第54話 王都の騒乱

 王都の一角でツン族の一団が話しあっている。


「逃げるのはいいが、まだ金をもらっていねえ」


「王宮で金目のものを奪い、女を犯してからだ」


 一団が王宮へやってくる。


「待て!ここから先は立ち入りできない」


 王宮の城門で門番が引き留めようとする。しかし、ツン族らは門番の首をかき切り、王宮になだれ込んできた。


 ツン族の一人は投獄された仲間を脱出させるために地下牢にやってくる。牢番が殺される。牢の扉が片っ端から開け放たれて、囚人たちが皆外へ出る。囚人たちはお祭り騒ぎだ。多くは外へ向かったが、一部は王宮の上層へ向かった。目当ては王宮の女達のようだ。そんな中、アーロンも牢を出る。


 セフィーゼの部屋の近くまで囚人たちがやってくる。侍女の叫び声が聞こえる。セフィーゼは逃げる機会を逸してしまった。ついにセフィーゼの部屋に囚人たちがやってきた。セフィーゼは囚人に枕を投げたりして抵抗するが、結局押し倒される。セフィーゼが目をつむったとき、囚人がうめく。囚人の腹にから剣が突き出ている。剣が抜かれ、囚人がセフィーゼから引き離されて床に転がされる。転がしたのはアーロンだった。


「てめえ!」


 他の囚人たちが手に持った棒でアーロンに襲い掛かるが、アーロンは見事な剣技で応戦し、たちまち全員を斬ってしまった。


(剣技は少しなまっているか。しかし、予想以上に動けたな。牢獄での鍛錬は無駄ではなかった)


 アーロンは自分の動きに満足した。


 アーロンがセフィーゼに近づくと彼女は後ずさりする。アーロンはセフィーゼからすれば髪と髭が伸びきった自分も他の囚人と同じようにしか見えないことに気付いた。彼女からすれば、自分は仲間の囚人を皆殺しにして彼女を独り占めしようとしている囚人だ。


「貴女を助けただけです。貴女を傷つける気はありません」


 アーロンが説明してセフィーゼの気持ちを落ち着かせ、彼女もようやく自分が助けられたことを理解したようだった。


 そこへ密偵頭が手下を連れてやってくる。密偵頭が鼻から息を吸っていう。


「血と牢獄のにおいがしますな。囚人たちの死体が転がっているのでしょう」


「ご婦人を襲おうとしていたので斬りました」


 アーロンが答え、剣を密偵頭の助手に差し出した。助手は黙ってそれを受け取る。


「その声はアーロン殿ですな。このような機会、貴方なら脱獄してサルアン様の復讐を果たそうとされるかと思いましたが。おとなしく地下牢へ戻っていただけるのですか」


 それからモーゼフはセフィーゼのほうをみた。


「囚人どもに傷つけられずよかった。ですが、貴女は今や王への反逆者だ。貴女を拘束します」


***


 王宮に侵入したツン族の暴徒たちと、エリクたちの近衛騎士団が交戦している。


 近衛騎士の少なくない部隊がマチスについて出ていってしまっていたため、王宮の警護に残った騎士の数は少なく、不利は否めなかった。エリクたちは勇敢に戦ったが、ツン族の攻勢は激しく仲間は次々と倒れ、ついに制圧されるかと思われた。エリクも手を斬られて剣を取り落とし、敵に囲まれる。


 エリクは殺されることを覚悟する。せっかくティアナ様が奇跡的に生きていたのに。もう一度そのお姿をこの目で見られると思ったのに。せめてもう一目会いたかった。エリクたちを囲む敵の輪が縮んでくる。


 次の瞬間、ツン族の男が悲鳴をあげて倒れる。その背には矢が刺さっていた。エリクが何事かと思ってみると、むこうから武装した一団があらわれた。装備はまちまちで、正規の兵というよりは、民兵、野盗のような集団だった。


 突如あらわれた武装集団にツン族が次々と倒されていく。一団を率いていたのはディミトリィだった。ディミトリィは重武装の騎士たちに囲まれ厳重に守られながら指揮を執っていた。


 大蔵卿は街の傭兵、ごろつき、腕自慢に声をかけていた。私財をすべてなげうって彼らを雇い、ツン族を攻撃させたのだった。そこにツン族に散々抑圧されてきた不満を爆発させた市民も武器を手に取って加勢した。王宮での形勢は逆転し、ツン族の男たちは大半が殺され、残りは這う這うの体で王都から逃げ出した。


 王宮での戦いが概ね終息したころ、ディミトリィのところにモーゼフがやってくる。


「意外でしたな。あなたが私財を投げうって王都を救うとは。もっともご自身の保身もためでもあったのでしょうが」


「ただのケチとは違うのさ。勝負どころのために財力を蓄えていたのだ。いざという勝負どころでは惜しみ無く使うさ。あんたも王太子妃を捕らえた手柄を立てたんだとな。お互いこれでなんとか評議会の椅子は守れそうだ。頭が首から離れてしまったら幾ら持っていても意味はない。一文無しになってしまったが、金はまた貯めるさ」

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