祝:金策成功?!

「師匠、これを見てください。この10万しか残ってないお金を見てください」


 「はい」


 「ドリアンさんから奪った全財産、いくらだか覚えていますか?」


 「奪ってない、献上してくれたの」


 「いいえあれは恐喝して奪ったものです。カツアゲと一緒です。それでいくらでしたか?」


 「380万です」


 「それが?今じゃ?10万。あれ~?おかしいですねえ~?」


 「全面的に私が悪かったですごめんなさい」


 「はぁ…」




 あの後、ニーナの渾身のハイキックを受けたパンツは入院。


 巻き込まれた群集も軽度の怪我をするものの死人はいなかった。


 だがしかし、巻き込まれた群集から避難殺到は必至。


 許してやるから治療費を払えと激しいブーイングを受けた。




 「1億歩譲ってドリアンの治療費ならわかるよ怪我させたの私だし!でも巻き込まれたノロマのことなんか知ったこっちゃないのに!私悪くないし!」




 まずその発言がおかしい、事件を起こしたのはニーナなのだから。




 「師匠のトドメの一言がいけないんでしょうが!何が『あの程度の飛来物すら避けられないあんた達が悪い』ですか!それでみんな意地でも払わせようとしたんでしょうが!」


 「すみません…」




 ギルドの破壊はある程度負担してもらったものの、壊した側が払った額のほうが大きかった。




 「もっと加減って言葉を覚えてくださいねほんと…」


 「したつもりなんだよ?しなかったらドリアンさんの頭だけ吹き飛んでいくことになってたからね?」


 「怖いこと言わないでください!」


 「まあ反省してるから、今日はギルド行って仕事するから!」




 さすがに反省の色が濃いニーナ。


 ダメ人間ではあるが、クズ人間ではなかったようで安心する。


 脅して財産奪ってるからやっぱクズか…と思うイールだが仕事へのやる気を出してくれてるからグッと我慢する。




 二人はギルドへ到着してからよさげなクエストを探す。


 『クリスタル』と『ゴールド』の異色のコンビ故に、クエスト探しは難航している。


 ドリアンが脱落したことによりギルド唯一の『クリスタル』ということでパーティーへの誘いなどもかなり多かったが、イール育成の事もあるためすべて断った。




 「どうしよっか、ちょうどいいのないね…」


 「(まずい!このままではダメ人間スイッチが入ってしまう!)」




 全身から汗を吹き出すように焦燥に駆られ、思考回路を全開に回す。


 ダメだ!せっかく働く気になったんだ!考えろイール!


 世界の時がゆっくりに感じるほどの刹那の時間にその答えに行きついた。




 「じゃ、じゃあ!ほら、僕役に立てないかもしれないけど『クリスタル』のクエストにしましょう!報酬も高いし一回クリアすればしばらく働かなくていいですしね!」


 「まあそれもそうかな?ううむ…」




 現在クリスタル向けのクエストは3枚。




 【アダマングレートトータス討伐】


 ・報酬38万ゼニー


 【キングキマイラ2頭の討伐】


 ・報酬45万ゼニ―


 【エンパイアドラゴン討伐】


 ・報酬150万ゼニ―


 ・要クリスタル限定の5人パーティー以上。




 「(ほへーさすが『クリスタル』報酬もさることながらどの相手もとんでもない化け物しかいない…というかドラゴンだけは絶対ダメ!やばすぎるからマジやめてください!お願いします!)」




 このすべての相手が一国の騎士団を壊滅させるほどの相手だった。


 そんな相手のクエストでも動じずに悩むニーナ。




 「ねえイール。私地名とか言われても覚えてないんだけどさ、この3枚で一番近いクエストってどれ?」




 世界を放浪していたくせにまったく地名などを覚えないニーナ。


 というより興味があることしか基本頭に入ってこないのだ。


 だから人の名前も大して覚えない、覚えてもすぐ抜け落ちてしまう。




 「ええとですねえ…あ、エンパイアドラゴンのならちか、間違えました!一番遠いですね!師匠でも日帰りでは帰ってこれないですねハハハー!」




 あっぶねええええええ!ドラゴン、ダメ絶対!




 「怪しいな…」


 「ほ、ほら!キングキマイラなら師匠の加速バフ使えば3時間ぐらいで着きますよ!」


 「ジー」


 「ですから、あの師匠、あれですからね?」


 「本当の事を言いなさい」


 「エンパイアドラゴンが一番近いです…」




 ちきしょう!こんな時だけ勘のいい人だな!




