第52話 決着

 サキは馬を駆り、退却するツン族の集団の中を突っ切った。戦の勝敗は決したものの、追撃戦は続いている。逃げるツン族に対してアルヴィオンの兵やデュランの兵たちが殲滅を図っている。サキの頭上にも時折矢が飛び交う。あちらこちらで逃げ遅れたツン族の男が槍で刺され、剣で背中を切り裂かれていた。


 サキはそれらには目もくれず、遠方の一点を目指して突き進んでいた。豆のように小さかった目標は、少しずつ大きくなってきた。そしてついにユリヌスの背中を捕らえた。一段と速度を上げて追いかける。


 射程まで近づくと、サキは馬上でクロスボウを構えた。ユリヌスは森の入口に差し掛かっていた。森に逃げ込まれると厄介だ。ここで止めなければ。


 ユリヌスの馬を狙い、放つ。


 矢は命中し、馬が叫び声をあげて倒れ、ユリヌスが振り落とされる。周りにいたユリヌスの部下たちは一瞬、落馬したユリヌスを見たが、非情にも彼を助けることはなくそのまま馬を駆って逃げていった。


 ユリヌスは毒づきながら立ち上がり、クロスボウを警戒し、木陰に隠れながら逃げていこうとする。


 サキが馬から降りて剣を抜く。


「おい」


 声をかけると、ユリヌスが振り返りこちらをみる。こちらはツン族の恰好をしている。味方に攻撃されたと思っており、状況が把握できていないようだ。サキの顔をのぞいて気付く。


「お、お前は」


 ユリヌスが剣を抜く。指を失った利き腕ではなく左手で。しかしサキの動きのほうが速かった。抜いた剣を構える間もなくユリヌスの左腕は切断され、剣を握ったまま地面に落ちる。


 絶叫しながらユリヌスが前のめりに倒れる。彼に残されたのは指の無い右腕だけだ。倒れたままその右手でなんとか剣を拾おうと必死になり、親指と掌で剣の柄を握った左手を挟むが、持ち上げることができない。ユリヌスはしばらく悪戦苦闘していたが、やがて諦めた。


 ユリヌスが顔を上げると、サキが剣を振り上げていた。


「お前、よく見るといい女だな。……俺はこんな体になっちまったが、まだ俺の種をお前につけてやることはできるぜ」


 サキが剣を振り下ろすと、ユリヌスの股間がふたつに裂けた。


「できなくなったな」


 サキは痛みで涙を流しながら絶叫するユリヌスを冷たい目でみた。


「その腕じゃ自殺することもできないな。……まもなくお前は私に殺してくれと懇願することになるだろう」


*** 


 城の奥からエイモスとタロスが出てきてジェンゴとヴァンのもとにやってくる。


「いったい何があった?」


 タロスの問いにヴァンが答える。


「王国軍がこちらについた。王太子軍は壊滅し、味方の大軍が城の救援に向かってきている」


「つまり」


 ジェンゴがにやりとして大声を出した。


「俺たちは勝った! 城も王女さんも守りきった!」


 それを聞いたティアナが飛び出してくる。


「勝ったの? シオン様は?」


 ヴァンが答える。


「シオン様たちが敵を追い払って下さったようです」


 極度の緊張と恐怖から解放された反動で、ティアナは立っていられずよろめいた。すかさずヴァンが支える。


 城の屋外では味方の兵が勝利の雄叫びをあげていた。数は少ないが表情は晴れやかだ。旗を掲げる者もいる。


 遠くに目をやると、味方の大軍がこちらに向かっている。先頭はシオンの軍だろう。馬を失って立ち往生していたツン族の兵は容赦なく蹴散らされている。ツン族の大多数は西へ逃げている。亡くなった戦友の遺体を抱き抱え、その光景を見せようとする兵もいる。


「よかった……本当によかった」


 ティアナのまぶたから涙が流れ落ちた。

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