第78話 密告

 修道院へ出入りしている商人が修道院を出てくる。商人は修道院から少し離れた森の中でエミリアと落ち合う。


「います。例の女です。子供もいます。いま、一緒に外にいます」


 エミリアは森の端まで行き、木陰に身を隠しながら修道院に近づき遠巻きに女を見る。間違いない。サキだ。エミリアは商人のところに戻って金を渡した。商人は礼を言って去っていった。


 この五年、誰よりも執念深くサキを追ってきた。国の北側、特に隣国デュランを調べてきた。しかし成果は上がらず、数か月前に方針を転換して南側を調べはじめた。村々を行き来している商人に聞き込みを進めていったところ、先ほどの商人がサキの人相書きに似た女を見たことがあるという有力情報を掴んだ。


 長年サキの影を追って苦労したが、ついにその尻尾を捕まえたのだ。絶対に逃がさない。公式な命令での第一優先はティアナの子供の確保だ。サキについては可能なら捕縛しろという指示だが、エミリアにその気はなかった。ここでジェンゴの復讐を遂げてやる。一緒に来ていた二人の“谷”の仲間も同じ気持ちだった。


「三人ならしくじることはないだろう」


 仲間のひとりが言うが、エミリアは「ええ、おそらくね。だけど手強い相手よ。三人だけで手は出さず報告しろとかしらというのが指示。念には念を入れて応援を呼んできて」と、仲間の一人をやって“谷”の人間を呼びにいかせた。


 自分はもうひとりの仲間とここに留まって見張る。幸い向こうはこちらに気付いていない。かしらはかなりの規模の応援を派遣してくるだろう。集団で修道院を囲み、取り逃がす可能性を絶つ。そしてその上で、私自身の手でその命を奪ってやる。


 仲間と交代で修道院を見張りながら、数日が過ぎた。これまでのところ向こうは気付いていない。今日あたり援軍がやってくるだろう。ふと馬に乗った一団が遠くに認められた。しかし明らかに“谷”の者ではない。隠密行動の基本がなっていない。近づいてきたのは騎士の一団だった。従士含めて8人だ。エミリアに緊張が走る。


(ただの通りすがりならよいが)


 しかし、騎士の一団は修道院に向かう。


 突然の来訪者に、修道女が困惑しながら対応する。


「何のご用でしょうか?」


 騎士らの長らしき中年の男が横柄な口調で言う。


「ここに重大な罪を犯した罪人が隠れているとの通報があった。修道院の中を調べたい」


(くそ。あの商人、金欲しさにほかにもサキの情報を売っていたのか)


 騎士らはあの業者からサキの居所を聞き、サキの捕縛とティアナの子を確保する手柄を立てるためにやって来たのであろう。


(素人め。あんな派手にやられるとサキに気付かれ逃げられる)


 ようやくここまでサキにたどり着いたのに、今まさに手の中に収めようというときにあの騎士らに台無しにされる。エミリアは焦りを禁じえなかった。思わず拳を握りしめる。


 「ここは聖域です。成人した男性が立ち入ることはできません。ましてや刃物を持ち込むなどもってのほかです」


 修道女と騎士が押問答をしていると、セフィーゼが騎士団に気付く。奥へ行ってサキと子供らを裏から逃がそうとする。


 「前に言ったように私の幼いころの乳母のところへ行って。タナティアで宿を営んでいるわ。彼女とは手紙で連絡を取り合っていて、あなたが来たら匿ってくれるように頼んであるから」


 そう言ってサキらを送り出す。サキはクワトロとヴァンを連れて裏から逃げた。


 森から修道院を見張っていたエミリアは裏口から出てきたサキに気付く。エミリアが舌打ちする。そして相棒の男に言う。


「私は追う。お前は“谷”の応援が来たらサキが逃げたことを報告しろ」


 そう言い残してエミリアはサキの後を追って行った。エミリアは素早くサキとの距離を詰めながら、何度も反芻していた。ここで逃がすわけにはいかない。ジェンゴの無念を晴らさなければならない。お前には必ず報いを受けてもらう。


 少し遅れて修道院にフレドを含む“谷”の一団がやってきた。サキが逃げたと知って、散って周囲を捜索する。


 修道院の奥では、無理矢理押し入った騎士らがあちこちサキを探し回って部屋を荒らしていた。


「女を全員食堂に集めろ!」


騎士長が命令する。手荒く女たちが集められていった。集められた女たちの顔と人相書きを見比べていく。


 そして一番似ている女に「お前はサキという名で、反逆の罪を犯した女だな?」と顔を覗き込む。


「いえ、私の名はニケといいまし……」


 ニケは騎士長に顔の右側を殴られた。


「嘘をつくな。本当の名を言え」


「本当でございます!私はニケと」


今度は顔の左側を殴られる。


「思い出したか? 思い出せないなら、もう一度思い出しやすくしてやろうか?」



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