第63話 暗転

 シオンがティアナの寝室を訪れてた。


「ティアナ様と少し話をしたい」


 シオンが部屋の前に立つサキに告げた。


「ティアナ様、陛下がお見えです」


「お通しして」


 サキの横を通ってシオンが部屋に入る。


「陛下」


 シオンはティアナの頬に涙の痕をみとめた。


「泣いておられたのですね」


 シオンは寝室の中に入ってティアナの横に立ち、「ライオネル様のことはお気の毒でした」と言いながらティアナの背中に手をやる。


「お辛いでしょう。貴女のお気持ちを考えると戴冠式を行うことに躊躇しました。しかし王が不在では国が乱れます。空位の期間を作るわけにはいかなかったのです。どうかお許しください」


「身に余るお言葉です、陛下」


「貴女のお気持ちはよくわかります。私も父を失いましたから」


 シオンはティアナの手を握る。


「貴女は天涯孤独の身になられました。人は一人で生きていけません。誰にでも家族が必要です。これはずっとそうなればと願っていたことですが、……そしてライオネル様が亡くなられて一層強くなったことですが」


 シオンはティアナの目を見つめた。そしてティアナの手を両手で包むように握り、ゆっくり自分の胸元に持ってきて言った。


「貴女を妃としたい。私が貴女の家族となります。生涯、貴女を愛し、お守りいたします」


 王女はうつむいた。シオンはそれを恥じらいと解釈した。


「身に余る光栄です、陛下」


 ティアナの声は震えている。シオンは女の心を捕えていることを感じながら、王女に口ずけしようと顔を近づけた。だからティアナの次の言葉は予想できなかった。


「ですが、できません」


 ティアナがシオンの胸元に手を当てる。シオンの動きがぴくりと止まる。


 ティアナはシオンから逃れるように身を離し、背を向ける。


「な、なぜ?」


 思わぬ拒絶にシオンはうろたえた。父に良いところをみせようと結婚を焦っていたかもしれない。早急過ぎたか。もう少し時間をおくことにすべきか。


「お気持ちの整理に時間が必要なら」


「時間の問題ではございません」


 ティアナはすかさず言った。時間の問題ではない?では何の問題でというのだ。そうか。父親がサルアンを殺したことに気が咎めているのか。


「貴女の父と私の父の過去の出来事に心を痛めておられるのですね。不幸な出来事でした。ですが、それは貴女の罪ではない」


「ありがたいお言葉です。ですが私はドーラへ嫁ぎます」


 王女の意外な言葉にシオンは少しの間、固まった。


「ドーラへ嫁ぐことはためらっておられたのでは……自惚れかもしれませんが、貴女と私は互いに気持ちが通じ合っているものと思っていましたが」


「陛下をお慕いしておりました。ですが、父の最後の頼みを聞きたいのです。幼いころから父に反発してきました。小さな抵抗ばかりでしたが。父は陛下の父上を殺したのです。私に陛下を愛する資格などありません」


 シオンは意外なほど頑なな王女の態度に言葉を失っていた。ティアナはシオンを正面から見据えて先ほどの言葉を繰り返した。


「私はドーラへ嫁ぎます」


 その目には強い意思が宿っているように思われた。


 シオンが王女の部屋を出る。重い足取りでサキの横を通り過ぎていく。


「これは、よくないぞ」


 そうつぶやいた顔はゆがんでいた。


***


 王の間でシオンとレナードが密談している。シオンはうつむきながら父に弁明する。


「彼女の心を手に入れるには少し時間を要するようです」


 レナードは冷酷に言い放った。


「陛下、我々に必要なのは、あの女の血筋です。そしてあの女の血をひいた子供です。心など必要ありません」


 シオンは父の顔を見た。冷たい氷のような目。感情のない顔。父は冷酷に言い放った。


「小娘の気まぐれな心変わりに揺るがされていては、一国を統治するなどとてもままなりません。……ハラゴン王が結婚の条件に出したのは処女であることです」


 レナードがシオンの目をのぞく。シオンはその冷たい目をみて思う。覚悟を決めなければ。王の道とは決断の連続なのだ。俺は王としての人生を歩んでいる。それが女一人手に入れられないだと?そんなことは受け入れられない。俺は王だ。手に入れたいものは必ず手に入れなければ。薄弱な意思では王などとても務まらない。


***


 四人の近衛騎士たちが王女の部屋の前にやってくる。彼らは部屋の前に立つサキらを無視して中のティアナに直接呼びかけた。


「ティアナ様、陛下がお呼びです。お出でください」


 ティアナは夜更けの王の突然の呼び出しに困惑する。しかし王の呼び出しとあれば行かねばなるまい。ティアナは手早く支度を済ませて部屋を出る。サキ、ヴァン、ジェンゴがついていこうとするが、衛兵に止められる。


「王女の護衛は我々で十分です。どうかこちらで待機ください」


 ヴァンが反論する。


「我々は任務を放棄するわけにはいかない」


 押問答がはじまるが、ティアナが「よいのです。行きます。あなたたちはここにいてください」となだめ、サキたちは待機することになる。王女が衛兵たちに囲まれて王の部屋へ行く。


 ヴァンとサキは気になり、互いに顔をみて頷き合い、密かにティアナの後をつけようとする。


「おい、止められているだろう」


 ジェンゴが止めるのも聞かず、ヴァンとサキは行ってしまった。ジェンゴは大きなため息をつき、やむなく後を追いかける。

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