この世は金がすべて~ショートストーリーズ~

葵 悠静

この世は金が全て

僕の目の前で一人の女の子が危険にさらされている。

突如崩れた鉄骨、その下には悲鳴をあげる間もなくただただ自分の頭上をほうけた表情で見上げる猫耳を生やした少女。


それを何もできることなく周りの野次馬と共にただただ眺めている僕も、偶然いあわせた野次馬だ。


いまさらどうすることも出来ない。

こんな状況に陥った時、人はとてつもなく無力であることを思い知らされる。

僕にもっと力があれば、もしくはない力を補えるだけの財力さえあれば、目の前の少女は助かったのかもしれないのに……。


そんなどうしようもない思考を巡らせている最中も少女に避けようのない死が迫る。


あーまた僕は救えないのか。


少女が鉄骨に押しつぶされる直前僕の肩に何かがぶつかり、その場に倒れる。

僕にぶつかった陰はとんでもないスピードで迷うことなく、その鉄骨に飛び込み少女と一緒に下敷きになった。


無様に転んだ僕の目の前に流れてくる真っ赤な血……あの影はなんだったのだろうか。


その刹那少女を潰し地面に鎮座した鉄骨が重力に反して空中に浮き上がった。


悲鳴をあげていた者、ただ呆然と目の前の出来事を理解しようとしていた者、無慈悲に目の前で繰り広げられた惨状にカメラを向ける者、その全ての野次馬が揃いも揃って口を開けてただ目の前のありえない光景を見つめていた。


そして鉄骨の下から出てきたのは全身血まみれでその場にたちながら、口を動かしている人と、傷一つおっていない無傷の少女だった。


「さすがに鉄骨は骨が折れるよなぁ」


ありえない方向に曲がった腕をブンブンと振り回しながら、ボリボリと何かを咀嚼しながら男はただ一言酷く軽い口調でそう呟いた。


「大丈夫か? 嬢ちゃん」


さっきまで死がすぐそこまで迫っていた少女は目の前で起こったことに、自分がまだ生きていることに理解が追いついていないのかほうけた表情で男の顔を見つめる。


「そんな顔したって生きてるもんは生きてんだ、喜べよ」


男は半笑いで少女を見つめると、ポケットから錠剤のようなものを取り出しそのまま口の中に放り込む。


次の瞬間明らかに折れていた男の腕がボキボキと音を立てながら正常な形に戻る。


「いってぇ、あの爺さんまたろくなもん渡さなかったな」

「あ、あのありがとうございました」


少女はまだ自分の身に起きたことを完全に理解出来ないでいるものの、明らかに目の前の命の恩人にようやく言葉を発することが出来た。


「あ? 礼なんていいよ」


男は特に気にした様子もなく血溜まりができた地面に腰を下ろし、少女と同じ目線で喋る。


「でもあなたは私の命を……」

「あー、なんか面白そうなことやってんなーと思ったら偶然か。飛び込んだのは俺だからな、礼なんていらねえ」


野次馬は思ったに違いない。

なんてできた人間だ。人ひとりの命を救って気にするななんてそう言えないことだ。

僕もそう思っていた。


「礼はいらないから、さっさと金の話をしようや」

「……え?」


男は優しく微笑みながら少女の頭に手を乗せる。


「そうだなぁ、てめえの命救っただろ? で、俺は薬を10粒は消費した……とりあえず100万でいいよ」


男から放たれる無慈悲な言葉に少女は再び困惑の表情を浮かべる。

多分僕も似たような顔をしているのだろう。


「あのな? 慈善活動で自分の命をかけてまで他人の命を救うことなんてしねぇだろ普通。つまりそういうこと、ちゃんと命を救った報酬は貰わねえとな」


男が放つ言葉は至極真っ当だ。

ただそれは今言う必要があることなのだろうか?


「わ、私は別に依頼したわけじゃ……」

「へー、じゃあ死んでもよかったのか? 実は自殺願望ありまくりだったとか? それは悪いことしたなぁ」

「そ、そういう訳じゃ!」

「じゃあ支払いはしてもらわないとな?」

「でも100万なんて大金、持ってないです」


少女の声は次第に消え入るように尻つぼみになっていく。


「じゃあ仕方ねえ。お前アニマル病だろ? 身体で払えば一瞬でたまるさ」

「そんな!!」


身勝手すぎる……。勝手に鉄骨に割り込んで命を救って、金を要求する。

払えないとなれば身体で払えと追い打ちをかける。


実に身勝手な言い分だが、僕に口を出す権利はない。僕は少女の命を目の前で見殺しにしようとしていたのだから。


「ダダばっかこねても仕方ねえぜ? だってここはそういう世界だろ?」


男の言葉に僕は思い出した。

そうまさにここはそういう世界。超資本主義世界。財力があるやつが正義で、ルール。

金を持たないものは生きることさえままならない、許されない。


「ここはそういう世界、マネータウンだ。金を要求することは何らおかしい事じゃねえ」


少女はもはや涙目だ。助けてやりたいがそれは出来ない。

なぜなら僕は金がないから、無一文でこの世界に降り立った価値のない人間。


「この世は金が全て、そうだろう?」


屈託のない笑顔でそう言い放つ男。

僕にはその時の彼がとんでもなく金に固執した悪魔に見えた。

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