 「いやでも5人って書いてありますし、さすがにドラゴン相手に三神だからって無視は出来ないんじゃないですかね?」




 そう思うのも当然だ。


 だって募集要項は5人だもの、普通にアウトだと思う。




 「すいませーん、これ5人以上って書いてあるけど二人で行っていいですか?」


 「ニーナ様なら構わないニャ」


 「くそう!!あとやっぱ僕も人数に入ってるんですね!!」




 努力空しく、敗北を期したイール。


 嫌な予感しかしないし、戦いの余波だけで僕死ぬのでは?


 不安で胸がいっぱいなイール。




 「よしいこっか」


 「え、ドラゴン相手に剣一本はさすがにまずくないですか?回復薬とか揃えないと危ないですよ」


 「大丈夫でしょ、さすがにやばいやつ相手だったら入念にするけどさ」




 この人の中でヤバイ敵ってどんな敵だよと思いながら街の外へと向かう。


 魔物と呼ばれる生物にはD~Sランクの危険度が設定されている。


 地竜と呼ばれる空を飛べない個体を除き、ドラゴン種はほぼすべてが危険度S。


 エンパイアドラゴンも例に漏れず危険度はSなのだが、その中でも下位の立ち位置に設定されている。


 しかし危険度Sな時点で『アダマン』か『クリスタル』階級でなければまったく歯が立たないほどに、大概にして強いと言える。


 そんな相手に呑気にあくびをしながら正門へと向かって歩いていくニーナの適当さはSSS+ぐらいの無計画感がある。




 正門を出てから5分ほど歩いた、ひたすら平地が続く広い場所でニーナが立ち止まる。


 立ち止まっただけなのにイールには何が起きるのかがわかってしまう。




 「よしここら辺なら大丈夫でしょ」


 「またあれやるんですか…死ぬほど怖いから嫌なんですけど…」


 「じゃあ私と同じぐらい速く移動できるようになってね」




 そんな嫌悪感全開になるような移動法とは。


 おもむろにイールを脇に抱えて軽く足のストレッチを挟む。


 自分に速度上昇の魔法をかけ、軽く腰を落とす。


 数舜、地面を爆砕し大跳躍。


 風すら置き去りにする矢のように一直線に飛ぶ。




 「ぬおおおおおおおおおおおおわああああああああああああああああああああ」


 「うるさいなあ…」




 それから2時間、叫び続けるイールだった。




 対象が住んでいる巨大山脈に到着した二人。


 エンパイアドラゴンが住んでいるのは山頂の火山口。


 そこまで警戒を怠らず、襲ってくる魔物を駆逐しながら進むニーナはさすがの腕前と言えるだろう。




 「あ、こいつの角って確か薬になるとかで売れなかったっけ?」


 「あー、『メタルホーン』の角ですね。結構な値で売れるみたいですし持ち帰りますか?」




 呑気に金策に励んでいるが危険度Aの魔物だ。


 非常に硬質な甲羅に覆われたサイのような生物、角は薬に使用され甲羅は武具に使用されるほど。貴重な素材をその身に宿しているが、その分討伐は困難とされている。




 「さすがに甲羅は無理ですね…」


 「いい値で売れそうなのになあ、勿体ないけど諦めるしかないか…」




 そう言い角だけ切り取りイールのバッグに詰め込んで山頂を目指す。


 硬質で重量感が凄まじい角を数本背負って登山しているイールが、ぜぇぜぇと息を切らしているがニーナにとっては粗末な事だった。




 そして山頂に着いた二人は唖然とする。




 「オーホッホッホ!三神のニーナ・シュレインともあろう者がここまでノロノロと来るとは底が知れますわね!」




 そう声高に叫びながらその場にいる見目麗しい女性。


 夜空を濃縮させたような美しい黒髪。


 その瞳も深い黒。


 そのしなやかな手に持つ金色のロッドは一目で高級品だと分かるほどの一品。




 「し…師匠?知り合いとかですか?」




 困惑から抜けられない二人。


 首を横に振るニーナ。


 恐る恐るイールがその女性に尋ねる。


 以前からニーナに対し野試合を仕掛ける人達はたくさんいた。


 しかしわざわざこんな辺鄙へんぴな場所で…?


