のこの時期に?」

「そうなの、何てね。冗談。さすがにそれは嘘。お母さんに勧められたの。ここの短大ってすっごく就職いいんでしょ?」

「みたいね・・・」

「すごいね、何でかしら」

「うん・・・」

百合子はその理由にうすうす感づいているらしかったが、何も言わなかった。


緑の多い、この「桃源女学園高等学校」のキャンパスには、同じ制服の女子学生が笑顔で行き来していた。

「それにしても、この学校って・・・」

と、ナツナが切り出した。

「ん? 学校がどうかしたの?」

「かわいい子、多いのね」

ナツナはそう独り言を言い、キャンパスの女子学生を眺めてみる。確かに、どの子もどの子もみんなかわいい。そしてスタイルもいい。

あそこの銀杏の木にもたれて携帯を見ている女の子なんか、読モぐらいにはなれそうだ。

それに、この百合子にしても相当の美少女だ。

さらさらのロングヘアを肩に広げ、ちっちゃな顔に切れ長の魅惑の瞳をしている。胸も大きくはないが形のいい小高いふくらみを持っている。

なによりウエストが細い。蟻みたいだ。

「百合子、この学校ってさ、かわいい子多くない?」

ナツナはもう一度聞いてみる。

「学校の方針も、あるのかなあ・・・」

「学校の方針?」

「うん」

百合子はうなづいた。


「それからさあ」

「何?」

「この制服、ちょっと、エロくない?」

「そおお?」

ナツナは転校が決まって制服にそでを通した時から、胸元が開きすぎている感じがしていた。よりによってコンプレックスを逆なでするなんて。

だが、百合子はそんなことどうってことないよって感じで、

「ナツナ巨乳だからね。でも、似あってるよ」

かわいく笑うだけだ。


「ん?」

笑っている百合子の肩の向こう辺り、校舎の入り口のあたりで、ナツナは今、一人の男子が歩いているのが見えた気がした。

「ちょちょちょ百合子、男子がキャンパスにいる!」

「そお?」

だが、百合子は驚いていないようだった。

「な、何で? 女子高の構内に何で男子がいるの?」

「順番に説明するから。そうだ! ナツナ、まだ校内全部見てないよね、体育館案内してあげる。広いのよ」

百合子はそう言うと、ナツナの手を取り歩き始めた。


ナツナは百合子に案内され、校内を歩いた。

百合子の言うとおり、学園の施設は素晴らしかった。

広いグラウンド、立派な体育館に温水プールに図書館、PCルーム、緑の多い中庭、茶道、華道専用の部屋やダンスルーム、劇場、プラネタリウムまであった。

「あとね、私たちの女子寮は向こう、おっきなお風呂があるのよ、あとで、一緒に入ろうね」

百合子は普通に言った。

「すごいね、お金あるって感じ」

ナツナが素朴な感想を述べると、

「うちの学園はね、桃源グループの一つなの、このA県の企業はほとんどこのグループの傘下なのよ、で、その収益がこの高等部や短大に使われてるの」

百合子が説明する。

「へえ・・・、桃源グループ」

桃源グループと言う名をナツナは聞いたことがなかった。

「グループの中心はね、桃源物産株式会社。すっごく儲かっててお給料やボーナスがたくさん出るの。パパの勤めてる会社」

「いいなあ、うちのパパの会社とは大違い。百合子パパは桃源物産の社員なんだ」

「うん。お休みもたくさんあって、ただで使える施設とかもたくさんあるから、よく連れて行ってもらえるんだ」

「うらやましい。でも、今のこの時代に何でそんなに儲かっているのかしらね、百合子のパパの会社」

百合子は、人差し指をあごに当てた。

「うーん、よくはわかんないけど、やっぱり理事長の狭山初子がすごいんじゃないかなあ」

「理事長の狭山初子?」

「そお、桃源グループのトップ。この学園の理事長でもあるの。その狭山理事長の経営方針のせいじゃないかしら」

「へえ、どんな経営方針なんだろ・・・」

「よくわからないけど、学園の校訓は『女性はやさしくあれ』なの」

「へえ・・・、何て言うか、普通って言うか、強いて言えば『古い』って言うか、あ、ごめん」

「でもね、グループ全体の社訓もこれなのよ」

「そうなんだ」

ナツナはよくわからなかったが、いずれにしてもその理事長の手腕がグループ内の業績を上げ、学園の就職率も上げているらしい。でも、それがあの校訓とどう結びつくんだろう。

