第15話:従順

「どういう事だ。」

「ハルさんは胡蝶の為に色々頑張ってくれてるわ。でも少し認識が甘い気がしたのよ。そう思わない?」


 ここへ来るまでの俺だったら「そんな事はない」と否定していただろう。だがあの噂話を聞いた後では・・・


「思う。コハルの言う通りかな。」

「でしょ。だからね?」

「なるほど、コハル、ありがとう。」


 さすがだなと感心してしまう。さっき「大事な話があるんだろ?」と俺が聞いた時、コハルはとぼけていたのだ。やはり裏があった。口で言ってくれればよかったのにと思わなくもないが、言われただけではきっとわからなかっただろう。だからコハルは俺に何も言わず、噂話を聞かせたのだ。


「敵わないな・・・さすが長く生きてるだ・・・」

「ふふ・・・それは言わないほうがいいわよ?」


 コハルが死にたいのかしらと威嚇してくる。


「じ、冗談だ。あ・・・で、昨夜の客に何したんだ?」


 聞くのを忘れるところだった。あの客が廃人になったというのは間違いなくコハル達の仕業だろう。


「なんのことかしら?」

「とぼけるな。」


 これは流石に引き下がるわけにはいかない。まさか俺の知らないところでアマネ達が暗躍してるとは思わなかった。


「知らないわ。知ってても教えない。だってハルさんは別に胡蝶の支配人じゃないもの。」

「・・・む・・・。」


 それを言われると正直弱い。アマネに「胡蝶を有名にしてやる」とは言ったが、経営者が変わったわけでもないし、責任者になったわけでもない。胡蝶はアマネの物だ。アマネが口止めしてるのであればコハルは絶対に話さないだろう。


 それにコハルやヨギリは俺が知らないあの店の目的を知っている。つまり共同経営者に近い立場にいるのは俺じゃなくコハル達だ。


「それ言われるとな・・・でもコハル、駄目か?」


 コハルが口を滑らすとも思えない。口を割るとも思えない。ならもう普通に頼むしかないだろう。俺はダメ元でお願いしてみる。


「そ、その顔はずるいわ・・・卑怯よ・・・もう・・・。」


 あれ、なんか効果的だ。何でかはよくわからないが、話してくれるならもっと頼んでみるとしよう。


「コハル、お願い。」

「ああ、もうわかったわよ!」


 勝った。珍しくコハルに口で勝てた気がする。ちょっと嬉しい。


「胡蝶で問題を起こした客はね・・・私達で処理するのよ。あ、でも勘違いしないでよね。殺したりはしないわ。」

「全員か?」

「いいえ、全員ではないわ。ハ・・・じゃなくて・・・こ、胡蝶に今後も不利益を与える可能性がある客だけよ。」


 何か一瞬別の事を言いかけた気がするが気のせいだろうか。


「『ハ』なに?」

「た、ただの言い間違えよ。気にしないで。」

「そっか。それで不利益の判断は誰が?」

「アマネよ。私やヨギリの時もあるけどね。」


 どこかホッとした表情を浮かべているコハル。


「そうなのか・・・全然知らなかったぞ。」

「だってハルさん鈍いもん。」

「え、そんな事ないだろ。どちらかというと鋭いほうだぞ?」

「はい?本気で言ってるのそれ・・・?」


 コハルがもの凄い呆れ顔で見つめてくる。


「なんだよその顔は。」


 失礼な。確かにさっきの胡蝶の噂については知らなかった。それは認めよう。だが俺は間違いなく鋭い。根拠はないがそんな気がする。


「コハル達の気持ちだって誰よりわかってるぞ。」


 胡蝶は女性しかいない職場だ。そういう意味ではその辺にいる男なんかよりずっと女性の扱いは上手い。最初の頃は確かに下手だったかもしれない。だが1年経った今では大分成長したはずだ。


「はぁ・・・はいはい、そうね。」

「わかってくれたならいいんだ。」


 まったく、酷い勘違いだ。とにかく認識を改めてもらえたようでよかった。


「じゃあそろそろ帰るか。」

「そうね、そうしましょう。」


 俺は席を立ち、さっさと店を出る。お腹も膨れたし、眠くなってきた。早く帰って休むとしよう。



 * * *



「ち、ちょっとハルさん、お金は・・・。」 


 コハルは慌ててハルを呼び止める。だがハルはコハルの呼びかけを無視して店を出て行ってしまった。


「何してるのよ、もう・・・」


 しょうがない、ここは私が払っておこう。まったく、だからハルさんは駄目なのよ。全然女心わかってないじゃない。


 コハルはウェイトレスに声を掛ける。


「ごめんなさい、お支払いをしたのだけどいいかしら?」

「あ、お支払はもう済んでおりますので、大丈夫ですよ。」

「え・・・?」


 一体いつのまに。


「あ、こら、ハルさん!待ちなさい!」


 コハルは慌てて店を飛び出し、ハルの後を追う。


「どうした、コハル?」

 

 ハルは店の外で待っててくれたらしく、とぼけた顔で聞いてくる。


「どうしたのじゃないわよ!おいてかないでよ!っていうかいつお会計したのよ!」

「うん?ああ、店に入った時に。帰る時にばたばたするのも嫌だしな。」

「そ、そうなのね。でハルさん、おいくらかしら?」

「いいよ。楽しく食事出来たお礼だ。ありがとな、楽しかったよコハル。」

「――っ!」


 なによそれ・・・ずるい・・・。いつも鈍感で女心なんて何もわかってないくせに急にこう言う事するのは卑怯よ。


「また付き合ってくれ。」

「う、うん・・・しょうがないわね。」


 ハルは偶にこういう事をしてくる。しかも計算でなく天然でしてくるから余計に質が悪い。計算ならいくらでも読めるし、そんな男の扱いなんてお手の物だ。でもハルにはその読み合いが通用しない。上手く私の手のひらで転がってくれない。


 それが悔しい。不意打ちされるのが悔しい。でも・・・嬉しい。


「ハルさん?ちゃんと私を家までエスコートしてね?」


 そう言っておもいっきりハルの腕に抱き着く。


「おい離れろ。歩きずらいだろうが。大体コハルの家は逆だし、めんどく・・・」


 とりあえず持っていたバッグでおもいっきりハルを引っ叩く。


「痛っ・・・!コハル、お前・・・!」

「あら、何か言ったかしら?」


 今度は足で軽く蹴飛ばす。これでハルも従順になるだろう。


「い、いや。コハル、家まで送ってやるよ。」


 まったく。やっぱり女心なんてわかってないじゃない。これからも私がしっかり教育してあげないと駄目そうね。


「ふふ、よろしくね?」 

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