 うーむ…




 「あの、すみません。師匠も僕もあなたの事を存じ上げないのですが…」




 と申し訳なさそうに語りだした途端。




 「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」




 耳に突き刺さるような声量でニーナが驚愕する。黒の女性、ではなくその足元を見て。




 「ッ?!びっくりした!もう、静かにしてられないんですか!」


 「イールあの黒いのの足元見て!許せない!」


 「黒いのとは失礼ですわね?!」




 失礼な事を口走りながら視線を向ける。


 その女性の足元。


 というより立っている物。


 イール達の討伐対象がそこに横たわっていた。




 「ああ、これが目的でしたのよね確か。来るのが遅いし待つ間邪魔だったから片付けさせてもらいましたわ」




 ドラゴンをたった一人で討伐。黒い人はただの黒い人ではなく、ニーナと同じ世界有数の戦闘技術を持っているようだ。


 裏付けるかのように周囲には激しい戦闘跡などはなく、ドラゴンの胸に大きくくり抜かれたような傷。


 武器がロッドな事から見ても魔術師、しかもかなり高位の魔術を行使できるようだ。




 「クリスタル5人要する相手をたった一人で?!師匠!あの人かなり強いみたいですよ?!」


 「あら、そっちの貧弱そうな君は物分かりがいいようね!」




 やたらとテンションが高い黒い人は豊満な胸を張りながらドヤっている。




 「そういえば…噂で聞いたことが…『クリスタル』に化け物レベルの女性の魔術師がいるって話を…」


 「へぇー私の噂がそちらまで流れているとは、随分と有名人になってしまったものだわ」


 「という事はあなたが『黒の魔女』ですか…?」




 とその瞬間、イールの目の前に雷が落ちた。


 鋭く、鋭利な雷はイールの視界を真っ白に染め上げたのち、地面にはクレーターが出来るほどの威力を目の当たりにする。




 「次その名で私の事を呼んだら直撃させますわよ」


 「も、もうしわけございませええええええええええええん!」




 土下座をしながら恐怖に駆られひたすらに謝罪を繰り返す。




 「師匠!あの人師匠に用事あるみたいですし何とかしてくださいよ!もう嫌です!怖いです!帰りたいです!!!」




 慌てたように声を張り上げるイール。


 しかしその声はニーナには聞こえていない。


 俯きながら体を小刻みに震わせている。


 そしてその体から徐々に濃い、殺気をまとった魔力が溢れ出てくる。




 「(まずい!このままではあの黒い人がえらい目に!)あの!急いで逃げてください!とんでもない目に遭いますよ!」


 「何をバカなことを!この私に『逃げる』『謝る』『譲る』の文字はありませんの!」




 この人もかなりバカな人だったちきしょう!


 もう知らんぞ!


 先ほど恐怖を刻み込まれた相手だし半ば投げやりになってしまうイール。




 というかこの場で一番弱いの自分だし…何も出来ないし…もうどうとでもなればいいと思う。


 なんていう諦めの境地に入ってしまったイールをよそにニーナの怒りが爆発。




 「私の…私の…!私の150万返せえええええええええええええええ!!!!!!」




 その言葉が終わると同時、ニーナの立っていた地面がひび割れる。




 「ングッ!!」




 黒い人の顔に拳がめり込んでいた。


 鼻血を吹き出しながら壁へと吹き飛んでいく。


 ニーナ渾身の右ストレート、常人なら即死の威力だがさすがの黒い人、即座に防御することに成功したようだ。というか150万のために人殺しの罪人になるところだった。


 というよりも…そこまでするか?!と困惑するイール。




 「ほ・・・本気ですの?!乙女の顔普通グーで殴ります?野蛮なお方ですわね?!」




 吹き飛ばされ膝をついた態勢で怒りを露わにする。


 男が殴るのは確かにアウトだけど、女が女を殴るのはセーフ。


 という謎理論を以前ニーナは語っていた。




 「うるさい!150万!払って!」




 もの凄い怒気を隠すこともせず怒り狂うニーナ。


 胸ぐらをつかみユッサユサと黒い人を揺さぶりながら金を巻き上げようとする。




 「たかだか150万如きでそんなに怒ります?!あなたなら一瞬で稼げる額でしょうにいいいいいいいあああああああああイタイ痛いですのおおおお?!離して!本当にいいいいい!」


 「たかだか…ですって…?」




 喋ってる途中で唐突に悲鳴を上げる黒い人。


 その指が黒い人のこめかみをぐりぐりと、アイアンクローが炸裂していた。


 万年金欠病、ニーナにとっての150万というお金は大金なのだ。


 イールもぶっちゃけそこはちょっと怒っていた。


 止めないでおこう!そしてドリアンさんの時みたいに150万貰ってください!