ナツナがそんなことを考えていると、百合子は、別のことを考えているようにぼんやりしていた。

「どうしたの?」

百合子は少しうつむいて話し出した。

「あの人でよかったのかなあと思って」

「あの人? 誰?」

「さっきの男の子たち」

「ああ、さっきの招待状渡した学生さん?」

「ちょっと頼りなさそうだったから」

「いいじゃない、学園祭の招待状ぐらい」

そんなナツナの言葉に、百合子はちょっと難しそうな顔をした。


今朝、ホームルームで担任の長崎先生から、今日は一日街へ出て学園祭の招待状を渡すよう言われ、出かけたナツナと百合子だった。

渡す相手を百合子に任せていたナツナたち二人だったが、百合子が迷い、全然決められず午後になってしまっていたのだ。

「あの人にしよ?」

「え? ちょっとナツナ・・・」

そんな二人が河原へ来たとき、川面を眺めているタカシ姿が目に入ったナツナは、走り出して、招待状を渡してしまったのだ。


「ああ、さっきのことね・・・」

百合子の表情を見て、ナツナも、ちょっと軽率だったかもと思った。

百合子は、さっきまでの明るい表情とは打って変わって、顔を曇らせうつむいている。ナツナは少しだけ自分のしたことを後悔した。

「あ、ごめんね、百合子。あたし、勝手に招待状渡しちゃって」

「ううん、いいんだけどね、誰でも、こういうことは出会いが肝心だから。うん。慎重に選べばいいってもんでもないし、うん」

百合子は、何かを自分に納得させようとしているようだ。

「あの、百合子? でもさあ、ただの学園祭の招待状でしょ? そんなに重く考えなくても・・」

そう言いかけたとき、百合子がナツナを睨んだ。

「あれ、ただの招待状じゃないよ?」

「え?」

百合子の真剣な表情にナツナは驚いてしまった。

「あ、ごめん、いいの。ナツナは転校したてでまだ知らないんだもんね」

そこへ、チャイムが鳴り響いた。終礼のホームルームが始まる時間だ。

「大変! ホームルームに送れちゃう!」

百合子がスカートをひるがえし走り出す。

「待って!」

ナツナも慌てて後を追った。


4


教室に戻ると、他の女子学生たちは全員席に付き、姿勢を正していた。二人が教室に入ると同時にチャイムが鳴り終わった。

「そんなに走らなくても・・・」

ナツナが後ろから肩で息をしながらそう言うと、

「ホームルームに遅れたら大変よ、うちの高校校則すっごく厳しいから」

ナツナたちが慌てて席に着くと同時に、担任が教室へ入って来た。


担任の長崎先生とは、朝のホームルームで会っている、若いイケメンの教師だった。

女子学生たちは起立をし、挨拶をして着席した。

「今日はみんな、一日街に出て大変だったね。思い出に残るいい学園祭になるといいね。ナツナ、きみは今回が初めてだったけど、どうでしたか?」

長崎は近づいてくると、ナツナの髪を撫でながらやさしくそう言った。

「えっと・・・」

ナツナがしどろもどろした。男性から髪に触られるのは慣れていない。

「ナツナは積極的に男子に招待状を渡していました」

と、手を挙げ百合子が答えた。

「ちょっと、百合子」

ナツナが顔を赤らめ、教室が湧いた。


ホームルームが終わり、二人は帰り支度を始めていた。

「あのね?」

「ん?」

「こないだから思ってたんだけど、この学校の男の先生、私たちを下の名前で呼ぶの?」

「そうだけど、他の学校は違うの?」

「今までのとこは、何々さんって呼ばれてたから、なんかちょっと違和感っていうか」

「そお?」

百合子は帰り支度を終え、カバンに教科書を入れるナツナを待っている。

「あとね、先生、やたらあたしたちの髪とか肩とか、あと背中とか、触ってくるよね、何でかな」

「それって、だめなこと?」

「ややや、触るのはまずいでしょ、あたしたち女子高生なんだから」

ナツナは、不思議そうな顔の百合子の後について教室を出た。


ナツナが教室を出て、ふと柱の物陰に目をやると、担任の長崎が、なんと同じクラスの百瀬はるかにキスをしていた。

「ええ! うそ!!」

ナツナは駆け足で百合子に追いつくと、

「ねねね、百合子、今担任の長崎とうちのクラスのえーと、あ、百瀬はるな、キスしてた、キス」

すると百合子は立ち止まり振り返り、

「ああ、あの二人、付き合ってるから」

と、あっさり言うと、またとことこと歩き出した。

「ど、どーいうこと? 先生と生徒が? 付き合う?」

「そうだけど?」

「どうして・・・」

「うちの学校、先生と生徒の恋愛OKなの」

「えー!」

ナツナ、が驚くと、

「先生とだけじゃないけど」

と百合子は平然と言う。

「ど、どういうこと?」


ナツナと百合子は並んで階段を降りて行った。

ナツナには百合子に質問したいことが山積みだった。

「あのさあ百合子、いくつか質問したいことがあるんだけど、えっと・・・」

けど、ナツナは何から質問していいかわからない。多すぎるのだ。

階段を下りると二人は一階に着き、百合子は外へ出た。だが、そこはさっき入って来たところとは違う、裏口なのだろうか、中庭になっていて真ん中には桜の木が生えていた。

「ここは?」

「私たち桃源女学園の女子学生たちが、恋人を選ぶ場所」

「ええ?」

「通称『語らいの庭』よ」


語らいの庭と呼ばれたその中庭では、高等部の女子学生たちが数人、男子と談笑していた。この男子たちはどこからやって来たのか、ベンチに座り膝を触れ合いながら、ある女子学生は男子に手を握られ、木陰ではキスをかわす二人もいた。

一組のカップルが腕を組みベンチから立ち上がると中庭から出て行った。たしか、あっちは女子寮のある方向だ。まさか、昼間から学校で愛を確かめ合う?

「あ、あの二人どっか出て行った・・・あの二人もしかしたらこれから・・・」

「ナツナ?」

「ん?」

「さっきの招待状渡した男の子とね」

「うん」

「学園祭で、私たち恋人になるのよ」

「え?  恋人になるって・・・」

「学園祭の期間中に、つまり、あの男のと、Hするのよ。そういう校則なの」

百合子はそう言って少し頬を赤くしたが、ナツナは百合子の言っていることがピンと来なかった。





                     1通目 桃源女学園高等部 終わり

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桃源女学園からの招待状 辰巳京介 @6675Tatsumi

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