第55話 凱旋

 ライオネル王ら一行が王都に凱旋する。


 ツン族の抑圧から解放された王都の民たちは一行を歓迎する。一行が城門をくぐって街に入ってくると、大きな歓声が沸いた。


 その歓声はライオネル王というよりはシオンに向けられていた。王の狂気はすでに庶民の間にも周知になっており、今回の混乱の原因と見なされていた。誰しもが若く美しい英雄を好む。そして噂には尾ひれがつきものである。シオンは少ない兵で勇敢にも城の救援に駆けつけ、ほぼ独力で王太子軍を壊滅させたことになっていた。王やレナードはそれを少し助けただけの扱いになっていた。パレードの中でシオンはティアナに近づく。


「早く城に戻ってお休みになりたいでしょう」


 ティアナはシオンの手に怪我をみとめた。


「怪我をされておられるのですか?」


「王女をお守りするためならこの程度、傷のうちに入りません」


 王女は顔を赤らめた。護衛として王女の近くにいたサキは、その王女の様子とヴァンの気落ちした表情を交互にみた。


 ライオネル王の前にセフィーゼが引き連れ立てられてくる。王宮の人々はセフィーゼを罵倒した。


「雌狼め!」


「この国を真っ二つに分断した元凶の女だ」


「地獄へ堕ちろ」


「今回の内戦で王太子と王妃が亡くなった。貴様が殺したのも同然だ」


「村々が焼かれた」


「地獄の業火で焼かれろ。貴様にはそれがお似合いだ」


 セフィーゼは憎悪のこもった様々な罵詈雑言を浴びせられ疲弊し、玉座の前に着くころには立っているのがやっとの有様だった。


 ライオネルはセフィーゼを見た。


「縛めを解いてやれ」命じられて傍らの騎士がセフィーゼの縄をほどいた。


「今回の内乱でドーラとの関係が悪化した。諸侯の手前、そなたを罰しないわけにはいかぬ」


 人々は死刑の宣告を期待して、息を潜めて王の言葉を待った。


「尼寺へやれ」


 意外な王の言葉に人々はざわめいた。今回の大きさを考えれば女といえども死罪は免れないと誰しもが思っていたが、王の処分は寛大であった。セフィーゼは呆然として立っていた。


***


 セフィーゼを乗せた馬車が王都の大通りを進むと、やはりここでも、民衆たちは罵声を投げかけた。


「ドーラの雌犬め!」


「地獄へ堕ちろ! あばずれ」


 言葉だけではない。物も投げつけられた。馬車の籠にはあらゆる家畜の糞、人糞、腐った野菜、石が投げつけられた。民衆の中には、馬車を警護する騎士に糞を当ててしまい、追い回される者もいた。


 セフィーゼは恐怖と臭気にひたすら耐えた。王都の門までの長くはないはずの時間が、まるで永遠に続くかのように思われた。

 

 馬車は王都の門を出て、ようやく怒れる民衆から解放された。馬車が遠ざかっていくのを城壁の上からサキとヴァンが眺めていた。ヴァンがつぶやく。


「敗者はゲームから退場させられる」


 ふいに馬車が止まる。馬車からセフィーゼが顔を出し、しばらくのあいだ城を眺めたが、同乗の見届け人に促されて顔を引っ込める。


 馬車は再び動き出し、小さくなっていった。


***


 サキはタロスに案内されて地下牢へ来た。


「王太子妃を危機から救うために大立ち回りをしたそうじゃないか、アーロン」


 タロスが軽句を叩くと、牢の中の住人が扉のほうにやってきた。そして牢内のその初老の男を見た瞬間、サキの記憶が蘇った。アーロンのほうは全く気付かない。


「タロスか。外の状況を教えてくれ。ライオネルが帰還したんだろう?あの方も帰還されたのだな?」


「ああ」


「大変な手柄を立てられたと聞いたが本当か?」


「ああ。今では王都の英雄だ」


 アーロンの顔に感慨深い笑みが浮かぶ。だが、すぐにもう一つ気がかりを思い出したようで、タロスに尋ねる。


「王太子妃の処遇はどうなった?」


「王太子妃は修道院への追放で済んだ」


 タロスが教えると、アーロンは少しほっとした様子だ。


「矢継ぎ早の質問だな。落ち着け。時間はたっぷりあるんだ。仔細はこれから教えてやるから、まずこの人を紹介させてくれ」


 タロスの後ろにいたサキが進み出てきた。


「アーロン様ですね? 覚えております。あのときはありがとうございました」


 アーロンは困惑してサキを見た。


「すまないが、そなたは?」


「私はあの夜、あなたにウェンリィ王子とともに逃がしていただいた娘です」


 しばし悩んだ後、アーロンに顔に驚きの表情が広がった。


「あのときの娘か!本当か!生きていたのか」


「今は王子殿下の協力者だ」


「殿下は?」


「今回の功績で間違いなく出世される」


「すぐにウェンリィ殿下があなたをここから解放してくださるはずです。今しばらくご辛抱を」

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