 あれ?なんだか最近師匠に思考が似てきているような…




 「それで?150万。払う?払わない?」


 「はら…はらいませんのよおおおおおおおおおおおいだいいいいいいいいいいいいい払う!払います!!はらわさせていただきますうううううううう!」




 凄い、一度は師匠の脅しを跳ね返した、一瞬で心変わりしてたけど。


 お金をまきあげ…じゃなく、横取りした黒い人から取り戻すことに成功したニーナは満足そうな笑みを浮かべる。




 「もう一体何なんですのよ…」




 やけくそ気味になっている黒い人。




 「ところであなた、誰?というかなんで私の事知ってるの?」


 「そこからですの?!」


 「いや、むしろなんで自分の事をみんな知っているつもりなのか凄く意味わからないわ」


 「むしろそちらが何故、自分が有名人じゃないと思っているのかも意味不明ですわよ…」




 呆れつつ黒い人が語りだす。




 「私の名はローレア・キャメルですわ!偉大なるお方、『三神:レイモンド・アントリック様』に仕える超有能魔術師ですのよ!跪きなさい愚民共!」




 さっきの悲鳴を上げていた姿はどこへやら。


 いきなりでかい態度をしだすロレーアさんとやら。


 というか今師匠に瞬殺されたのに自分で超有能とか言っちゃうんですね…




 「あーそうなんだー(棒)、んで150万早く出して」


 「あなたのほうから聞いてきたんでしょうが!!」




 聞いておきながら何たる態度か。


 人の神経を逆なですることに関しては天才的なニーナ。


 憤慨を露わにし地団駄を踏みながら敵意全開の視線を向けてくる。


 しかしそんなことはどうでもいいと感じさせる師匠の態度。


 それを見てだんだん馬鹿らしくなったのか。




 「もういいですわ…疲れましたの…これでよろしくて?」




 そして何もない空中からモヤがかかったと思ったら、そこからお金が詰まった袋が降ってくる。


 空間魔法の一種なのであろうが口だけではなく高度な魔法も使えるようだ。


 チャリチャリと音を鳴らしながら確認作業を始める二人。


 守銭奴にも程があると思うローレアだが致し方ないのだ。




 「確かに150万ありますね、それでは帰りますか」


 「そうですね、今日は頑張って稼いだので豪華にいきましょう!」




 確認を終えた二人はホクホク顔でお金が詰まった袋をイールのカバンにつめだす。


 その表情を見てどうしても理解が出来ないといったローレア。


 三神でしょ?パーッと大金手に入るだろうにどうしてあの程度の額で…


 当然の疑問ではあるが、ニーナだけにおいては通用しない。


 だってダメ人間だから、底の無い沼よりさらに深いところまで堕ちたダメ人間なのだから。




 「たまには外食したいな~、ドレスコードとかあるお高いとこじゃなくて安くて飲みまくれるところがいいね」


 「そうですねー、じゃあいつものとこ行きますか」


 「よっしゃ!」


 「あなた方本当に私に興味を示しませんのね!!」




 相手にされず自尊心でも傷つけられたのか、最後に喋りだすローレア。




 「いいですの三神のニーナさん、私の主君、レイモンド様はあなたが最強と呼ばれていることを快く思っていませんの。今日はあなたがどの程度の強さか調べるために私が来たのですわ、ですが次はレイモンド様本人が直々にあなたの元へ向かわれるでしょう。フフッこれであなたもおしまいですわね!」




 高笑いを上げながらなんて面倒な事を言い出すんだ…


 私は自堕落にただ酒を飲みまくって、娯楽に興じていたいだけなのに。


 深夜に寝て、夕方前に目を覚まして適当に遊んで、酒飲んで深夜に寝る。


 そんな生活がしたいだけなんだ。




 「じゃあそのアーモンド様に『あなたが最強でいいですよ』と伝えておいてください。別に最強とかどうでもいい」


 「失礼極まりありませんわね!『レイモンド様』ですわよ!」


 「はいはい、それじゃ伝えといてくださいねーよろしくー」




 そしてさっさと帰る二人だった。


 面倒ごとが増えなきゃいいなー…

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